ハッピー脳とソロバン脳に振り回され5年かけて結婚した話
※この記事は「創作大賞」コンテスト用に過去記事を再編成したものになります。
私は婚活に五年も費やした。
婚活は困難を極め、元彼に復縁を申し込みかけたり、海外移住まで考えた。
なぜここまで上手くいかなかったのか?
理由は簡単。私の頭の中には「ハッピー脳」と「ソロバン脳」が住んでいたからだ。
婚活当初は、
“自分を別の世界へ連れて行ってくれる人”
を探す「ハッピー脳」に侵されていた。
しかし一方で、
“婚活相手が自分にどんなメリットがあるか“を計算する「ソロバン脳」が邪魔をする。
この2つの脳に振り回された結果、いつまで経っても結婚できず、しまいには全てを捨てて、海外に飛んで行こうとする迷走っぷり。
でも、最終的に33歳で今まで考えもしなかった身近な人と結婚することができた。
ここまでの紆余曲折を振り返ってみたい。
当時の私はこんな人間だった。
・見た目はふつうと信じたい
・家族に男性が少なく男性の解像度が低い
・漫画アニメ好きなオタク
・考えすぎて電車を乗り過ごす性格
第一章「高学歴なら何とかなる」と思っていた大学生時代
大学生のときに、初めて彼氏ができた。
彼はすでに社会人で、友人の紹介で知り合った。
高学歴で大企業勤め。
高スペックの彼氏に最初は浮かれていた。
当時は、「高学歴」=幸せになれると、ハッピー脳で支配されていた私は本気で考えていたのだ。
最初は、
「初めての彼氏♪初めてのデート♪」
と浮かれており、なんでも新鮮で楽しかった。
しかし、だんだん会話が続かなくなる。
致命的なことに自分達は合う波長が見つからない。
彼は居酒屋に行きたがる。
私は映画館に行きたい。
彼は仕事の話をする。
私は漫画の話をしたい。
といった具合だった。
お互い相手の話を聞いてはいるのだが、
なんとなく会話のボールが転がっていかない。
そのうち、
「自分を違う世界に連れて行ってくれる」
と浮かれていたハッピー脳が、少しずつしぼんでいった。
すると今度はソロバン脳が顔を出す。
「高学歴ではあるが、会話は合わない」
「自分ならもっと相性の良い人がいるのでは?」「というか、もっと良い条件の人もいるのでは?」
今思えば失礼極まりない話だが、当時の私は本気でそう考えていた。
付き合ってから半年後に、彼とお別れした。
それから数年後、彼が惜しくなり復縁を迫りかけるとは知らずに。
第ニ章「顔がタイプなら何とかなると思っていた新入社員時代」
私が新入社員として社会に揉まれていたとき、会社の先輩から合コンに誘われた。
その時に出会ったのが彼だった。
彼は、とても顔が整っており話し方も爽やかで、こんなイケメンいるんだなぁと眼福だった。
数日後、彼からまた会いたいと連絡があった。
まさかイケメン君とデート出来るとは思わず、ハッピー脳が暴走し、一気に頭が沸いてしまった。
無事にお付き合いすることになり、彼と初めて向かいあって食事をした。
……顔が良すぎる。
数秒、思考が止まった。
顔面の良さで人の脳をハックできるとは、イケメン恐るべし。イケメンにハックされた脳は、ハッピー脳一色になったのだった。
ハッピー脳のまま、向かった先はなんとホテルだった。
私の脳内ではまだ「休日デート編」だった。
彼の脳内ではもう最終章だったらしい。
さすがイケメン。展開が速い。
しかし、いくらなんでも早すぎるだろ。
考えていることがすぐ顔に出る自分。ホテルを目の前にして、眉間に深すぎる皺が出ている自分に、おそらく彼はホテルは無理だと悟ったのか、そのまま帰ることになった。
その後、イケメン君から「好きかどうかわからなくなった」と連絡が来るようになった。ハッピー脳の私は、なんとか彼を引き留めようと長いメッセージを何度も送った。
当時のライン履歴を今見返したら、たぶん布団の中で転げ回る自信がある。
しかし、相変わらず彼は気持ちが変わらないらしい。絶望のどん底にいた自分だが、ある時ソロバン脳が顔を出してきた。
「いや、このやり取りアホらしすぎるでしょ」
自分の反省点が全く見えない中で、相手に許してもらおうとする状況に、彼への気持ちが一気冷めてしまったのだった。
今思うと、彼はホテルに行けなかったのが不満だったのかもしれない。しかし当時の自分はまったく気づけなかったのだった。
ソロバン脳が結論を出してからの行動は早かった。次の週末には、彼にお別れの電話をかけていた。
あの時、私は彼のことを好きだったのではなく、「顔がタイプの男性に好かれている自分」に酔っていただけだったのかもしれない。
顔が良ければ何とかなる。新入社員時代の私は本気でそう思っていた。
もちろん、全然何ともならなかった。
第三章 「この人と結婚すれば安心”と”好きな人と結婚したい”で苦しむ話」
私が行きつけのエステでお世話になっているご婦人から
「絶対お似合いだから!」
そう言われて紹介された彼は、医者で高身長。
3K(高学歴・高収入・高身長)を満たした、婚活市場ではSSRみたいな男性だった。
エステのご婦人から連絡先を交換し、後日、彼と会うことになった。
彼はとても穏やかな人だった。
初対面でも話しやすく、私の話を最後まで聞いてくれた。
まさに安心が服着て歩くような男性だった。
結婚するのであればこの人だろう、と私の中のソロバン脳がささやく。話を聞いた友達や両親も「彼と結婚しておきなさい!」と口を揃えて言ってきた。
彼と結婚したら将来安泰間違いなし、と頭では分かっていた。しかし、いつもは浮かれるはずのハッピー脳が、この出会いをあまり喜んではいなかった。
彼とお付き合いすることになり、少ない頻度だがデートを重ねた。彼は、私の言うことや我儘も、全て肯定してくれた。
デートが決まるたび、
「行かなきゃ」
とは思う。
でも、
「会いたい」
とは一度も思えなかった。
それでも、また会えば変わるかもと思いながらズルズル関係を続けてしまっていた。
付き合って一年が経つ頃、二人で旅行に行くことにした。
「好きになれるかもしれない。」
「結婚すれば変わるかもしれない。」
そう自分に言い聞かせながら、旅行を計画した。
しかしそこで初めて、自分の本当の気持ちを知ることになる。
今まではデートだった。
しかし旅行では、「この人と人生を共にする」
という現実を初めて突きつけられた。
旅行の中で初めて彼と男女の関係になった。
しかし自分の身体が拒否反応を示したのだった。
その瞬間、ハッピー脳を無視して結婚することは無理なのだと悟った。
旅行から数日後、彼とお別れすることになった.
彼の時間や気持ちを置き去りにしてしまうこととなり、本当に申し訳なかった。
それでも、自分の気持ちは変わらなかった。
「好きな人」と結婚したい。
でも好きだけでは生活できない。
「安心できる人」と結婚したい。
でも心がついてこない。
私はいったい何を選べばいいんだろう。
20代終盤。30代が目前に迫っていた。
私の婚活は、ここからますます迷走していくことになる。
第四章 「一度振った相手に復縁を申し込もうとした話」
彼とお別れした頃には20代終盤となり、本腰を入れて婚活しようと思い立つ。
まずは、マッチングアプリを始めた。
マッチングアプリは、異性のバーゲンセール状態だった。
多くの男性には出会えるが、一人一人に向き合いきれずにいた。相手を変えながら、ずるずると時間だけが過ぎていく。
当時の私は、
「これ、胴元しか儲からない仕組みなんじゃないか」
と疑ってしまうくらい疲れていた。
マッチングアプリが難航したため、結婚相談所にも登録した。
しかし、結婚相談所で会える男性は一回り年上ばかりだった。
前回の経験から、好きになれない男性とは結婚できないと考え、入会後数ヶ月で活動を停止してしまった。
マッチングアプリも、結婚相談所も、上手くいかなかった。
選び選ばれの婚活世界は思ったよりもハードで、自分の心はすっかり擦り減っていた。
そんな時、最初の元彼のことが思い浮かんだ。第一章で出会った彼のことだ。
彼とは最終的には上手くいかなかったが、少なくともタイプの男性だった。
社会人となった今、彼とまた会うことができたら何か変わるかもしれない。
彼からしたらいい迷惑な話だが、疲労困憊していた自分にとっては藁にもすがる思いだった。
そうと決めたら即行動。彼に連絡をしていた。
彼に連絡後、奇跡的にもう一度会えることになった。
待ち合わせ場所に向かう途中、
「もし向こうも同じ気持ちだったら」
と期待していた。
数年ぶりに会った彼は、変わらないままだった。
今までの婚活で疲れ切っていた自分にとって、彼が輝いて見えた。
しかし、楽しい時間は短かった。
深い話をしていくと、やはり彼と自分で合わない。
私が言って欲しいことを、彼は言ってくれないし、
彼が求めていることを、おそらく私は言えていなかった。
当時の自分の判断は間違っていなかったのだ。
元々しっくりこない人とは、時間を経てもしっくりくることはないのだ。
「やり直したい。」
という言葉が、どうしても口から出なかった。
「昔好きだった人なら、今度こそ幸せになれる。」
そんな都合のいい話は、現実にはなかった。
私はまた、婚活という荒波の中へ戻っていった。
第五章 「婚活で迷走した結果、海外に行こうとした話」
結婚に近づけないまま30代に突入した。
「もしかしたら結婚できないかもしれない。」
と焦りだけが募っていった。
不安定な精神状態の中、
「もはや日本に、私が求めている人はいないのではないか?」
「海外に目を向けたら、理想の結婚相手が見つかるのではないか?」
と血迷った考えが浮かんできた。
その時の私は、ドラマや映画のようなキラキラした海外生活をイメージしていたのだ。
いま思い返すと安直すぎて、穴があったらスライディングしながら入りたい気分である。
すぐさま、海外のマッチングアプリをインストールしていた。
しかし、日本語が話せる外国人はロマンス詐欺ばっかりだった。
「日本語の話せる外国人と日本で出会うなんて無理なのか」
と諦めかけていた時、あるオーストラリア人とマッチングした。
そのオーストラリア人は、日本で過ごしたことがあるらしく、流暢な日本語で気さくに話しかけてくれた。
彼はオーストラリアの大学院で研究をしていた。偶然、夏休みで日本に滞在しているタイミングでマッチングしたのだった。
彼はオーストラリアで一緒に住んでくれるパートナーを探しており、私と会って話がしたいと言ってくれた。
私の中のハッピー脳が、キラキラした海外生活をイメージして浮かれていった。
日々仕事に追われる毎日から抜け出し、海外ならもっと自由で幸せな人生が待っている。
海外旅行すらほとんど行ったことがないのに、なぜ海外移住は成功すると思ったのか。当時の私に聞いてみたい。
しかし当時の私は、本気でそう信じていた。
彼に、喜んでYESと返事をしていた。
約束の日、彼は本当に会いに来てくれた。
彼とは日本のことや研究のことなど話し、大いに盛り上がった。
「この人こそ私が求めていた人だ!」
と、私の中のハッピー脳が有頂天になっていた。
彼が帰国する数日間、毎日のようにデートをした。彼とは、結婚を前提にお付き合いすることになった。
彼は帰国したが、週に一回は電話をし、結婚の話を進めた。彼は結婚に向けてテキパキと段取りを進めてくれた。一方の私は、舞い上がるばかりで、自分で考えることをほとんどしていなかった。
その結果、数ヶ月後に私は仕事を辞め、彼と一緒に海外で同棲することになっていた。
ハッピー脳に完全にやられていた私は、何も疑問に思わず意気揚々と準備を進めていた。
しかしある日、生活費の話をしていた時、彼と私で意見の食い違いが起きた。
そこでようやくソロバン脳が頭をもたげた。
「仕事は?」
「ビザは?」
「収入は?」
「そのキラキラ生活、月いくらで維持できますか?」
ようやく、そんな当たり前のことを考え始めた。
改めて海外での生活について話を聞いているうちに、
「あれ?思い描いたキラキラな海外生活とは違うのでは?」
という感覚が強くなっていった。
海外で仕事をするにはビザが必要で、さらに現地で仕事も探さなければならない。しかし、今までのような条件で働くことは想像以上に難しいことがわかってきた。
ハッピー脳が支配していた頭が、だんだんとソロバンを弾くようになっていた。
このとき初めて、現実的な結婚生活のイメージをするようになった。自分の考える結婚生活の中には、海外は入っていなかったのだ。
数日後、彼とはお別れをしていた。
本気で海外に行くつもりで準備しており、周囲もビックリしていた。一方で私は、完全に夢から醒めたような気持ちだった。
私は、結婚相手ではなく、現実から逃げる方法を探していただけだったのかもしれない。
婚活としては何一つ進んでいなかった。
それでも、自分が本当に欲しかったものが、少しだけ見えた気がしていた。
最終章「5年間の婚活を経て、自分が求めていたものがわかった話」
海外婚活騒動の後も、マッチングアプリで婚活を続けていた。
気づいたら婚活を始めて5年が経っていた。
自分の結婚後の生活はイメージできるようになったものの、「この人と結婚したい」と心から思える相手には出会えなかった。
ある日、会社の支店に出向していた後輩の男性社員が戻ってきた。
彼は、ノリが良く人から好かれる性格で、男性の先輩社員や後輩社員達にいつも囲まれていた。周りから信頼される人なんだな、と思える人だった。
新入社員時代には、彼と一緒に仕事をしたこともあった。良い人だと思ったが、当時は異性として見るという発想がなかった。
彼が帰ってきてから数日後、仲のいいメンバーで、彼の歓迎会をした。彼と久しぶりに話すうちに、私は彼が魅力的な人だと感じるようになった。
彼は、思いやりを持ちながら相手を笑顔にするのが上手だった。彼と話しながら、私は心から笑っていた。思えば、婚活中はこんなに笑ったことはなかったなと感じた。
今まで出会った人たちは、高学歴だったり、イケメンだったり、医者だったりした。
目の前にいる彼には、そのどれもなかった。
それなのに、一番魅力的に見えた。
彼にアプローチしたい。
でももし上手くいかなかったら?と思うと怖かった。
「仕事に支障をきたし、周りに迷惑をかけてしまうのではないか?」
「噂が立ってしまうのではないか?」
ソロバン脳が警鐘を鳴らす。
しかし、それでも彼に惹かれていた。
私は、自分に正直に動くことにした。
玉砕覚悟で彼と二人で食事に行かないかと誘った。送信ボタンを押す指が震えた。
「断られたらどうしよう」
「職場で気まずくなったらどうしよう」
そんな考えが頭をよぎった。
それでも送った。
すると、彼は二つ返事でOKしてくれた。
二人で話していると、無理に会話を盛り上げなくても自然に過ごせている自分がいた。
婚活ではずっと「この人は信用できるだろうか」と相手を見極めようとしていた。
でも彼といるときはそんなことを考えなくて済んだ。
「ああ、この安心感が欲しかったんだ」
自分が求めていたものが分かった瞬間だった。
数回目のデートで、彼が結婚を前提にお付き合いしたいと言ってくれた。
しかしその直後、彼はいきなり頭を下げた。
「一つだけ言っておかないといけない。」
私のソロバン脳がけたたましいアラームを鳴らす。身構えていた私に対して、彼は申し訳なさそうに、
「実は、貯金が全然ないんだ。」
と言った。
緊張していた身体が、ふっと脱力した。
「なんだ。そんなことか。」
昔の私なら、「貯金がない」という一言でソロバンを弾き始めていただろう。
でも、その時は違った。
「貯金がなくても、これから一緒に貯めていけばいい」
私は、彼に自然とそう言っていた。
ハッピー脳が
「この人となら大丈夫」
と笑い、
ソロバン脳も
「うん、それなら計算が合う」
と珍しく頷いていた。
そして、交際してから半年足らずで結婚した。
五年前の私は相手の条件ばかり見ていた。ハッピー脳とソロバン脳はいつもぶつかり合っていた。
でも結婚を決めた日の私は、自分が本当に大切にしたいものが分かっていた。ハッピー脳とソロバン脳は、不思議なくらい同じ答えを出していた。
婚活とは、理想の相手を探す旅ではなかった。
婚活とは、ハッピー脳とソロバン脳がぶつかり合った末に、自分が生きていく人生を見つける旅だった。
終わり
