立ち直るには涙が必要
余命宣告を受けた母の入院により、どん底に落ちて途方に暮れていた私に光を与えてくれた3人目の人物は、太田哲也さんです。
太田哲也さんは、元レーシングドライバーで、現在はモータージャーナリストとして活躍しています。
太田哲也さんも、先に紹介した宮本輝さんや斎藤茂太さんと同様に、大変な不幸に見舞われています。
どんな不幸に見舞われたかというと、カーレース中に多重事故に巻き込まれるという不運です。
その事故で、太田さんが運転していたフェラーリは大炎上。太田さんは全身火だるまになり、瀕死の重傷を負ってしまいました。
幸い一命をとりとめたものの、太田さんはひどい火傷を負い、23回にも及ぶ手術を受けなければならなくなってしまったのです。
私が太田哲也さんの本を手にしたのは、40歳の頃でした。
大事故から再起までの壮絶な体験を書いた太田さんの著書があることを知り、自分も労災で右手を大けがし、ひどく落ち込んでいたので、その本を読むことで救われたいと思ったからです。
それから17年が経ち、今度も太田さんのお陰で希望をもつことができました。
希望を与えてくれた本は、『生き方ナビ-これから未来をひらく君へ』(清流出版)です。
本のタイトル通りに、真っ暗闇な絶望のなかに放り込まれ、どう生きたらいいのかわからなくなっている私に、今自分はどこにいるのか教えてくれ、その先をナビしてくれました。
『生き方ナビ』を手にした時の私は、悲しくて、すぐに涙が出てきてしまう状態でしたが、太田さんによると、とても悲しいと感じているのは、立ち乗り期間に入ったということだそうです。
なぜなら、本当に悲しい出来事に出会ったときは、ショックで現実を受け入れることができず、悲しいという感情がわいてこないからです。
なので、悲しくて涙がでるのは、つらい現実を受け入れる気持ちになれているからであり、立ち直るには、涙が枯れるまで泣く作業が必要になるということでした。
それに対し、現実から目を背け続けたり、「こんなの平気だよ」と自分を偽って、失ったものを過小評価していたりすると、悲しい現実を受け入れる覚悟がいつまでもできないので、本当の意味での立ち直りはできないと述べていました。
太田さんの場合は、事故から1か月以上経ち、事故後初めてひどい姿になっている自分の顔と体を見てから、つらい現実を思い知り、死にたくなるほどの悲しみが襲ってきたそうです。
悲しみが遅れて訪れ、そこで泣く作業が必要になるという考えは、心理学の理論としても認められています。
精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、ショックを受けてパニックになった後に、悲しみ、悩み、怒り、不安が何度も繰り返し起こるプロセスを経て、喪失を受け入れる心境になり、立ち直れると「モーニングワーク(喪の仕事)」という理論で語っています。
フロイトは、悲しみは力であり、それがあるから大切な人を失った悲しみから立ち直れると言います。
だから喪失の悲しみを乗り越えるには、「モーニングワーク」を正しく行うことが重要になると主張しました。
大切な人を失うと悲しくなるのは、死者に対して心のエネルギーが頑なに注がれ続けているからです。
つまり「別れたくない」という気持ちが、自分の意志に反してわいてしまうということです。
だから立ち直るために、そのつらい気持ちから解放されたいと思っても、うまくいかないのです。
しかしそのエネルギーも枯渇すれば、喪失感は自然と薄まります。
そして生きる気力が戻ってくるので、立ち直れるのです。
以上の理由から、たくさん悲しんで、死者に注がれるエネルギーを大量に使うのが正しい解決策になるという理論が成り立つわけです。
大切な人を思う気持ちは人それぞれですから、人によって立ち直りにかかる期間が違うのは当然です。
「まだ、悲しんでいるの」と人に言われて、それにつられて「モーニングワーク」を中途半端にやめてしまうと、本当の立ち直りができないので、いつまでも立ち直れなくなってしまいます。
人は人と考え、「モーニングワーク」を続けていこうと思いました。
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