鏡中の祝言 *第二章*
第二章 「依り代」
私、山田つばきには、2つ下の妹がいる。
妹のさくらは可愛らしい顔立ちで、生まれつき愛嬌があってとても明るい。誰からも好かれる人懐こい性格をしていた。
一方、姉の私は……
昔から極端に内気で人見知りが激しく、愛嬌なんてものはこれっぽっちも持ち合わせていなかった。さらに容姿のコンプレックスも追い打ちをかける。両親も妹も、私以外の家族はみんなぱっちりとした華やかな二重まぶたなのに、なぜか私だけは重たい奥二重。そのため、普通にしているだけでも周囲からは「目つきが悪くて不機嫌そう」と見られてしまうのだった。そのうえ社交性もゼロで暗い性格をしているのだから、救いようがない。
お正月や地域のお祭りなど、親戚やご近所の方々が集まる賑やかな席では、いつも妹ばかりが注目の的になり、可愛がられていた。
「さくらちゃんはお顔立ちも良くて本当に可愛いねぇ」
「さくらちゃんは気が利くし、しっかりしていて偉いわねぇ」
妹はどこへ行ってもそんな風に褒められ、ちやほやされていたが、隣にいる姉の私については誰も何も言わない。まるで最初からそこに存在していないかのように、綺麗にスルーされるのだった。妹は活発で気も利くため、周りから「どっちがお姉ちゃんか分からないわねぇ」と言われることも多かった。そしてそれは、実の両親からもよく言われた言葉だった。幼心に、それはとても悲しかった。けれど、妹に私を蹴落とそうとする悪意があるわけではないし、大人に気に入られようと計算して媚びを売っているわけでもない。ただ生まれ持った天性の明るさで、自然に振る舞っているだけなのだ。だから妹を僻むとか妬むとか、そういう濁った感情を抱くことはなかった。けれど、どうしても自分の惨めさと比べてしまい、落ち込むことも多かった。
私は、食が細くて身長はクラスで一番小さかったから、背の順ではいつも先頭が定位置。「前ならえ」の時は、いつも両手を腰にあてるあの先頭専用のポーズだった。
人前に出ることへの緊張感も人一倍強かった。幼稚園の時は、朝の出席をとるときの「はい」というお返事すら声が出せない。小学校に上がっても、授業中に一度も自ら手をあげて発言したことはなかった。お勉強も真面目にコツコツと取り組んではいたが、結果はいつも平均点ぐらい。これといって秀でた才能は何もなかった。
小中高を通じて男の子ともまともに会話ができず、数名のおとなしいお友だちと静かに教室の片隅で過ごしていた。地味だし目立たないので、いじめられるようなことはなかったが、クラスにいてもいなくてもいいような、空気のような存在だった。
そして、私は運動も苦手だった。妹は運動も大得意で、毎年リレーの選手に当然のように選ばれるし、クラスの人気者として学級委員にも選ばれる。いつも大勢の友だちに囲まれて、華やかで楽しい学生時代を謳歌していた。
私たち姉妹は、まさに「陰と陽」がハッキリ分かれていた。
そんな私の冴えない学生時代に、おばあちゃんが運動会の応援に来てくれたことがあった。
かけっこで堂々の1位を獲り、リレーの選手としても大活躍して、ダンスでも中央でカッコ良く踊る妹の姿ばかりを、家族は大声で褒めちぎっていた。
だが、運動音痴すぎる私は、かけっこでは断トツの最下位。ダンスも周囲のテンポについていけずヨレヨレだった。そんな私を、おばあちゃんだけはしっかりと見ていてくれて、「つばきは本当によくがんばったね。偉かったよ」と、優しく褒めてくれた。
私は小学校高学年ごろまで、度々喘息の発作を起こしていた。
ある日、おばあちゃんが遊びに来て、バッグの中から真新しいお守りと、渋い色合いのお箸を取り出してテーブルの上に置いた。
「これね、喘息が治るって有名なお寺のお守りとお箸なんだよ。毎日このお箸でごはんを食べたら、つばきの喘息がきっと治るからね」
おばあちゃんは、どこか遠くの有名な寺社まで、私のためにわざわざ足を運んで買ってきてくれたのだ。
私の体は、喘息だけでなく胃腸も弱かった。原因は分からないが、しょっちゅうお腹を壊していた。
そんなある日、おばあちゃんちへ行くと、嬉しそうな顔で「これね、つばきに買ってきたんだよ。お腹に効く薬だよ。これ飲んだらすぐ良くなるからね」と、手には小さな瓶が握られていた。
「四国の方にね、胃腸にすごくよく効くお薬があるって聞いて、おばあちゃん買ってきたんだよ」
差し出されたのは見たことも聞いたこともない薬で、何だかとても効き目がありそうな重厚なデザインの箱に入っていた。独特の香りで少し苦かったけれど、お腹が痛くなった時のお守りとしてそれを飲むようにした。
親戚もご近所の人たちも、両親でさえも、みんな可愛くて愛嬌のある妹ばかりを褒めていたのに、こんなにちんちくりんで、地味で、愛嬌ゼロで内気な私を、なぜかおばあちゃんだけはいつも特別に褒めて、誰よりも可愛がってくれた。私のいとこたちもみんな華やかな女の子ばかりだったが、おばあちゃんはその中でも私のことを一番に気にかけて、いつも味方でいてくれた。
「つばきは肌が白いから、大人になったら、もっともっと綺麗な美人さんになるよ」
「つばきは真面目でおとなしくて本当に良い子だよ」
いつもおばあちゃんは、そうやって私のことを褒めてくれた。
今はもう道路の立ち退きでなくなってしまったけれど、私の家からおばあちゃんちに行くまでのちょうど真ん中あたりに、「美女観音」と呼ばれる観音様がひっそりと佇んでいた(正式な仏像の名前は忘れてしまったけれど)。
時々そこに立ち寄ると、おばあちゃんは「つばきがもっともっと美人さんになれるように、観音様にお願いしておこうね」と言って、お賽銭を入れ、手を合わせてお参りしていた。幼い私にはよく分からなかったが、隣で一緒に小さな手を合わせ、その真似をしていた。
おばあちゃんは、旅行にもよく連れて行ってくれた。旅行先のごちゃごちゃしたお土産屋さんで、私が子ども向けのくだらないおもちゃを欲しがっても、「つばきはそれが欲しいの? じゃあおばあちゃんが買ってあげるからね」と笑って何でも買ってくれた。それだけでなく、誕生日でもクリスマスでもない普通の日に、突然デパートで高価なおもちゃを買ってくれることもあった。
美味しいレストランにもよく連れて行ってくれて、まだ小さな子どもなのに、大人が食べるような豪華なステーキや、フルーツが山盛りのパフェなど、何でも好きなものを「お腹いっぱい食べなさい」と食べさせてくれた。
自分の嫁入り道具をすべて燃やそうとするほどの凄まじい覚悟を持っておじいちゃんに逆プロポーズをしたという、強くて情に厚いおばあちゃん。
世界中でそのおばあちゃんだけは、いつでも、どんな時でも、ずっと私のことを一番に可愛がり、私の存在を丸ごと肯定し続けてくれた。
