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一生青春すると抗うことで、手に入るものとは。

IVSというスタートアップ関係の人が集まるイベントに参加している。10,000人を超える人たちが集まり「はじめまして」「お久しぶりです!」を繰り返す会。この領域だと日本最大のイベントなんだと思う。昨年もお邪魔させていただいて、今年もと、京都の7月を楽しんでおります。

今日から1日目だけど、0日目で夜飲み会ハシゴ4件というイケてる若手経営者のような振る舞いをした。得意ではない。決して得意ではないがやれるんだぞ、的な気持ちで挑んでるような気がする(楽しいしね!)。ただ例によって、今日朝から誰にも会いたくないなーって気持ちでこれを書いてて、それはすごく自分らしいなって思う。結局始まると楽しんだけどね。


毎日書いてると忘れがちなんだけど、インプレッション「1」は、確かに存在する誰か「1人」なんだなってリアルの場に行くと強く感じる。特に「note読んでます!」のように言ってくれる人が現実にいるととても。しかもこれ僕が全く知らない人だけじゃなく、普段から結構メッセージや仕事の場で会う人でも、こういう場で会うとぽろっと言ってくれる。SNSでシェアとか感想とかくれてるわけじゃないから、こっちからするとまさか読んでくれてるとは!という純粋な驚き。とても嬉しい。そして僕は僕のnoteを読んでくれてる人がすごく好き。いつもありがとうございます。みてますか?


一方でちょっとおもしろいのが、一緒に活動している人と僕が混ざり合って認識されているところ。酒屋のアトツギで、弁護士で、note書いてて、カリスマで、メディアやってて、VCやってるという最強の人物として認識され、会うと半分以下の我々にがっかりする。ごめんて。

はじめましての挨拶とか、どれだけ記憶に残る自己紹介になるかみたいな勝負になりがちなのでどうしても色々抜け落ちる。自分が本当は大事にしてることをテーブルに乗せることなく、客観的にエッジの効いた情報だけ選んで話題を回す。必要なこと。だけど、ちょっとだけつまんない。そういうのが一巡したあと、気心の知れたメンツで名刺をカードゲームのように使いながら思い出話する時間の方が楽しいのかも知れない。でもそれも自己紹介というデュエルをこなしたからだからだろう。

そういえば昨年IVSに参加した時、どうしてもモヤモヤが消えなくてnoteを書いた。「何者かになりたいは捨てたはずなのに」というとても正直なタイトルで、思ってることをそのまま書いていったらめちゃくちゃたくさんの人に読んでもらえた。正直な気持ちの吐露だいじ。あの頃と今何か変わったのかな。ことしはまだそこまでダメージを受けていない。あ、いやそりゃそうか、まだ0日目だった。終わった頃同じようなこと言ってるのかも知れない。それはそれで楽しみ。

ただ昨年との違いは、今こうして毎朝大量の文章を「ただ書く」という幸せな行動を見つけたこと、メディアパートナーとして参加できること、そのほかにも何か変わってるはず。終わった時どんな感想を持つかとても楽しみ。


「はじめまして」の場で、年下の人の方が多い場が増えた。単純に歳を重ねたからかもしれない。これは正確に書かないと誤解されそうなんだけど、年下の人たちの今のノリというのはすごく居心地がいい。いや、これもちろん彼ら彼女らが僕らに合わせて「僕らに合わせたくらいの若い人ノリ」をやってくれてるのも一応わかってるつもりだし、無意識なりに年上の人たちに使ってる気遣いのようなものオフにできるからってのもあるんだろうけど、それらをできるだけ排除してメタで考えてもやっぱり居心地がいい気がするんですよね。

ここまだあまり言語化できてないけど、なんつーか未来の匂いがするというか。いやかっこつけすぎか?でもその表現が一番近いんですよ。僕も三十代後半になり、周りの年上の方々は当然四十代、五十代。その人たちは歴史を作ってきた方々なので、知見や体験やとてもおもしろい。これほんとだよ?全然忖度してないんですよ。ほんとにたのしい。だけど、未来の日数は少ない。絶対的に若い人より少ない。もちろん悩みも葛藤もまだまだあると思うんですが、ある意味で「これで行くんだ」という覚悟みたいなものが決まっている人が多い気がする。それはとてもかっこいいし、おそらく残りの未来の日数を考えると正しい。一方で、若い人たちは「これで行くんだ」が決まってないし、なんなら決まってると思ってても変わる。ほぼ確実に変わっていく。それ自体がとてもいい。てか好きなのかな、パルプンテが。

これは「若者こそが未来の可能性だ」みたいな話とはちょっと違って、僕がいつまで経ってもその不確定な状態に居続けてるという話なのかも知れない。悩み続けてるし、葛藤し続けてる。こんな文章書いてたらわかってくれると思うんですが、「何そんな小さいことで…」を永遠にやってる。ある種の「諦め」に抗ってる。一生子供でいたいって喚いてるみたいだ。かっこよくはないけど、それがとてもリアルな話。その喚き散らしたい場所として若い人たちとの方が居心地がいいのかも知れない。

ただこれさらに考えを深めていくと、この「諦め」に抗ってる年上の人、めちゃくちゃおもしろいんですよ。そういう人に会えた時感動する。いるんですよねたまに。「あれ、なんかこの人抗ってね?」という人が。そういう時はこっちから擦り寄って、それっぽい話を振ってみて、あれまだまだ悩み苦しみ抗ってるなと思うと勝手に仲間認定していく。オープンには言わないけど、勝手に親しみを持って接してる。

これ言い方はアレですが、若い人たちが悩み苦しみ抗うのはある種当たり前といえば当たり前なんですが、それを四十代五十代でできてる人って超レア。みんなどこかで折り合いをつけて、かっこよく生きてる。抗い続けるのは体力もいるしある種の覚悟もいる。それを十年、二十年、三十年と繰り返してる人は熟成されたワインのような独特の風味と味になっている(あんまりワインわかんないけど)。そういう人たちの、フォーマルでの振る舞いを1枚1枚剥がしていき、本音の吐露に辿り着いたとき、えもいわれぬ喜びが湧いてくる。あれこれもしかしたら僕の趣味かも知れません。人間が関わる趣味なんて全く持ってないと思ってたけど、これは唯一の趣味。とても楽しい。年に1回あればいい方くらいの確率だけど、やり続けてるのは楽しいからなんでしょうね。


友人はこれを「一生青春をしようと抗ってる」と表現してました。キラキラした「一生青春!」ってのとは違って、抗ってるってのがいい。ネガティブな感じが。そっちの方が楽だなってわかってるけど、そうしたくないって後ろ向きな気持ちがとてもいい。




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