第15章 外縁の追撃 第6節 眠る白印
白い反応は、城壁沿いに南へ続いていた。
敵が開いた灰色の道とは違う。
外縁林の奥へ誘うのではなく、城壁の内側をなぞるように、石畳の下で細く光っている。
道のように見えた。
けれど、足を進めるためのものではない。
何かを知らせるために、そこに残っているものだった。
クレフ「距離を取って進む」
フォーレスト兵「はっ」
兵たちはすぐに隊列を直した。
白い反応を踏まないよう、巡回路の端を選んで動く。
人払いされた城壁沿いに、必要な足音だけが戻っていく。
後方から、フォーレスト兵が駆けてきた。
フォーレスト兵「女王陛下より追加伝令です。ゾマー軍は外縁の守りの外で足止めされています。大きな突破はありません」
クリスが符を一瞥し、小さく頷いた。
クレフ「膠着しているのか」
フォーレスト兵「はい。ただし、圧は続いています。結界の外側で、何度も押し返しているとのことです」
外では、ゾマー軍が守りを押している。
だが、ここで足を速めすぎれば、敵の思うままだ。
急ぐ。
けれど、急がされない。
クレフ「敵が見せた道には乗らない。こっちの反応を追う」
リゼ「はい。この白い反応は、敵が作ったものではありません」
クレフ「昔からあるものかな」
リゼ「おそらく。ですが、何かに押さえ込まれています」
白い反応は、少し先で石畳の継ぎ目へ沈んでいた。
城壁の足元。
古い補修跡にも見える、深い継ぎ目。
その奥で、白い光がかすかに震えている。
リゼが膝をついた。
指先は石畳に触れない。
その下の白い光だけが、呼吸するように揺れた。
リゼ「ここです」
クレフ「下に何があるの」
リゼ「道ではありません。印です」
クリス「印?」
リゼ「何かを通すためではなく、何かが越えた時に分かるように置かれたもの」
白い印。
それは今、作られたものではない。
クレフたちが置いたものでもない。
石畳の下で、ずっと眠っていたものだ。
リゼ「五百年前……アトス様が人と魔人の境に願いを残した頃に近い印です」
クレフ「不可侵の約束に関わるものかな」
リゼ「はい。どちらか一方のものではありません。境を越えさせないために残された印です」
その時、白い印の上に、灰色の滲みが浮いた。
針のような反応だった。
石畳の継ぎ目に刺さり、白い光を押さえ込んでいる。
リゼ「触れないでください」
クレフ「敵の仕掛けか」
リゼ「はい。白い印を壊すためではありません。眠らせるためです」
クリス「眠らせる?」
リゼ「この印が起きれば、敵の通った跡が残ります。だから、先に押さえ込んだのだと思います」
クレフ「敵は、ここを通ろうとした」
リゼ「はい。ですが、完全には越えられていません」
だから誘ったのか。
外縁林の奥で待つと言った灰色の影。
あれは嘘ではない。
だが、全部でもない。
本当に隠したかったものは、ここにあった。
城壁沿いの、誰も気に留めない石畳の下。
クレフ「この印を起こせるかい」
リゼ「無理に起こせば、印ごと揺れます」
クリス「針を撃てばいい?」
クレフ「いや。針は狙わない」
灰色の針を壊せば、白い印まで傷つくかもしれない。
敵が眠らせたものを、こちらが壊しては意味がない。
クレフ「リゼさん、まだ生きている端はあるかな」
リゼ「右側です。完全には押さえ込まれていません」
クリス「霧も右だけ動いてる」
クレフ「そこを使う。針は抜かない。白い印の端を起こす」
リゼ「それなら、反応が逃げる先を作れます」
クレフ「クリス、動いている霧の場所を狙えるか」
クリス「針じゃなくて、右側だね」
クレフ「ああ」
クリスが弓を上げる。
矢の先は灰色の針ではなく、その右側の石畳へ向いた。
リゼが左手をかざす。
白い印の端が、わずかに明るくなった。
剣を抜く。
斬るためではない。
白い印と灰色の針の間に、こちらの位置を置くために。
クレフ「今だ」
矢が放たれた。
石畳へ突き刺さった瞬間、霧が薄く割れた。
同時に、白い印が一度だけ脈を打つ。
灰色の針が震えた。
抜けはしない。
だが、押さえ込んでいた力が緩む。
その隙間に、剣先を置いた。
青い光が石畳に広がり、白い印の端と重なった。
白い光が、石畳の下から浮かび上がる。
それは道ではなかった。
城壁の足元に埋もれていた、古い円の印だった。
内側には、人の文字とも魔人の文字とも違う古い刻みがある。
二つの形が途中で重なり、互いに避けるように刻まれていた。
リゼ「起きます」
クレフ「敵に知られるか」
リゼ「はい」
一瞬、迷う。
ここで印を起こせば、敵にも分かる。
だが、眠らせたままにすれば、敵の通った跡も消える。
なら、知らせる先を選ぶ。
クレフ「敵にだけ返さない。後ろにも返す」
リゼ「セリザ殿の警鐘へ?」
クレフ「ああ。ここを見つけたことを、先に味方へ渡す」
リゼが頷いた。
白い印の端へ、指先を近づける。
触れない。
けれど、白い光がそれに応じるように広がった。
灰色の針が逃げようと震える。
剣先は動かさない。
青い光で、ただその場を押さえる。
やがて、白い円から細い光が一本、後方へ伸びた。
巡回路の石の下を通り、来た道の奥へ消えていく。
同時に、灰色の針が音もなく砕けた。
リゼ「届きました」
クレフ「セリザに?」
リゼ「おそらく。少なくとも、受け皿の警鐘に揺れは返りました」
クリス「待って」
クリスの声が鋭くなった。
足元の霧が、南へ流れている。
風ではない。
白い印が起きたことで、押さえられていた灰色の反応が逃げ出したのだ。
細い影のような気配が、城壁沿いを南へ走る。
クレフ「逃げたか」
リゼ「逃げたように見せている可能性もあります」
クレフ「どちらでもいい。敵の反応が動いたなら、追える」
壁の向こう側で、灰色の気配が一瞬だけ揺れた。
声はない。
けれど、こちらを見たという感触だけが残る。
クリス「罠でも追うの?」
クレフ「ああ。敵が見せた道には乗らない。でも、敵を追うのはやめない」
リゼ「灰色の反応は南へ向かっています」
クレフ「なら、その痕跡を追う」
フォーレスト兵が息を整えながら振り返った。
フォーレスト兵「後方から合図です。青い揺れが返っています」
セリザだ。
直接の言葉ではない。
それでも、届いたと分かるには十分だった。
クレフ「この印を囲む。踏むな。壊すな。女王陛下とルナシウスにも伝えてくれ」
フォーレスト兵「はっ」
クレフ「僕たちは南へ進む」
白い印は、石畳の下へゆっくり沈んでいった。
完全には消えない。
そこにあると知った今、もう見落とすことはない。
灰色の反応は、城壁沿いを南へ走っている。
敵が隠そうとしたものが、こちらに背を向けた。
逃がさない。
誘われた道ではなく、眠っていた印が示した痕跡を追って、南へ踏み出した。
第15章第7節へ続く
第15章第6節を読んで頂きありがとうございます。
今回は、敵が見せた灰色の道ではなく、城壁沿いに残されていた白い反応を追う回でした。
この白い反応は、クレフたちが作ったものではありません。
五百年前、アトスが人と魔人の境に願いを残した頃から、石畳の下に眠っていた古い印です。
敵はその印を壊すのではなく、眠らせようとしていました。
壊せば痕跡が残る。
だからこそ、誰にも気づかれないように押さえ込み、境を越えるための隙を探していたのだと思います。
クレフたちは、敵の罠に乗るのではなく、敵が隠そうとした痕跡を追うことを選びました。
白い印を起こしたことで、後方のセリザたちにも異変を伝えることができました。
そして同時に、押さえられていた灰色の反応が南へ逃げ出します。
敵が見せた道には乗らない。
けれど、敵を追うことはやめない。
第15章の「外縁の追撃」は、ここからさらに動き出していきます。
次回は、南へ走る灰色の反応を追い、敵が隠そうとした場所へ近づいていきます。
#小説 #ファンタジー小説 #グランバルト物語 #王道ファンタジー #創作 #連載小説 #note小説 #物語 #剣と魔法 #外縁の追撃
