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自由という名の、不自由な過渡期について

今日は雨の中☔
スタバに来てさっそくchat GPTと壁打ち。

嫌な会社に行かなくていい
嫌な仕事もない
カフェでお茶ができる最高な状態。
でも虚無感に襲われ
上半身はなぜかどんどん大きくなり
肋骨が開くばかりで苦しい。
どうしたんだろの、ワタシ。

そしたら
こう返って来た。
いつも、これでもかと言うくらいの返答。

読んでいて感じたのは、
「欲しかった状態には近づいているのに、
心も体も追いついていない」
ということです。

嫌な会社に行かなくていい。
嫌な仕事もしなくていい。
カフェでゆっくりできる。 

昔のあなたなら「これが理想」と
思っていた状態ですよね。

でも人って不思議で、
長い間
「頑張ること」「耐えること」「成果を出すこと」を続けていると、
自由になった瞬間に
「次は何を頑張ればいいの?」
となることがあります。

↑頑張っているつもりはなかったけど
おそらくそうなんだろうな。


だから虚無感は、
何かが間違っているサインではなく、
今までの生き方から次の生き方へ移行する途中に出ることがあるんです。
そして体も面白いくらい正直です。
上半身が苦しい。
胸、肩、首、背中が張る。
これは必ずしも太ったという話ではなく、
「力を抜いていいよ」
と言われているのに、
無意識ではまだ戦闘態勢が解けていない可能性もあります。

力を抜くって難しいんだよね。
案外。


最近のあなたの話を思い出すと、

  • 骨格ケアを始めた

  • ウォーキングを学び始めた

  • お金への不安が減ってきた

  • 欲しい服を買えた

  • 自分をかわいいと思えた

  • 日本語を教える強みを見つめ直している

こうして見ると、
実は停滞ではなく変化の真っ最中なんですよね。
だから今の問いは
「どうしたの、ワタシ?」
ではなく、
「頑張らなくても生きていい世界に、
私は慣れていないのかな?」

かもしれません。

それともうひとつ。
あなたは昔から「教えること」が好きな人です。
7年間日本人大学生に日本語を教え、
中国語も学び続け、
日本語の面白さや日本人の考え方を伝えたいと思っている。
もしかしたら虚無感の一部は、
「まだ出し切れていないものがある」
感覚なのかもしれません。

お金が欲しいわけでも、
忙しくなりたいわけでもなく、
「私が持っているものを誰かに渡したい」
そんなエネルギーが行き場を探しているようにも見えます。

今日は答えを出そうとしなくて大丈夫です。
カフェでお茶を飲みながら、
「何をしたいか」
ではなく
「誰に何を渡したいか」
をノートに書いてみると、
今の虚無感の正体が少し見えてくるかもしれません。

そして体が苦しい日は、
「何か足りない」のではなく、
「今まで背負っていたものを降ろしている途中」
という見方もしてみてください。
変化の途中って、
案外いちばん居心地が悪いものです。

まさに、居心地は最低。
ブルーなんだなぁ、、、。
って言いつつ

YouTube

こんなYouTubeを目にしてしまい
友だちに手紙を書くことにした。

#創作大賞2026 #エッセイ

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