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鏡中の祝言 *第四章*

第四章 「風樹之嘆」
ちんちくりんで内気だった私は、高校を卒業してから「美人」に分類されるようになった。
おばあちゃんは相変わらず私を可愛がり、「つばきは綺麗な娘になったねぇ」と、自分のことのように喜んでくれていた。
大学生になり、アルバイトも始めたので、私はよくおばあちゃんに「今度は私が旅行に連れて行くし、美味しいものもご馳走してあげるからね」と話していた。

しかし、大学生になると実習が始まり、初めての彼氏もでき、友だちにも恵まれ、アルバイトもあって、いつもそんな予定で埋まっていった。目の前の楽しいことや日々の忙しさに紛れ、私はおばあちゃんへの恩返しを、どこか先のことのように後回しにしていた。
それでも、おばあちゃんは変わらず私のことを可愛がってくれていた。

大学2年生の時の成人式では、一緒に着物屋さんへ行き、私が気に入った振袖を買ってくれた。
「つばきは色が白いから、濃い色の着物がよく似合うね」
そう言って目を細めてくれたおばあちゃんは、店員の女性が勧めてきたお店の中で一番高価な帯を気に入り、それも一緒に持たせてくれた。
仕上がった晴れ着を着て、おじいちゃんとおばあちゃんに見せに行くと、二人とも本当に喜んでくれた。
「今度は、つばきの花嫁姿を見たいねぇ」
おばあちゃんは、そう呟いていた。

大学を無事に卒業し、私は幼い頃からの夢だった看護師になった。
自宅から車で通える職場だったため、その時もおばあちゃんが通勤用の車を買ってくれた。「安い車だと、万が一事故に遭ったときに危ないから」と、良い車を選んでくれたのだった。
社会人になってからは、仕事の忙しさを言い訳にしたり、休みの日は友だちや彼氏との予定を優先したりして、おばあちゃんと会う頻度は以前よりも少なくなっていった。

その頃から、おばあちゃんは会うたびに「早くポックリ死にたいもんだねぇ」と口にするようになった。
私はその寂しげな言葉を聞くたびに「そんなこと言わないで。おばあちゃんにはずっと元気でいてもらわないと困るよ」と、返していた。
おばあちゃんはいつでも、ずっと私のことを一番に可愛がってくれていた。そして私も、変わらずおばあちゃんが大好きだった。それだけは、何があっても変わらない事実だった。

私が社会人2年目になった、ある夜のこと。
おじいちゃんから1本の電話が入った。
おばあちゃんが自宅で突然倒れ、病院に運ばれたという。とても危険な状態だと告げられた。
私は母と一緒に、すぐさま病院へと駆けつけた。どこかへ遊びに行っていた妹も、後から遅れてやってきた。
病室に横たわるおばあちゃんは、すでに意識がない状態だった。
「おばあちゃん、会いに来たよ! おばあちゃん! おばあちゃん!」
いくら声をかけても、返事はない。それでも肌の血色は良く、まるでただ気持ちよさそうに眠っているだけのようだった。その夜はひとまず容態が落ち着いているということで、私たちは一度帰宅することになった。
次の日も仕事だった。私は仕事を休んでおばあちゃんの側に付き添いたいと申し出たが、母に遮られた。
「つばきは看護師なんだから、ちゃんと仕事に行きなさい。おばあちゃんのことはお母さんが付いているから大丈夫だから」
その言葉に従い、私は後ろ髪を引かれる思いで職場へ向かった。
仕事が終わると、すぐにおばあちゃんの病院へ向かった。いつどうなってもおかしくない状態だったため、夜遅くであっても家族は病室に留まることが許されていた。その日もおばあちゃんは呼べど応えず、静かに眠り続けていた。医師からは、もう回復の見込みはないと告げられた。
その翌日も、私は仕事へ行った。勤務中もおばあちゃんのことを考えると涙が止まらなくなってしまうため、がんばって頭から追い出し、目の前の業務に集中することだけに必死だった。
ようやく勤務が終わり、すぐにおばあちゃんのもとへ向かおうと車に乗り込もうとしたその時に、母から電話がかかってきた。
「おばあちゃんが、もう危ない。つばき、すぐ来れる?」
頭が真っ白になった。すぐにおばあちゃんのいる病院へと車を走らせた。何をどう考え、どうやって運転していたのか、病院に着くまでの記憶は今でも一切抜け落ちている。
病室に飛び込むと、そこにはおじいちゃんと母、そして叔母と叔父の姿があった。
心電図のモニターは、まだ微かに動いている。
医師も「心臓の強い方ですね。ここまでがんばってもらえるとは……」と感嘆したように話していた。
だって、私のおばあちゃんだもの。強いに決まっている。
母はもう覚悟を決めているようで、静かにただ一点を見つめていた。叔母も「お義母さん……」と小さな声で呟くだけだった。
私はおばあちゃんのもとへ駆け寄った。
そして、「おばあちゃん」と呼びかけながら、その左手をぎゅっと握りしめた。
その瞬間だった。
おばあちゃんが、うっすらと目を開けたのだ。
そして、握っていた左手をわずかに握り返してくれた。
「おばあちゃん! つばきだよ!!」
私は何度も何度も声をかけ続けた。
けれど、おばあちゃんはそれっきり、静かに目を閉じ、動かなくなった。
心電図のモニターの緑色の線が、波打たなくなった。
医師が時計を確認し、時刻を告げられた。
その直後、慌てた様子で妹といとこたちが部屋に駆け込んできた。
だが、もうおばあちゃんの息は止まっていた。
それから、葬儀屋さんの手配やら色々な手続きを慌ただしく済ませ、私たちは病院を後にすることになった。夜の静けさの中、車へ向かって歩きながら、母がぽつりと呟いた。
「おばあちゃんさ、初孫のつばきが来るまでは、がんばって待っててくれたんだろうね」
おばあちゃん、私を待っていてくれて本当にありがとう。

おばあちゃんが亡くなって、私は人生で初めて「人は死んだらどうなるのか」を深く考えた。
火葬されて骨になり、もう感情も魂もすべて「無」に帰してしまうだけなのか。それとも、魂というものはまだどこかに残っていて、天国とか地獄とか、あるいは生まれ変わりといったその先があるのだろうか。
色々な思考が頭を巡ったが、結局のところ、私の中にある感情は一つだけだった。
後悔だ。
どうしても、おばあちゃんに謝りたかった。
目の前の楽しいことばかりを優先して、大好きな、一番大切なおばあちゃんへの恩返しをずっと後回しにし続けてしまったことを。
感謝の気持ちはもちろんあった。けれどそれ以上に、何一つ報いることのできなかった自分のバカさ加減が情けなくて、悔しくて仕方がなかった。
どうにかして、天国のおばあちゃんに謝りたい。そればかりを考えていたが、もうおばあちゃんには何もしてあげられない。
お葬式のとき、私は手紙を書いた。これまでの思い出と、あふれるほどの感謝、それから何もおばあちゃん孝行ができなかったことへの心からの謝罪を綴った。それを最後に、おばあちゃんの棺へと納めることしか、その時の私にはできなかった。
本当に私はバカだ。
こんなバカ孫でごめんなさい。

それから2年後、私は結婚した。
成人式の着物姿は見せることはできたけれど、おばあちゃんが「見たいねぇ」と言っていた花嫁姿は、見せてあげることは叶わなかった。
結婚式当日。純白のドレスに身を包んだ私は、心の中でずっと願っていた。
強くて、情に厚くて、世界中で誰よりも私のことを可愛がって大切にしてくれたおばあちゃん。どうか今日のこの結婚式場に、おばあちゃんも来てくれていますように。そして、どこかから、私の花嫁姿を笑顔で見守ってくれていますように、と。

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