キュビスムが美術史にもたらした変革
こちらは通信制大学へ提出したレポートです。最後に評価も載せてありますので、よろしければ最後までお読みください。

画像は、ソニア・ドローネーの《バル・ビュリエ》という作品の一部です。2023年末に国立西洋美術館で開催されたキュビスム展に出展されていました。キュビスムと聞いて思い浮かべるのは、ピカソやブラックのなんだか全体に茶色っぽくくすんだ画面だったのですが、ドローネー夫妻の鮮やかな色彩がとても気に入って撮影したのを覚えています。
ちょうど数日前に愛知県美術館のクレー展に行ってきました。ピカソらキュビストに接近し、キュビスムっぽく描かれたクレーの作品も展示されていましたが、あくまでも「ぽい」のであり、キュビストではなかったことが分かります。でも色彩のパッチワークという点では、ドローネーに近いような気がしました。
20世紀が幕を開けて間もなく、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックという二人の芸術家が、キュビスムという斬新な絵画様式を生み出した。キュビスムの革新性と後世への影響について考察する。
キュビスムという名称は、ブラックが描いた風景画が「すべてを立方体(キュブ)に還元する」(1)と評されたことが発端となり生まれたと言われる。ブラックはその絵の中で建物や樹木を幾何学的な形に単純化しており、そこにはセザンヌからの強い影響が窺われる。
その前年の1907年に、ピカソは《アヴィニョンの娘たち》を描いている。異様な姿形で描かれた5人の裸婦は、ピカソが古代イベリア彫刻やアフリカ芸術から受けた刺激が表出されたものである。ここに、キュビスムの始まりを見ることができる。
二人は協働して、対象を分析、断片化したものを、一つの画面に再構築するスタイルを作り上げた。1909年から1911年の、分析的キュビスムと呼ばれる段階である。キュビスムは形態に対する知的な試みであり、それを強調するため色彩は抑制された点も特徴の一つである。
ルネサンス以降、絵画とは、ある一点から捉えた現実世界を写し取るものであり、そのために遠近法や陰影法が駆使されてきた。キュビスムはそれを根底から覆した。写真のような写実性を求めるのではなく、対象を複数の視点から見た像を一枚の画面に収めることで、対象の本質に一層近づこうとしたのである。
しかし分析的キュビスムを推し進めていくと、徐々に作品は現実と乖離していった。その溝を埋めるため、次に彼らはキャンバスに新聞紙や楽譜等の紙を張り付けるパピエ・コレや、砂や布等を張り付けるコラージュという方法を取り入れた。1912年から1914年の総合的キュビスムの段階である。絵筆で描くだけではなく、切ったり貼ったりする行為が加わり、これにより絵画とは何かという定義を更に揺るがすこととなった。
ピカソとブラックが創始したキュビスムであるが、この時代の多くの芸術家たちが影響を受けてこの様式に取り組み、そして新しい運動へと進んでいった。例えば、より色彩に富んだ作品でオルフィスムの創始者とされるドローネー夫妻は、抽象絵画への道を開いた。未来派の動きを思わせる《階段を下りる裸体No.2》を描いたマルセル・デュシャンは絵画から離れ、ダダイスム、シュルレアリスムの主要な人物となる。キュビスムを乗り越えるべくピュリスムを表明したシャルル=エドゥアール・ジャンヌレは、後にル・コルビュジェとして20世紀を代表する建築家となる。
キュビスム以前も様々な芸術動向があったが、それらは概ね一つの大きな流れであったと捉えられる。しかし、キュビスムという運動が、ある意味卓袱台を返すようにして、絵の巧さとは何か、美しさとは何か、といった常識を壊したことで、ここから一気に多数の芸術動向が、あらゆる方向に向かうきっかけとなった。その影響は絵画の分野だけでなく、彫刻や建築など多岐にわたっていることからも、キュビスムは近現代の芸術文化において、最も重要な芸術動向であると考える。
こちらのレポートの評価はB(75点)でした。
