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第15章 外縁の追撃 第2節 流れの名残

白い霧の残る通路を抜けると、空気の冷たさが変わった。

排水門の奥にあった湿り気とは違う。

もっと古い。

水が流れていた記憶だけが、石の奥に残っているような冷え方だった。

後ろには、距離を空けてフォーレスト兵が続いている。

多すぎれば、敵に拾われる。

少なすぎれば、退路を失う。

そのぎりぎりを、ルナシウスが選んでくれている。

任せた道が、背中にある。

だから、前だけを見られた。

クリス「外側、少しざわついてる」

クレフ「フォーレストの守りに触れてる?」

クリス「まだ触れてない。でも、守りの縁をかすめてる」

リゼ「封鎖線が広がったことで、古い水路に残っていた流れの名残が押し返されているのでしょう」

クレフ「敵も、それに気づいている?」

リゼ「おそらく」

リゼは壁へ手をかざした。

指先は石に触れていない。

それでも、何かを読んでいるのが分かった。

リゼ「この先です。古い水の道が、ここで一度細くなっています」

通路の先に、重い鉄格子が見えた。

錆びてはいない。

使われていない場所でも、最低限の手入れは続けられている。

フォーレストが忘れていた道ではない。

ただ、日々の城からは外された古い管理路だった。

兵「この先は、旧水門跡へ続く管理路です。普段は使われておりません」

クレフ「ここからは入らない」

兵が驚いた気配を見せた。

けれど、鉄格子から目を離さなかった。

格子の向こうは暗い。

だが、完全な闇ではない。

石の継ぎ目に沿って、かすかに白い跡が浮いている。

クレフ「白符じゃないな」

リゼ「違います。水の道に残った跡です」

クリス「水はないのに、跡だけ残ってるんだ」

リゼ「はい。長く流れていたものは、消えた後も石に反応を残します」

白い跡は、格子の向こうで細く曲がっていた。

南東へ。

受け皿の前で見た細い跡と、同じ向きだった。

だが、その途中で一か所だけ途切れている。

まるで、そこだけ誰かが指で拭い取ったように。

クレフ「敵が通った跡か」

リゼ「通ったというより、触れた跡です。水路そのものを使ったのではなく、残っていた反応の筋に触れた」

クリス「また、道を道じゃなく使ってる」

クレフ「ああ」

敵は、扉を開けて入ってきたわけではない。

壁を壊したわけでもない。

古い水路が残した反応だけを使い、封声槽へ向かう道を探っていた。

なら、ここを入口にすれば終わりではない。

むしろ、その瞬間に、こちらの動きを拾われる。

クレフ「正面は残す。ここを入口にしたと思わせる」

兵「しかし、殿下。この先を調べなければ――」

クレフ「敵がここを見ているなら、こちらが正面から来ると思わせる」

クリス「遠回りするの?」

クレフ「外側へ回る。封鎖線の内側から」

リゼ「旧水門跡へ向かう正面を残し、南東側へ回り込むのですね」

クレフ「そうだ。追うけど、追いすぎない」

答えを急げば、敵に答えを渡す。

あの排水門の奥で、何度も思い知らされた。

だから、急ぐ。

けれど、飛び込まない。

そのぎりぎりを選ぶ。

その時、鉄格子の向こうで白い跡が震えた。

一瞬だけ、灰色の滲みが浮かぶ。

受け皿に沈めた楔と、同じ濁りだった。

クリス「来る」

クレフ「下がれ」

兵たちが一歩引く。

灰色の滲みは格子を越えない。

ただ、石の継ぎ目に沿って細く走り、こちらの足元まで届く寸前で止まった。

リゼ「探っています」

クレフ「こちらを?」

リゼ「いえ。封鎖線の切れ目を」

息を止めた。

敵はまだ、こちらを見つけていない。

だが、封鎖されたことで次の抜け道を探している。

それはつまり、敵も焦っているということだった。

クリス「外側の守りに触れかけてる。強くはない。でも、気持ち悪い」

クレフ「奥じゃない?」

クリス「奥じゃない。外側を探ってるだけ」

セリザを連れて来なくてよかった。

受け皿と警鐘は、奥でセリザが見ている。

ここで見るべきものは、外側の揺れと、敵が探す抜け道だ。

クレフ「今なら追える」

クリス「うん」

灰色の滲みが、再び細く伸びる。

南東へ。

外縁林の手前へ。

封鎖線の内側を探るように、ゆっくりと進んでいく。

クレフ「全員、音を立てるな。正面は残す。反応の先へ回り込む」

兵「はっ」

短く頷いた兵が、後ろへ合図を送る。

声は上げない。

槍も鳴らさない。

ただ、足音だけを殺して動き出す。

リゼ「殿下」

クレフ「何か見えた?」

リゼ「反応の先に、別の痕跡があります。水路のものではありません。何かを置いた跡です」

クレフ「中継点か」

リゼ「断定はできません。ですが、ただの古い水の道ではありません」

クリスが弓を握り直した。

その横顔に、迷いはない。

自分も剣を抜かなかった。

抜くには、まだ早い。

けれど、足は止めない。

今度は、見られているだけではない。

こちらが先に見ている。

封鎖線の先で、敵の手がまだ道を探している。

その先へ回り込むため、外縁へ向かった。

第15章第3節へ続く

第15章第2節を読んで頂きありがとうございます。

今回は、旧水門跡へ続く古い管理路で、敵が残された水の道を利用している痕跡を追う回でした。

フォーレスト城には、封じられた危険な場所だけでなく、使われなくなっても管理され続けている古い道があります。

その水路に残った「流れの名残」を、敵は道そのものではなく、反応の筋として利用していました。

クレフはそこで、正面から踏み込むのではなく、あえて正面を残し、敵にこちらの動きを悟らせないまま回り込む判断をします。

クリスは外側の守りに触れかける違和感を拾い、リゼは水路とは別の痕跡を見つけました。

見られているだけだった状況から、少しずつこちらが先に見る側へ移っていきます。

次回は、反応の先にある「何かを置いた跡」へ、さらに踏み込んでいきます。

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