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ところ変われば

ありがとうございました。
マチコは服を着ながら男に軽く会釈をして、むき出しでサイドボードに置かれている一万円札を三枚つかんだ。それを無造作に財布にしまったマチコを見て、男が目も合わさずマチコに小さく手を払う。もう行っていいの合図だろう。男がシャワー室へ入ったのを確認して、マチコはホテルの部屋をあとにした。

エレベーターホールの小さな棚に、安っぽい小さなクリスマスツリーが飾られていた。見覚えのあるかさかさしたベルベット調の赤いリボン。よく見ると、マチコが昨年買ったオーナメントと同じだった。
このオーナメント、店で見かけた時はかわいいと思ったはずだった。幅広の赤いリボンのふちに、金色のミシン刺繡。リボンの結び目の中央には音の出ないプラスチックのベルと、松ぼっくりを模したような金色モチーフが縫い付けられている。そんなオーナメントを、マチコは2週間ほど前にわくわくしながら部屋に飾ったはずだった。なのにホテルのロビーで見るそれは、ちっとも心躍る対象ではなく、重厚とは言い難い、中途半端に古めいたロビーの絨毯の柄と、エレベーターの文字が擦り切れた開閉ボタンとの対比のせいか、クリスマスの象徴である赤い色と金色のモチーフの華やかさに、なぜだか白々しさを感じた。

マチコはエレベーターに乗り、地下1階のボタンを押した。と、直後に思い直して1階フロントのボタンを押し直す。薄暗い地下街ではなく、おもてへ出て駅まで歩こう。

エレベーターのドアが開き、ふかふかの絨毯を踏みしめてフロント前へ出る。フロントマンの不躾な視線に気が付いたが、マチコはバツが悪くてフロントの前をそそくさと通過し、正面玄関の重たいガラス戸を押した。

クリスマス・イブ。夜8時。

頬をなでる弱い風がずいぶんと冷たかった。駅前は若い人でにぎわっていた。恋人同士と言うよりは、仲のよい友人グループのような人たちが多い。「クリスマスは恋人同士で過ごす」。最近は、そんな窮屈なきまりなんて誰の頭にもないのだろう。横断歩道の向こうで信号待ちをする人は、男女も、男同士も、女同士も、誰もがスマホを片手に談笑している。

駅前のロータリーには、巨大なクリスマスツリーが2本。
青くせわしくなく光るイルミネーションタイプと、小さな黄色いライトがちりばめられたオーソドックスなモミの木タイプが、駅ホームへ上がる中央エスカレーターの両サイドに飾られていた。入口の両サイド。駅のプロモーション担当は、なぜこの場所に、2本の違うタイプのクリスマスツリーを置いたんだろう。でも同じものが2本だとしたら、それはそれで門松のようで滑稽かもしれないなんてマチコはぼんやり考えた。

二つのツリーを見比べて、マチコはツリーにも色んな姿があるもんだと改めて感心した。豪華に四六時中電飾が光るツリー、静かに不規則にライトが灯るツリー。どっちもいいし、どっちもあってほしいが、マチコは自分の好みはオーソドックスタイプと、ふむと小さく頷いてエスカレーターへ向かった。

グリーンのツリーの前を通過しようとして、マチコは視界に入った赤いリボンに意識が引っ張られた。二度見で確かめて、マチコは小さく驚いた。装飾のメインともいえる、ツリーのてっぺんの星から一直線に下へ伸びているリボンが、マチコの持っているオーナメントと同じリボンだった。幅広の赤いリボンに金色のミシン刺繡。おそらく外国産の大量生産のリボンなのだろう。幅の大きさは違えど、質感も端のミシン刺繡も同じ。自室、ホテル、駅。リボンの置かれた場所を反芻し、マチコはツリーのてっぺんを見上げながら、同じリボンでも使い方でこうも印象が違うものかと、この場所で二度目の関心を味わった。

マチコは自宅近くの駅で、駅ビル5階にあるおもちゃ屋に寄った。店内には12月頭からエンドレスのクリスマスソングが流れ、レジの店員はサンタ帽をかぶっている。マチコはぐるりと売り場を一周し、悩んだ末に結局ゲームソフト用のプリベイトカードをレジへ出した。財布から先ほど男にもらった1万円札を取り出し、支払いを済ませた。

エスカレーターで2階へ降り、衣料品売り場でぽかぽか靴下を婦人用2足、紳士用2足、都合4足レジへ運んだ。一足2000円。まとめて買おうと思うと、けっこうな金額だ。マチコはここでも、再び先ほどの1万円札で代金を支払った。

地下食品売り場には、クリスマスイブらしい華やかなオードブルが並んでいる。割引シールが貼られているものもたくさんあったが、マチコはそれらに見向きもせず、輸入食料品店に直行した。高価なチーズやアンチョビペースト、黒いオリーブ、試したかったパクチードレッシングや高級な醤油の小瓶をかごに入れた。いつもは1000円程度で済ませているワインも、今日は3000円のものにした。
輸入食料品店のレジは長蛇の列だった。マチコは前の人のカゴをのぞいた。チョコレート、ケルトポテトチップス、半生のニョッキ。その横の人のカゴは、マンゴージュース、チリコンカン缶詰、チーズソースのような瓶、塩味おかき。他人のカゴの中は興味深い。自分のカゴの中は、他人から見ると一体どんな印象なんだろう。
マチコはくだんの1万円札の最後の1枚を使って会計をした。

ただいま。
マチコは玄関ドアを上機嫌であけた。母ちゃんおかえりーとむすこの部屋から声がした。勉強中だろうか。マチコは自室に入りコートをかける。ベッドサイドテーブルに置かれたツリーのオーナメントを見て少し笑う。ここで見る赤いリボンは、少しも安っぽくなんて見えない。やっぱりかわいい。

廊下を進むと、奥から肉を焼く香ばしいにおいが流れてきた。

おかえりー。わりと早かったね。
キッチンに入ると、マチコの夫がフライパンの上の鶏もも肉に皿をぎゅうううと押し付けているところだった。彼は日夜皮が剥がれないチキンソテーを研究している。マチコはまたチキンかと思いながらも、いつもとは違うローズマリーの香りに夫のクリスマス気分を感じ取ってちょっと楽しくなった。今日のチキンは、どんな出来だろうか。

マチコは夫に、靴下の包みとゲームのプリベイトカードの包みをちらちらと見せて、キッチンカウンターに置いた。
夫はマチコに小さく笑いかけ、もうすぐできあがるよと鼻歌交じりに言った。







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