多様性とは|たとえ、言葉が話せなくても
うちには、知的障害を伴う自閉症の娘がいます。
正直な話をしましょう。「多様性」を考えるとき、知的障害を持つ人々のことを、皆さんはどれだけ意識されているでしょうか。
パラリンピック、LGBTQ、肌の色……
自分の意見を言葉にし、表現方法を持っている方々の主張。
分かります。分かりますけれど……
彼らの言う「ダイバーシティ」に、知的障害を持つ人々は、含まれていますか?
■白い目で見られること
娘は小学生ですが、コミュニケーションに難があります。多少は話せますが、落ち着いた環境が必要です。
そして、ちょっとした引き金でパニックを起こしてしまいます。
電車に乗るのも、自家用車以外に乗るのも、難しい。
私は常に神経をはり、先回りして落ち着かせるように対応を取り続けなければいけません。それでも、「ここで、このタイミングで……」というところで、パニックになってしまうことがあります。
そのときの、その場にいるすべての人から向けられる「白い目」。
そんなつもりはないかもしれません。でも、多分自覚されている以上に、冷たい目をしているのですよ。
その突き刺さるような視線を浴びることは、私たちの日常です。
どんなに慣れたといっても、私だってショックを受けて立ち直れなくなる日があります。子どもならなおさらでしょう。
■東田直樹さんの言葉
自閉症の作家、東田直樹さんをご存じでしょうか。
彼は、一般的にいわれる重度自閉症にあたります。日常生活で会話はできないそうです。でも、パソコンや文字盤ポインティングという方法を用いて、心の内を表現することができるのです。
彼が13歳のときに書いた「僕が飛び跳ねる理由」は、ぜひ一度読んでもらいたい一冊。
言葉を発せず、目も合わず、ともすれば「何もわかっていないんだろうな」と思われてしまうような、自閉症の子供たち。彼らがどんなことを感じ、なにを考えているのかが分かります。
東田直樹さんの言葉は、本質を突いたことが多く、ハッとさせられます。
「少しずつできるようになればいいよ」というのは、やさしい声かけです。でも、相手がそう思っているかどうかはわかりません。今すぐにでもできるようになりたいと考えている人は、障害者にもたくさんいます。
— 東田直樹 Naoki Higashida 【公式】 (@higashida_naoki) June 4, 2022
東田さんと同じように、きっと娘もこんなことを感じているのかな……そう思ってしまうこともあります。
記録と記憶。「記録として残すもの」と「記憶として残したいもの」は別だと思います。誰でも生きた証として覚えておきたい過去だけではないからです。忘れてしまいたい思い出やいつの間にか自分で修正してしまった記憶もあるはずです。心の中のアルバムに何を残すかは、本人が決めるべきものでしょう。
— 東田直樹 Naoki Higashida 【公式】 (@higashida_naoki) June 10, 2022
彼らはきっと、脳の使い方、モノの見方、感じ方が独特なのです。それは劣っているということではなく、私たちが気づかないことに気づく力なのだと思います。
■白い目で見られるのが怖い
まだ娘が未就学児で、療育に通い始めたころ。東田さんのドキュメンタリーを見る機会がありました。
そのとき、「怖いものはなに?」と聞かれた東田さんは「人の目線が怖い」といった返事をしたのです。
人通りで、少し変わった行動をとってしまう自閉症の人々。彼らは、白い目を向けられていることを分かっているし、怖いと感じているのです。当時、娘がなにを考えているか全く分からなかった私は、衝撃を受けました。
娘の療育にも、重度の障害を持つお子さんがたくさん通っていました。
その中でも印象に残っているのは、小さな体に見合わない、大きなヘルメットをつけた男の子。自分で強く頭を打ち付けてしまうので、体を守るためにヘルメットをつけているのです。
私はその子を「かわいい子だな」と思っていました。素敵な表情をしているし、とっても愛らしいんです。
その親子とは、通園ペースの都合か年に数回しか顔を合わせることがありませんでした。でも、私はどうしてその子がそうした行動をとってしまうのか分からなかったし、お母さんもいつも困っているように見えたので、「お母さん、大変そう」という気持ちで、あまり刺激しないように遠くから彼らを見るばかりでした。
もしかしたら、その視線が刺激になっていたのかもしれない……
■彼らは魂を見抜いている
あるとき、久々の親子登園で、その男の子親子と一緒になりました。
帰りの会、私は対角にいたその子に向かって、遠くから
『あなた、とってもかわいいね。本当にかわいいね。とってもすてきだよ』
と心で語りかけながら、目線を送り続けてみたんです。
男の子とは、目が合いませんでした。でも、ずっと『かわいいね』というメッセージを送り続けたんです。
そうしたら、どうなったと思います??
帰りの会が終わった瞬間、その男の子が、笑いながら私の方に向かってきてくれたんです!!!
お母さんもびっくりされていて、「こんなことはじめて」と言っていました。
目は合っていないと思ったけれど、ちゃんとこちらの好意は伝わっているし、喜んでくれていたんです。
彼らは、言葉を使う私たち以上に、私たちの心や魂をしっかり見抜いているんですね。だからこそ、いろいろなことが怖いし、刺激にもなってしまうのでしょう。
この出来事は、私にとって「人の表面ではなく、魂で通じ合う」ことの大切さを感じる大きなきっかけになりました。
■「大丈夫だよ」という思いをのせて
私は、娘たちも当たり前のように、揶揄されず過ごせる社会になればいいなと思っています。でも、私一人では難しい。
毎朝娘を通学バスまで送っています。突如パニックを起こして、商店街で大声を出してしまうこともあります。その様子を見て、通りがかりの小学生が娘のマネをしながら、笑いながら走り去っていく。
「あー、私あの子知ってる、幼稚園一緒だった。ちょっとおかしいんだよね」とクスクス言われたこともあります。
頭に血が上りますよ。私だってそこでニコニコしていません。いえるときは直接言います。それが許されないことを伝えていくしかないので。
それでも、強くなりきれません。現実として、謝ることも多いのです。
8年間、謝りながら生きていたのかもしれません。久しぶりに人前に出たとき、自分があのときのお母さんのように、常に困った顔をしていることに気づきました。
もう少し、笑わなければ。私がこれでは、いけない。
でも、正直本当につらいの。
だから、街中でもしそういう方たちを見かけたら。「大丈夫だよ」って心の中で唱えてください。声を掛けられなくてもいいので。「大丈夫だよ」って気持ちを目線にのせてもらえるだけで、いくぶんかラクになります。
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