信じる者は救われる
喪失感を癒す方法として、宗教の力を借りることも「あり」だと思います。
宗教と言われると、ぎょっとする方も少なくないと思いますが、愛する人が死を迎えるという深い悲しみに包まれたとき、普段宗教に関心のなかった人でも宗教に救いを求めることが多いはずです。
いつの時代もどの国でも、宗教は遺族を支える力になっています。
宗教を敬遠している人でも、お葬式ではお坊さんや牧師さんを呼びますし、大切な人がつらい入院生活を送っていれば、救いを求めて神社に足を運ぶでしょう。
なぜ人は死と向き合うときに、宗教に頼ろうとするのでしょう?
それは人間の力の限界を思い知るからではないでしょうか。
私の母は、医師から余命1ヶ月から3ヶ月と宣告されました。
それは医学の力では、どうすることもできないということです。つまり人間の力の限界を告げられたということです。
では、宗教というと、なぜうさん臭さを感じるのでしょう?
非科学的なことを語っているからでしょう。
例えば、神の存在や死後の世界など科学的に証明できないことを、あたかもあるかのように語っている点です。
しかし現実には、医学の力でも科学の力でも解決できない問題は山ほどあります。
その代表的な問題である死に直面した時、他に頼るものがなくなり、宗教に救いを求めるのではないでしょうか。
確かに宗教は、非科学的でありえないことを語っている部分があります。
でもそこには、先人たちが考えた人生の困難を乗り越えるのに役立つ哲学や知恵もたくさんつまっていると思います。
たとえば、親鸞の教えを弟子の唯円が書き記した「歎異抄」は、司馬遼太郎やアインシュタイン、哲学者のハイデガーなど多くの有名人に影響を与えました。
司馬遼太郎は、「無人島に1冊の本を持っていくとしたら『歎異抄』だ」と言うほど絶賛していました。
非科学的なことを嫌うはずの知の巨人たちから「歎異抄」が支持を受けるのは、親鸞の教えのどこかに真実があり、実際に救われ、感動したからでしょう。
なので、宗教からよい教えをたくさん学べば、人生観が変わり、本当の人生を歩んでいけるかもしれません。
その絶好のチャンスが、大切な人を失った時だと思います。
なぜなら、この時が最も宗教に救いを求めているので、言葉の吸収力が格段に高くなるからです。
私は毎朝神棚や仏壇に手を合わせていますが、特定の宗教に傾倒していないので、宗派を超えて、関心のあるものを手あたり次第読んだり、見たりします。
たとえば、「歎異抄」を漫画で分かりやすく説明している本(その本はこちら)を読んだり、YouTubeで空海や仏陀などの教えを視聴したり、昔買った般若心境の本などを読んだりしました。
それを読むと気持ちが落ち着き、すっと心が救われることが多くありました。
だから宗教に助けを求めよう…、と言いたいところですが、世の中には困っている人につけこんで、財産を奪おうとする悪い宗教もあります。
そういう宗教にはまると、自分が不幸になるだけでなく、他人も巻き込んで不幸を広げてしまうかもしれません。
巧みな脅し文句で恐怖心をあおって、お金を多く積めば救われるという宗教には、近づかないのが賢明です。
あなたの人生をより良い方向に変えるのは、生き方を変えてくれる宗教です。
お金を積むより、徳を積む。それが素晴らしい未来を引き寄せてくれるのです。
神様や天国は、存在しないかもしれません。
でも、大好きな人のいる天国にいつか行って、また会えると思えば、気持ちが和らぎます。
そして自分も天国に行けるように、徳を積んで、美しい心の人間になろうと思えば、人生を変えることができるかもしれません。
また、神様(仏様になった大切な人でもいいですが)が見ていると思えば、悪い行いをやりにくくなります。
以上のように神仏には人の行いを良い方向に変える力があるので、神様や天国は存在していなくても必要性を感じます。
哲学者スピノザにとっての神は、自然でした。
自然は神様のような人格をもっていませんが、人間の力を超えた存在です。
いま地球は温暖化が進み、猛暑や災害など様々な問題が発生しています。
この問題に対して技術の力で克服する試みがされていますが、本当に重要なのは、行動を改めることではないでしょうか。
なぜなら、欲にかられた人間の行為が地球を破壊し、また科学の力でなんでも解決できるという思い上がりが、今のような事態を招いてしまったからです。
だから、人間の力を超えたものが存在すると謙虚に受け入れ、禍を招いた悪い行いを改める必要があると思うのです。
行動を変えることが重要なのです。
ただ祈っているだけでは、変わりません。
自然には人格はなくても、悪い行いは天罰となってかえってくるのです。
限界家族日記の目次はこちら
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