「何者か」にすでになってるし、一生「何者か」になりたい。
なんかこうヤンキーがスイッチが入って急に頑張るようになって色んな結果出していく、みたいな話。学校とかだと美談で語られるし、それはそれでいいと思うんですが、その学校とかクラスとかを成り立たせてるのは、先生に言われたことを地味にやったり、気になるゴミとか汚れとかを自発的に綺麗にしたり、お花に水やったりしてる生徒だったりします。そういう人が気がついてしまうが故にHPやMP削られててなんとか成り立ってるコミュニティの上澄みだけをそのスイッチ入った人はかっさらっていってるんですよね。できれば僕は、思わず気づいちゃって動いてる目立たない生徒にできるだけ報いたいって思います。がんばれ。みてるよ!
これ起業家でもあって、目立つ風貌とアクション、時代に乗ってどこまでも伸びていく人たちがいる一方で、地味にコツコツと本当に大切だと信じることをやり続け、初めて会う人に自己紹介したら、なにそれ?くらいのリアクションをされつつも、でも腐らずに、親切も忘れずに、周りの人に感謝している起業家。いるんですよ、そういう人。前者はみんながどんどん持ち上げて成長加速していくから、そうじゃない後者のような人の力になりたいなって僕は思ってます。がんばれ。みてるからね!
これどっちのタイプがいいとか悪いとか別にないと思うんですよね。ある種愛嬌あるバカでどこまでもでかいことしそうな気にさせてくれる起業家かっこいいし、そういうの苦手だけどできることやるべきことから逃げずにコツコツやってる起業家もかっこいい。どっちもええやん。
「起業家たるものこうあるべき」って価値観を一回壊して、今自分が大切だと思う価値観からつくり上げた自分なりの「起業家像」を生きるといいんじゃないかな。そしてそれは一生その像を守り続けるわけではなく、誰かとの出会いや、何かの言葉で変わり続ける。変に「誰かみたいに」なんて思わなくてよくて、在りたい姿のまま日々生きることの方が結果として遠くに行けるんじゃないかなーなんて思います。
いま、大規模なスタートアップイベント来てるんですが、そうするとみんなどこか「何者かにならないと」と焦ってるようにみえる。いや、ごめん。みんなは言い過ぎ。そういう人もいるように見える。ちょっと苦しそう。でもそんなもんはどこにもないし、すでに手に入れてるともいえる。その繰り返し。今すでに何者かであり、一生何者かになりたいって願い続ける。仮にこれ真実だとすると、僕たちはその過程を楽しむしかない。まさに、道草を楽しめ。ジンさんはやっぱいいこと言うな。
自意識と本当の興味とちょっとの怖れみたいなものを抱えて人と話す。次から次に人に会うことで「興味ある人」と「興味ない人」に振り分けていく。無意識に。相手も同じ人なのに。ゆっくりと二人で話したら楽しい時間が生まれるかも知れない人たちが目の前をすごいスピードで通り過ぎていく。祭り。無限に起こる一期一会の中で、そんなことに想いを馳せることができない。でもだからこそすごく一期一会なのかもしれない。前世ではありがと。今世もちらっとすれ違えてよかったよ。
10年後の夏。
きっとこの2024年の京都を思い出す。
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→『頭の中がうるさい。でも、それでいいのかもしれない。』
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