「わが家にいた猫のはなし2 前編」
わが家にいた猫のはなし、で仔猫についておはなしした。そのはなしには続きがあって、今日はそのはなしをしようと思う。
仔猫が旅立って、ちょうど7日後くらいだったと思う。
まだわが家が、仔猫がいなくなったことに実感がもてなくて、気持ちがふわふわしていたころのことだ。
そんな中でも、次男を習っていた水泳に送るために、自転車のうしろに乗せて坂をくだって、脇道にそれたときだ。
そのときも手足がこわばって、心臓がどきどきしたのをよくおぼえている。
道の脇の植え込みに、ガリガリに痩せた、仔猫のような体格の三毛猫がいた(出会うときは出会うのだ、それはもう運命なのだ)。
片方の目の眼球はなく、もう片方も濁っていてよく見えてないのはあきらかだった。
お腹がすいているのか、植え込みの中を一生懸命歩きまわり、食べられそうなものをさがして、口にいれているようだった。
胸がしめつけられた。
わたしは自転車を止めた。
次男がなにか言った気がするが、あまりおぼえていない。
とりあえず、今日はプールに行かないと、というのがあって、一度その場を離れた。
次男のプールが終わるのを待つ間、先ほどの三毛猫が頭からはなれなかった。
通りがかったとき、その道を通る人は幾人かいたのだ。
みな、素通りしたり、足を止めて気の毒そうに見たり、かわいそうに、と言ったりするがそれ以上のことはなかった。
だれか、なにかするかな、と思った。
保護しないかな、だれか保護してくれればいい、と思った。
帰り道、おそるおそるまたその道を通ると、三毛猫はまだいた。
次男がきっぱりと、お母さん、この子を連れて帰りましょう、と言った。
そのとおりだった。
この三毛猫にはあきらかに保護がいるし、さいわいわが家は、仔猫が去って、仔猫に使っていたものが残されている。
次男に、キャリーとチュールを取りに行かせ、チュールでキャリーに誘導してそのままキャリーに押し込み、家に連れて帰った(緊急とはいえ、まったくよい方法ではなくて、のちに三毛猫は決してチュールを食べなくなった)。
わたしが勝手に保護し、勝手に連れて帰ったことは、夫とわたしの間にかつてない、壮絶な争いを生んだ。
夫は断固として飼うことを拒んだのだ。
仔猫は受け入れ、その死に際して、熱心に世話をしていたから、てっきり猫が好きになり、動物を飼うことに抵抗がなくなったと思ったらそうではなかった。
やはり動物を家の中で飼うことは好きではない、と言った。
勝手に連れて帰ったことは悪かったと思っているが、そこまで拒まれるとはわたしも予想外で、そして夫がわたしの希望をそこまで強硬に反対することもかつてないことで、わたしは困惑し、怒った。
争いは何日も続き、子どもたちはおびえていた。
特に、次男は、じぶんが連れて帰ろうと言ったばかりに、と泣きそうな声で言った。
あなたはまちがってないし、なにも心配しなくていいし、連れて帰ったことを悔やまなくていい、あなたは正しかったのだ、とわたしは言った。
けれども、おなじ家に暮らしている以上、相手がいやがることを無理強いするのは、マナー違反でもあるとは思う。
わたしは悩みながら、野良猫を保護してくれる団体に連絡したり、近所のひとに相談したり、最終的には市の保護施設に送った。
けれども、どうしても、どうしても、わたしは三毛猫をあきらめることができなかった。
盲目に近い猫なのだ。
引き取り手はそうかんたんには見つからないだろう。
へたしたら、ずっと保護施設にいることになるだろう。
なにより、三毛猫は盲目に近くなるまで放っておかれ、外を出歩けないのに、だれかがあの植え込みまで連れてきて、放置していったのだ。
ゆるせなかった。
望まれずに産まれてきて、放置され、道端に打ち捨てられたすがたは、まるでじぶん自身のようだった。
三毛猫をどうしても救いたかった。
産まれてきて良かった、生きていて良かった、しあわせだなと、思って欲しかった。
そうした環境と世界を、与えてあげたかった。
三毛猫を救うことは、じぶん自身と、じぶんを含めたこの世の哀れなひとびとを救うことに似ていた。
なにかにとり憑かれていたのかもしれない。
すこし、あたまがどうかしていたのかもしれない。
でも、とにかくどうしても、わたしは三毛猫との縁をきることができなかった。
