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モーツァルトは扉を開けた  ☆6

第六章

 食事をしているうちに、正弘は思い出した。
「アンナちゃん、確か、我が家にやってくるときにヴァイオリンも持ってきてたよね?」
「うん?ヴィオラですか?」
「あれ、ヴィオラかぁ。。」
「もしかして、もしかすると…母は、もっと前に帰国していたのかな。
40代の写真があって、どうもこの家みたいなんだよね。後で、一緒に写真見てみよう。」
僕が知らなかっただけで、再婚時にはここを日本の拠点としていたのかもしれなかった。

 二人は、本の部屋でアルバムをのぞき込んでいた。
アンナは息をのんだ。
「あれっ、この人、見覚えがあります。この人、確か、ひいおじいちゃん。」
「あはは、そんな訳ないでしょう。」と言った正弘自身が『あれっ』っと思う番であった。
『紙に書いてみないと混乱するな。』
1.母が47歳の時に、70過ぎの人と結婚した。
  帰国したのが16年前とすると、60歳の時に帰国。(幸は現在76歳)
2.16年前、ということはアンナのお母さんは29歳。
3.29歳の人のお父さんは59歳、と おじいさんは、89歳前後かもしれない。
3.幸の夫であるおじいさんは、アンナから見るとひいおじいちゃんの年代になる。しかも、ヴィオラを弾く。

「ええっ、幸さんのお相手は、ヴィオラ奏者だったんですか?」
「ああ、この写真。二人で演奏しているよね。」
「これ、ひいおじいちゃんです。」

 『ああ、なんという展開なんだ。』
『まるで縦糸と緯糸が重なり織られていくかのようだ。』

「例えばだけれど、君のお母さんは、おじいちゃんの家に遊びに、曾孫の顔を見せにやってきただけ…もありうるね。そのついでにピアノを弾いたり、レッスンをしたりもあったかもしれないよね。」
「………」
「アンナちゃんは、4歳の時にやってきていたかもしれないよ、この家に。
そうなると僕の母にも会ったことがあった…ということになるよね。」
「私…そうなんだ。。。記憶にはないけれど。 マサさんは?その頃は?」
「ああ、一人暮らしで、ここには足を踏み入れてないから…空白の時代だな。」


Brahms Viola Sonata op.120, N.2, II Appassionato, ma non troppo allegro - Juan Miguel Hernandez


 「遅くなっちゃったね。いやー、驚きの連続だったなぁ。」
「なんだか、私はここに呼び寄せられて来ちゃった、みたいですね。
どこかにひいおじいちゃんの写真、もっとないかなぁ。。。」
「明日、明日。もう寝なくちゃ。」
「はい。」
 
 アンナはまだ落ち着かずに、深呼吸を何度もしていた。
そして、ヴィオラのケースを開けて、飾っておくことにした。
『お母さん、不思議なものですね。私がこの家に来てモーツァルトを弾かなければ、つながらなかったかも。うん、きっとモーツァルトが扉を開けてくれたんですね。』

Mozart: Piano Concerto No. 19 in F Major, K. 459: I. Allegro


『あれっ、ということは、私、幸さんの夫の曾孫…で、マサさんは??
ウーンン、えーっっと、幸さんの前夫の息子だから、ひいおじいちゃんから見ると義理の息子かな?』ますます目が冴えてくるアンナであった。

 次の朝『ことはそんなに単純ではないかもしれない…』と思い始めた正弘がいた。なぜならば、一緒に写真に写っている、一緒にコーヒーを庭で飲んでいるからと言って夫婦とは限らないではないか?
『さて、そろそろ戸籍を取りに行ってくるか…』

 『さぁ、今日こそたくさん新しい曲弾こうっと!』
アンナは、この竹里家と少なからず【縁】があったことを嬉しく思い、母と曽祖父の面影がこの家の中のどこかにあるように感じていた。

 本の部屋より、新たな楽譜を発掘してきた。美しいすみれの装丁が施されている譜だった。
誰かが写譜したのか、それとも聴き取って書いたものかはわからなかったが、手書きの譜でヘンデルの美しい曲だ。

Handel: Suite in B-Flat Major, HWV 434: IV. Minuet (Arr. Kempff for Piano)

 この曲は、幸の大好きな曲でもあった。
車椅子の上で目を閉じながら首を動かし、手も指揮をするように少し上下していた。
『マッサージの効果かな? それともこの曲に何か思い出でもあるのかしら?』

 そう、幸はヴィオラ奏者であった花井俊より、この手書きの譜をプレゼントされたのだった。「僕のそばで、この曲を弾いてください。」と。
彼は、ヴィオラ奏者でありながら、オーケストラに入ることをしない、型にはまらない音楽家だった。様々な譜を探究している大学の研究者でもあった。
その探究は、古くは紀元前一世紀の【セイキロスの墓碑銘】でもある楽譜から、である。
彼は、譜を巡って、旅を重ね、日本からは離れて暮らしていたのだが、このセイキロスのもともとあった場所の隣町、古代のエフェソスの図書館で幸と出会ったのだった。まだ日本人のあまりやってこない場所でもあった。
その図書館は美しいファサードが残っていた。

セイキロスの墓碑銘

 そう、譜のどこかに「Kei Toshi]とサインがあったはずである。
幸は、苗字がトシさんで、名前がケイさんかと思ったのだが、予想は外れ、
【ケイ】が苗字で花井と書き、名前が【トシ】で俊と書いた。