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ルックバック。あの時の意味を問い直す。

ルックバック。
濃密な58分。タイトルの通り、終始背中を見せ続け、かつ、あの時のあの行動の意味を再び問い直す。

作中、藤野が自分の技量と京本の技量を比べて悔しさから描き方に関する本を買ってその通り練習していくシーンがある。本棚に並ぶ本は初め1冊だけ。その1冊をやりきり、次の本に。そしてまた次の本に。本棚はいつしか描き方に関する本で埋まる。ネットに載ってる情報も参考に。壁に貼る付箋は増えていく。とにかく描け!真理だけど一番難しい。他にも秀でたものがたくさんある人間が、一つことだけに、それ以外のことを削ぎ落としていく。それはある意味では幸せな生き方とは真逆な行動なのかもしれない。だから美しい。


今でこそ弁護士崩れなんて言われてたりして、資格に捉われない生き方ー!みたいな感じですが、だからといって簡単に弁護士になれたわけではありません。二十三歳まで全く法律を学んで来なかったので、大学院で必死に勉強しました。周りはなんかやたらできる人ばかりだったし、勉強の方法はわからないし、全体像も見えない。いつかわかるようになるのかな?と思いながら授業を受けても何も手元に残らない状態で日々を過ごす。苦しい。ほんとに暗闇ってこんな感じ?って思いながらやってました。

行き着いたのは藤野と同様「ただやる」です。ストップウォッチを買い、勉強時間1日10時間を自分に義務づけ、トイレに立つたび止めて、コーヒーを飲むたび止めて、人と話すたび止めて、を繰り返しました。どうもそこまで要領が良くなかったみたいで、三年びっちり必要で、結果として合計1万時間勉強してようやく合格しました。

当たり前ですが、毎日勉強を始めたからといって、漫画やアニメのように時間は飛びません。僕の三年は普通に三年ありました。数分で修行期間は飛びません。まーでも量をこなせば自ずとわかるものもあるからか、流石に合格直前の試験は、ま、これだけやって無理だったらみんな無理だよね、的な気持ちで挑めたのはよかったですね。

今にして振り返ると、人生におけるこの時間の使い方が良かったのかは甚だ疑問です。たぶん今その時に戻ったら、早めに起業して同じだけの時間を突っ込んで経済的に成功する方を選ぶような気がします(といいつつ、またそれを選んだら選んだで、振り返ると別の決断をするようになるだけなんですが)。ただ、ルックバックの藤野が机に向かい続けるシーン。あのシーンを見ただけで涙が溢れ、心の底から頑張れって思える人生になったのはよかったですね。今の自分の感動をつくるために、過去の自分が頑張ってくれたんであれば、それはとても尊いなと。おつかれさまでした。


ベイビーステップって漫画で、主人公のエーちゃんが自分よりかなり先をいってるプレイヤーに対して「とりあえず限界までやって、そのあともう一回考えます」って言い放つシーンがあります。これとても好きで、今やってることとかの意味や意義みたいなもの見失ったり、やっても結果が出ないんじゃないかって悩んだりしてる時よく思い出してます。

とりあえず全力でやった後、そこで持ってる情報や体験をもとにもう一度新たに考える。結局今持ってる状態で、将来未来永劫のことなんて決め切ることはできないんですよ。やる前に持ってる情報なんてゼロみたいなもんです。それよりも、やってみて、しかも全力でやって、その間未来のことなんて考えなくて、もうこれ以上できないって思った後に、当初とは圧倒的に異なる情報群と体験群をもとに改めて今後進みたい方向を決めていく。これの繰り返しなんだろうなって。初めから諦めてもダメで、一生諦めなくてもダメ。自分の持ってるリソースを最大限に使う方法を一生模索するの、すごく楽しいことなんだと思います。つらいけどね。


だからか、無意識に人生の棚卸しめっちゃやってます。言い方はアレだけど、僕ほどずっと悩んでる人いないんじゃないかって思うくらい。もちろん全力フルコミット目の前しか見えないわーーーーって状況もあるんであんまりそう思わないかもしれないですが、基本内省が好きだってのもあり、日々今持ってる最新の最大の情報で人生を考えてます。

この「ただ書く」中で好きなこととかやりたいこととかの話がよく出てくるのも、僕自身悩み続けてるからでしょうね。過去のやつ読んでもらったらわかると思うんですが、ここまで強固になったのは何度もいろんな角度で考えたから。微調整、洗練化は必要ですが、たぶんもうここが大きく変わることはないだろうなってのは確信としてあります。より深みがあるかもしれませんが、少なくてもここは通るでしょみんな、的に思ってます。

好きなこととお金は切り離す。ほんとにやりたいことと他者承認。達成することと日々の時間の関係。このあたりは一度がっつり時間を取ってやるだけでだいぶ深まると思います(学生とか若い人向けとかにワークショップやろうかしら)。


この辺りのこと書いてある本も多いし、僕も読み漁ったんですが、せっかくなら今好きなことやれてるなーって感じる僕をサンプルにどういう感覚なのかをお話しさせてもらうとわかりやすいかなと。

いま、朝起きてこの「綴る」を大体4000字くらい書いてます。起きた時に、わ、今日も書けるんだ、、くらいのじんわりとした喜びが胸の中にあって、書いてる時はただただ楽しくて、40分ほど書くと程よく疲れて筆を置き、下書き保存。エネルギーは増えてる感じがあるけど、もう書きたいとはならない。楽しいなら書く時間増やせばいいのでは?と2、3時間に増やしてみたこともあるんですが、そうすると最後の方は辛さが勝ちました。あんまりおもしろいことが書けない。このおもしろいってのは自分的にて感じですね。手グセで書いてしまう。なんか前にもみたなこれみたいな。何も書きながら新しい発見がない。あ、逆にそうじゃない40分の書く行為は、なんらか新しい発見がいっぱいです。あとで読み返して自分としてもおもしろいですからね。究極の永久機関。

で、次の日くらいに読み直して公開。あとは時間ある時に、本文内容をちぎってSNSに投稿。これは別に楽しくはない。どうせ書いたなら読んでもらいたいなーって承認欲求。大事なのはこの読まれる人がいなくても書くのが楽しいって状態はピュアにつくったうえで、そのあと浮いて出た「読まれたい!」「褒められたい!」ってのも無視せず適度に付き合いながら継続するところ。これSNSの公開やスキ数に捉われちゃうと、人に受けやすいことを書かないとってなって、書いてて楽しくなくなる。順番が大事。まず全身全霊楽しいことしかしない。そのあとそれが社会において最大化される方法があるなら試してみる。こっちの試行が失敗しても、別に楽しいことは棄損しないから全然オッケー。ためし得。

これが午前中に終わるので、午後は自由にいろいろ試してみる。自分の楽しいこと好きなことがあると他のことやりたくなくなるのでは?って昔は思ってたけどどうやら逆で、そこに確固たる安心感があるから、日々が結構チャレンジングになる。だって失敗しても別にその好きなことは取り上げられないもん。もうやろうと思ったら一生好きなことできるからね。そんな状況で多少トラブルがあっても、多少うまくいかなくてもまぁ別にいっかってなる。もちろん嫌だけど、まーなんとかなるかって感覚がとても強くなって。これは意外でしたね。


余談だけど、友達に「最近楽しみにしてるイベントある?」って聞いたら、ちょっと悩んだ上で「ない」と。さらに「いや、人生で一度もないかも」っていってた。わらった。人生に楽しみなイベントないらしい。ま、笑いつつ自分でも思うことがあって、対話の結果「日々ストレスがなさすぎて、小さい幸せを発見できなくなってる」でした。ずっとやなことやってないと、「これ終わったら、映画に行くんだ」みたいなのがなくなるみたいです。人っておもしろい。



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頭の中がうるさい。でも、それでいいのかもしれない。

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