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人の良さの功罪



職場の環境について、誰しも何かしらの不満があるだろう。
私の場合は、贅沢でもあり、基本的な文句でもあるかもしれない。
とりとめのない話だが、おつきあいいただきたい。
あ、今回のは本当に脈絡が終わっている文章なので、閲覧注意です。


話がごちゃごちゃする前に、結論を共有しておこうと思う。
私の今いる職場のケースでは、以下の文句に集約される。

「人は良い。しかし/だから、変わらない。
それがしんどい。」

では、特に中身もないが、本題へ移ろう。



まず、根本的にだが、職場の人々には人格破綻者のようなクラッシャーはいない。
それどころか、一般的に人の良さが出ている人がほとんどだろう。
もちろん一部、そうでない人もいるが、それは当然のことなので置いておく。

つまり、人は良いのだ。
人間的な意味で、良い人が多い。

これは1つの強みであり、同時に弱みでもあると感じている。

人が良いからこそ、周りへの気遣いは一定以上成される。しかもごく自然に。
もちろん気配りも成される。
誰かが体調を崩せば、
フォローも入るし、
気遣ってコミュニケーションをとる。

実際、ここ数日私は風邪でダウンしたが、
なんやかんや、なんとかなるくらいには皆んなで支え合ってもらった。

しかし、いや、だから、なのかもしれない。
仕事を運用する舞台に立った時、
その柔軟で素晴らしい連携とタフネスが、
まるで最初からなかったかのように、展開される。

これが非常に惜しい。

どういうことか。

例えば、部署の中である案件を進めるためのチームを組むことになったとする。
まずこの段階で1つ大きな壁が発生する。
チーム発足が確定するものの、その情報がチームメンバー隅々まで通知されないのである。
もちろん、上位には展開されている。
しかしここには情報として広がらない理由がある。
そのチーム自体の運用方針が曖昧なのである。
そのため、結果的ではあるが、チームメンバーに情報が伝わらず、最初の段階から結束が失敗しているのである。


ここで1つ疑問に思うだろうことを挙げておく。

それは、人の良さの問題と言うよりも、組織的なルールが脆弱だからではないかと言う点である。

まず、それはまさしくその通りである。
1つの大きな要因として、組織自体がそういった状態にあると言うのは見逃せない原因である。

しかし、組織を作っているのは、結局人間だ。
様々な人が力を振るうことによって、1人でできないことを可能にしているのが組織である。

では、その組織において、人々が円滑に仕事を行えない状態を作っているのは何なのか。

これを考えたときに、結局は関係者のコミュニケーションに起因するのではないかと私は考えている。
よって人の良さの問題に関係してくると考えている。


さて、話を戻すと、
もはや、ことの顛末は、想像に難くないが、
前提の結束が、揺らいでいるチームにおいて否応なしにプロジェクトは進んでいく。
そんな状態で十分な結果を得ることができるだろうか、
当然できない

仮に、それなりの成果を収めることができたとしよう。

余談だが、私の組織では、そういったことがよくある。人の良さゆえに、頑張ってやり切ってしまうのだ。

そして、そんな状態で成果を収めたものだから、
もちろん、メンタル的には、ポジティブな状態が続くわけもなく

「最初からよくわかんなかったけど、
なんかいろいろ言われて嫌だったけど、
何とかやり切って、今はしんどいです。」

こういった状態になる

では、ここで一度、
人の良さがよくも悪くもあると言う指摘に戻ってみようと思う。
改めてだが、チームメンバーになっている人は、みんなそれなりに人が良い
だから、体調に気遣えるし、暗黙の了解で気配りもできたりする

そういった状態が、正常に働いていれば
情報伝達がうまくいっていない初期のチーム発足段階で、何かしらのコミュニケーションが発生しているはず

しかし、これがなかなか起きない
当然0と言うわけではなく、多少は情報共有の有無を確認するような気遣いが存在する
そういう時に限って、重要な関係者に、情報が送られていなかったりするので
結構紙一重の綱渡りな仕事運びになっている

そして、ここが1番言いたいところだが
下手に気遣えてしまえるために、
そしてそれによって、
なんやかんや仕事が進んでいるがために、
組織の構造的に問題がある点の改善を誰もしようとしない
しようと言う声を挙げても、誰もやる気にならない
これは人が良いが、ために発生している負の側面だと思う

簡単に理由を説明すると
多くの業界で、人手不足は、叫ばれて久しいが
例にもれず、私のいるチームもそういう状態である

だからこそ、組織的な問題点を改善すると言うのは、大きな労力がかかる仕事になってくるため、“余計な”仕事になりやすい

余計な仕事が増えると、ただでさえ大変なのに、みんなどんどん大変になって、余計にしんどいからやめてあげよう

こういったロジックである

つもり気遣いの負の産物だと考えている

おおよその人は説明しなくてもわかるだろうが
むしろ、こういった組織的な問題に取り組んだほうが、長期的にはみんなが楽になる

そして得てして、そういった問題は、
一気に取り組んでしまえば、割とすぐ解決するようなものが多い

しかしながら、当然、多くの関係者の協力が必要になるため、労力としては大きくなる

この辺の調整をどう裁量を持って実行するか

それこそが、管理職の仕事ではないかと思ったりもするが、
上司からのハラスメントや
残りの会社員人生と言う寿命が見えた状態では、
やる気が出てなかったりする気持ちもわかる。

だからといってやらないのは職務放棄だろうと思うが、もはやその点は期待していないので、
閑話休題

さて、それなりにいろいろ書いてしまったが
結局、言いたい事はシンプルである

人が良いが故に起こっている弊害に、
人が良いからこそ、
向き合えなくなっている環境がそこにはある。

こういった環境の中で起こってしまっている不満や不平といったところは、
解決すると言うには、なかなか難しい問題になってしまっているが
それも、人間と側面と、組織と言う側面から、絡まり合って起きていることなので
そもそも、この辺を理解することができないと、何も進まないんだろうなぁと
平社員の私はふてくされているわけです

改善提案の有無という話ではない。
あったところで、意識が改善に向かない限り
のれんに腕押し


そういうわけで
人の良さに感謝をしているが
人の良さに辟易もしている
だからこそ、慢性的にしんどい不満

課題と言う存在の面白さと難しさに直面している今日この頃

ですね。

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