アンパンマンミュージアムと疲れた大人たち
世界中の子供が一度はハマるというアンパンマンである。
うちの息子は喋れない時から小さな手をギュッと握り、おもちのようなほっぺに両手をあててアンパンマンを表現してきた。バイキンマンは人差し指を立ててツノにする。ちなみに鬼もアリも同じポーズで「鬼?アリ?バイキンマン?」と三段活用で聞く。当たるとにっこり笑う。
そんな息子を見ていた親としては、アンパンマンの聖地(?)であるアンパンマンミュージアムに行くことが夢であり人生の目標(?)になるのは自然な事だったと思う。
私にとってアンパンマンミュージアムとは幸せの象徴でマシュマロのようにやわらかく。カドがない。
子供たちはみんな笑顔で、泣いている子もアンパンマンに抱きしめられればすべての悲しみや苛立ちはアンパンチで飛ばされたバイキンマンのごとく、どこかへ飛んでいき星になる。
私の中ではそういうイメージだ。
もちろん行った事ないしよく知らない。
アンパンマンミュージアム
息子が今月で3歳になった。アッという間だねと言われる事が多いが、その気持ち半分、まだ3歳かという気持ちが半分。
もっともっと長く一緒にいたような気持ちもある。
アンパンマン中毒の息子を喜ばせるために家族3人で福岡のアンパンマンミュージアムに行くことにした。車で片道2時間半の旅だ。
道中もいろいろあったが長くなるので割愛する。
今回はアンパンマンミュージアムである。
最寄りの地下駐車場に車を停めると、アンパンマンミュージアムのロゴが小さく書かれていて、それを見つけた息子が「パンマン!パンマン!」と短い腕を振りながら指さして喜んでいた。
この時の目の輝きは、丸亀製麺を指さして「うどん!うどん!」と言う時と同じだったから本当に嬉しいんだと思う。うちの息子は丸亀製麺が何より大好きだ。
来てよかった。
子供が生まれる前は自分の行きたいところに行き、自分の好きなものを食べていた私が親になった今子供の笑顔が自分のことよりも嬉しいし心が満たされる。
地下駐車場からエレベーターで昇っていくと5F6Fの2フロアがアンパンマンミュージアムになっていて息子は目をキラキラ輝かせ、扉が開いた瞬間に走り出した。
跳ねるように走る子供を追う私と妻。
右を見ても左を見ても沢山の子供と大人。赤、青、黄色のカラフルな空間。個性豊かなキャラクター達。
しかし同時に視界の端っこで疲れ果てうなだれている大人がうつっていたけどその時はまったく気にもしなかった。
「今」を楽しむ子供。疲れる大人。
いろいろ見て回りながら子供が気に入ったのが滑り台だった。
私から見たらなんの変哲もないまっすぐな滑り台で、カラフルでキャラクターが書いてある以外は普通すぎる滑り台。
距離も短いし滑りも悪くカクカクしながら滑っている。というか足と手で進んでるから滑れていない。体育座りで進む息子。
が、何度も何度も並んでは滑っていた。大人からすると「他にもっと楽しいものあるよ!」って思うけど子供は楽しいらしい。
売店に入れば限定のおもちゃに目もくれず、家の近くのイオンにもあるおもちゃを欲しがったり、
ソフトクリームが食べたいと言うから買ったら、一口食べてもういらない。ぶっ飛ばすぞ。
気づいた時には最初に視界の端にいた疲れた大人たちと同じ表情になっている自分に気がついた。
ああそうか。
子供って「今」を全力で楽しんでる。今しか見えてない。
今が楽しいならなんの変哲もない滑り台に何度も滑ったり、どこにでも売っているアンパンマンのおもちゃを欲しがったり、さっき食べたいと言っていたソフトクリームをもういらないとはねのけたり「今」思うこと、楽しいことに全力で向き合う。
多くの大人は「せっかく時間をかけて来たんだから、ここにしかない楽しいものを」とか、「アンパンマンミュージアム限定のおもちゃじゃなきゃ」とか、これまでに使った時間や計画などの「過去」と、良い思い出を作りたい、せっかく来たから後悔したくないとか「未来」に囚われて「今」を楽しむことができない。
帰りの車で満足そうに眠る息子を見ながら思った。
私はずっと「特別な一日」を探していたけれど、3歳の息子にとっては毎日が特別で毎日が全力なんだろう。
人生の楽しみ方を息子に見た気がした。
でも帰り道のパーキングで子供がうどん食べたいと注文したうどんを「やっぱいらない」と一口も食べずどっか行ったのはさすがに許さん。
今を生きすぎだろ。
