怪我をして初めて気づいた自分の価値。
2024年の9月。膝の大怪我をしました。
怪我をした時、一番辛かったのは痛みではありませんでした。
ラグビーができないこと。
それが何よりも苦しかったのを覚えています。
その怪我は、自分にとって決して小さなものではありませんでした。
コンディションも良く、これからというタイミングでした。
だからこそ、怪我をした瞬間に真っ先に頭に浮かんだのは、
「なんでこういう時に限って大きな怪我をするんだろう」
という言葉でした。めちゃくちゃ悔しかった。
運も実力のうちだと言われます。
だからこそ、
「自分には運がないのかな」
そんな弱気な考えが頭をよぎったこともありました。
正直、数日間はかなり落ち込みました。
先のことを考える余裕もなく、ただ現実を受け入れられない時間が続いていました。
そんな矢先シーズンも始まりを迎えました。
その当時一番辛かったのは試合を観戦する時間でした。
仲間たちが全力で戦っている姿。
チームが成長していく姿。
本来なら同じグラウンドに立って戦っていたかもしれないはずの場所に、自分はいませんでした。
しかもそのシーズン、チームは調子を上げて前年度よりもはるかに良い成績でした。
嬉しいはずでした。
本当に嬉しかった。
でも同時に、悔しかった。
そこに自分がいないことが苦しかった。
「このチームに自分は必要ないんじゃないか」
そんなことまで考えるようになりました。
ライバルの活躍も同じでした。
活躍する姿を見ると刺激をもらえるし、仲間として誇らしい気持ちにもなります。
でも、その一方で強い悔しさもありました。
素直に喜びきれない自分がいて、そんな自分自身に腹が立ったこともあります。
今振り返れば自然な感情だったのかもしれません。
でも当時は、その感情を認めることすら苦しかった。
そして次第に、自分の存在意義まで分からなくなっていきました。
ラグビーができない自分に価値はあるのだろうか。
選手として結果を出せない自分に意味はあるのだろうか。
引退という言葉が頭をよぎったことも、一度や二度ではありません。
それだけ、自分の価値をラグビーと強く結びつけていたのだと思います。
ただ、そんな時間の中で気づかされたこともありました。
それは、自分が想像していた以上に多くの人に支えられ愛されていたということです。
どんな時も家で献身的に支えてくれる妻。
いつも気にかけてくれる家族。
変わらず寄り添ってくれる友人たち。
グラウンドの内外で刺激と温もりを与えてくれるチームメイト。
そして、どんな状況でも力をくれるラムズファミリーの存在。
怪我をして初めて、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかを実感しました。
それは決して当たり前のことではありません。
苦しい時期だったからこそ、そのありがたさが心に深く染みました。
そして、その存在が何度も僕を前に向かせてくれました。
実は僕、結構メンタル繊細で脆いとこあるんです。
だから考えるすぎる事もよくあるし周りの目とか評価とかも過剰に気にしてしまう事もあるんです。
一つの事考えるとぼーっとしていつの間にか時間がすごく経ってるなんてこともよくあります。
こんな僕でもこうして今プレー出来てるのは本当に周りの皆さんあってなのだなと痛感しました。
怪我は決して良い経験ではありません。
できることなら、もう二度としたくありません。
それでも今振り返ると、あの時間があったからこそ見えた景色があります。
ラグビー選手としての自分だけではなく、一人の人間としての自分と向き合うことができました。
もし怪我をした当時の自分に一言だけ伝えられるなら、こう言いたいです。
「ラグビーを出来ている時の栗原由太じゃなくても、充分愛されている。だから自信を持て。」
そしてもう一つ。
「これは人としてさらに成長するチャンスだぞ。」
競技人生には必ず終わりがあります。
でも、ラグビーが終わることと、自分の価値が終わることは同じではありません。
怪我を通して、そのことを少しずつ理解できるようになりました。
今でもあの時間は苦しかったと思います。
でも、あの苦しみがあったからこそ気づけたことがある。
ラグビー選手としてだけではなく、一人の人間として。
そう思えるようになったことは間違いなく僕にとって大きな財産です。
今週も読んでいただきありがとうございます。
今後も僕の等身大で綴っていけたらと思うので是非また読みに来ていただけたら嬉しいです!
