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日本百名山、全部登った話

#創作大賞2026  #エッセイ部門

今年の7月4日(土)に、火山活動による通行規制が解除されたばかりの岩手山(岩手県)を登頂して、深田久弥の著作『日本百名山』に挙げられている名峰をすべて登頂しました。(立入禁止の草津白根山を除く)

これまでの山登りを撮影した写真とともに振り返り、この挑戦の締めくくりにしたいと思い立ち、特に思い出に残っている登山について書く事にしました。



「百の頂きに百の喜びあり」

南アルプスの名峰を眺めながら

日本百名山は、前述したとおり深田久弥の随筆集『日本百名山』に選ばれた、北海道から鹿児島まで、日本全国の歴史的・文化的価値、山自体の山容などを基準に選んだ山々です。これ自体には賛否両論ありますが、自分の感想は後に述べます。

昔は登山なんて大嫌いでした。

しかし30代半ばを迎え、体力づくりて神奈川の低山を何度も登っているうちにだんだん物足りなくなってしましたした。

当時、登山のとの字も知らなかった自分はテレビで見た日本百名山の光景と、ユーチューブでの参考動画を見て、ゴールデンウィークに北アルプスのパノラマ銀座を縦走しようと決意しました。

今から思えば、かなり無謀でしたが、残雪期のアルプスを歩くための軽アイゼンなど一応の装備とテント一式を買いそろえ、丹沢の山々を歩いたり筋トレに励みました。

【常念岳】 辛く苦しい一座目

正直、あんまり下調べも出来ていなかったですが、体力と勢いのみでチャレンジした無謀な登山でした。夜行バスで早朝上高地に到着、徳澤から蝶ヶ岳に登っていくと途中から残雪。蝶ヶ岳山頂はすっきり晴れていてよい眺めでした。山小屋で水を購入しましたが、明らかにこの先の行程に対して不足してました、重さを気にせずあと1.5~2.0リットルは持っていくべきでした。この辺の計算もまだ全然できていませんでしたので、疲れも相まって軽くしようとしていたんですね。

蝶ヶ岳~蝶槍までは雪も少なく順調でしたが、その後の常念岳までのアップダウンには多くの残雪が残されており、道も不明瞭なばかりか踏み跡もはっきりせず、雪の急登を行ったり来たりと迷って時間と体力を喪ってしまていました。

常念岳への取りつき部に到着したのは、日も傾き始めた16時過ぎ。
すでにかなり疲弊しているうえに、水も底をついていましたが、この巨大な山を越えなくては、常念小屋に到着できませんし、水も手に入りません。休み休みゆっくりと、5分登っては5分休むような歩みで、ボロボロになりながらも17時30分過ぎに登頂達成。夕日に彩られた裏銀座の山々と槍ヶ岳の雄姿に、体はボロボロでも心はワクワクとしてしまったのを今でも鮮明に覚えています。

翌日は大天井岳を超えて燕岳へ、昨日とは打って変わって雪も少なく美しい歩きやすい稜線をずっと歩けて最高でした。途中、一緒になった人と昨日の出来事について話したところ

「それはすごい冒険だったね。」とほめてくださったのです。

「そっか・・・自分は冒険をしたのか。」

と自分の中にいる子供の心がすごく喜んだのが、年甲斐もなくわかりました。

そして、ようやく到着した燕山荘と燕岳の美しさに魅了されたこの日、私は登山にハマってしまったのです。

もう一度こんな冒険をしてみたい・・・ならば、日本全国の日本百名山に挑戦してみよう、こうして私の登山人生が始まったのでした。

なお、下山時に雪道で滑ってしまい、トレッキングポールを2本へし折りましたとさ・・・(泣

【富士山】軽装登山?いいえULです。

富士山ほど、登山する人と登山しない一般人の中で見解が分かれる山は無いだろう。毎年7月の開山シーズンになると、富士山登山の話題はいろいろ荒れます。個人的には7~9月を『観光登山期』それ以外を『本格登山期』と区別して管理すればいいのかなと思っています。もしくは、せっかく立派なゲートを設置して入山料もとってるなら、いっその事通年登山料とって指導するようにしちゃったほうがスッキリしそうだけど、どうなんだろう?


実は百名山にチャレンジする前に富士山には登ったことがあるのですが、最高峰の剣が峰やお鉢巡りはしてなかったので、体力づくりにサクッと富士山登山。

この時は新しいテント等の装備を買ったばかりだったので、山小屋に宿泊する予定にも関わらずテントや炊事道具、ヘルメットや寝袋などなど一式がっつり余計な荷物を練習の為にわざと持って行きました。

一つ一つは軽量なUL(ウルトラライト)と呼ばれる装備でそろえたので、水や食料、カメラを含めて13kg程度に収まりまして、見た目もコンパクトで軽やか。

一見すると軽装登山にも見えても、必要十分な装備で登ってる人もいるんですよと、それだけははっきりと真実を伝えたかった。

富士山登山の感想?
富士山って登ってて楽しい山じゃないし・・・しかも、この時は曇っててよく見えなかった・・・残念。

【裏銀座縦走】憧れの稜線を歩く

常念岳の山頂から稜線に沈みゆく夕日を眺めてから約半年。その時に眺めていた山々を縦走していきます。

この間にもいろいろな山に登り、体力・技術・知識・装備もかなりステップアップしていきました。

日本三大急登の一つ、ブナ立ち尾根を一気に登り烏帽子岳へ。
通常ならここでテントを張って一泊するところですが、日程が厳しかったので先を急ぎます。
しかし、途中の水晶岳付近で極度の疲労と、雷雨に見舞われたため急遽水晶小屋に宿泊する事を決定。しっかりと休んで、翌朝は水晶岳に登頂し、富士山、北岳、間ノ岳、槍ヶ岳、奥穂高と標高TOP5を一望にします。

勢いそのまま鷲羽岳を超えて三俣蓮華岳へ、雄大な鷲羽岳を眺めます。
半年前に、ひどく苦しい思いをしながら眺めた雄大な山々を歩けていると思うと、ずっと感動的でした。

そして、双六小屋のテント場にてこの日は終了。とても美しいテント場で大変気に入りました。

翌日は槍ヶ岳に挑むつもりでしたが、天候は夜半から雨。断念して下山。
憧れの槍ヶ岳へのチャレンジは翌年に持ち越しです。


【屋久島】世界遺産と雨の島で


この登山の最大の敵は台風でした。飛行機に乗る前日から屋久島に台風が接近していて、飛行機自体が欠航になる恐れがあったのです。幸いにも、飛行機は飛び、屋久島に到着できましたがその日は台風の影響が残ってそこそこ雨が降っていました。ただでさえ屋久島は『月に35日雨が降る』と言われるほど雨の多い地域。翌日の登山本番が心配でしたが、幸いにも朝には雨が止みました。

バス停から登山口までは約10kmの林道歩き。
その中でも、廃線のレールがあったり、史跡が残ってたり、至る所に湧き水や苔むす岩。ほかの山域には見られない風景の中を歩いていきます。

登山口からはウィルソン株、さらに奥には縄文杉。ここまでは木道が整備されていて、ツアーで訪れる観光客も大勢いました。


縄文杉をすぎてさらに奥地へ、ここからは一気に人が少なくなります。

縄文杉からさらに歩いて1時間ほどの奥地に宿泊予定の避難小屋(山小屋)があります、自分の寝床を確保して、余計な荷物を置いて屋久島の最高峰(九州の最高峰でもある)宮之浦岳を目指します。

標高をあげていくと鬱蒼とした霧が晴れ、南国特有の強烈な日差しが降り注ぎます。

嵐と雨雲を超えた先の真っ青な宮之浦岳はとてもかっこよく、山頂からは一面の雲海、雲の向こうに海が見える。海が植えなければここが島だという事を忘れてしまうような荒々しく連なる緑の山々。長い長い道のりが報われた瞬間です。

帰宅後、屋久島の警察から『単独で宮之浦に行った方が行方不明になっているが心当たりはないか?』と電話があり、自分が泊まった日の山小屋には該当する人物はいなかった事を告げたり、登山届の大事さを身をもって知りました。

【白馬岳】そそり立つ大雪渓と猛吹雪


日本アルプスを有する長野は、日本百名山の宝庫だ。
その中でも美しさには定評があり、スキーリゾートとしても有名な白馬村をふもとに有する白馬岳は、まだ雪の残る季節に登ってみたかった山だった。


正直に告白する、山を舐めていた。


高速バスを降りた瞬間、朝日に照らされて浮かび上がる白馬岳の姿は、まさに白い絶壁で、これからあの上まで歩いて行くなどと想像して絶句してしまった。しかし、ここまで来た以上後には引けない。

猿倉登山口までのバスは、道路の陥没により運休していたので歩いて登山口へ。バスの運休の影響からか、登山者の数は少ない。

雪道をずっと進んでいくとやがて日本三大雪渓のうちの一つ『白馬大雪渓』が眼前に現れる。

ゴールデンウィークとはいえ大量の雪が残っており、上部の小雪渓ともつながって一枚の巨大な雪の壁になっている。
そこを滑り降りるバックカントリースキーを楽しんでいる人もいたが、自分にはあまりにも巨大な試練に感じた。


だんだん斜度がきつくなる雪の壁をアイゼンとピッケルを使ってよじ登る、自分の実力ではもし滑り落ちたら止まれない・・・そんな緊張感が途切れない中4時間ほどかけて大雪渓を登り切った。
もう体の疲労も、頭の疲労もいっぱいいっぱいで、動けない状態に陥りそうだったが、休み休み時間をかけて宿泊先の白馬山荘にたどり着いた。

冷えて疲れ切った状態で食べたカツカレーとビールは最高だった。

翌日、天候が急変。
ゴールデンウィークであるにもかかわらず、吹雪に見舞われた。
下山の予定だったので山小屋を出発して、昨日必死に登った白馬大雪渓の上部まで視界の利かない吹雪の中を歩いてみたものの、雪面はガチガチに凍り付いていた。

「あー、こりゃ死ぬな。」

ここからは降りられない、滑ったら絶対に止まれない、止まれなければ死ぬという確信。少し歩き回って緩やかな場所を探したが見つからない。

仕方なく昨日と同じ白馬山荘に戻り、もう一泊宿泊する事にした。
ゴールデンウィークであるにもかかわらず、千人も泊まれる日本最大級の山小屋には、その日自分ともう一人しか客はいなかった。

翌日は昨日の嵐が嘘のように晴れ渡り、最高の天気となった。
せっかくの良い天気なので猿倉登山口に戻るルートではなく、栂池自然園に向かう縦走ルートを選択。
新潟県の最高峰、小蓮華岳から眺める白馬岳への稜線は、これまでのどんな白よりも白く美しかった。大げさに書いていると思うだろうが、これは大げさではない自然の中を歩くという体験そのものだった。

栂池自然公園近くまで来ると、バックカントリースキーを楽しむ人々でにぎわっていて、あの白馬での孤独と静けさが嘘の様だった。


【北海道遠征】試される大地への旅


北海道には日本百名山に選出されている山が9座ある。

海からそびえたつ雄大な山、利尻岳巨大な大雪山系をなす旭岳・トムラウシ山・十勝岳北海道の背骨、日高山脈の秘境、幌尻岳観光客にも親しまれる阿寒岳世界自然遺産の地、ヒグマの楽園、羅臼岳、斜里岳世界中のスキーヤーが羨む雪質で人気、羊蹄山

ロープウェイが整備されている旭岳を除き、いずれも中級者以上の厳しいロングコース。特に幌尻岳はその距離の長さ、ヒグマ生息地というリスク、川を何度も徒渉する大変さ、そして山小屋の予約争奪戦などの困難さから”日本百名山最難関”の異名をもっており、1泊2日~2泊3日の行程が推奨されています。(日帰りで登る猛者もいるけど・・・)

一つ一つの登山が大変なのに加えて、広い北海道の各エリアに点在しており公共交通機関にも乏しいので、登山口にたどり着くまでがとても大変です。

自分の場合は2025年6月に集中して利尻岳、羊蹄山、トムラウシ山、十勝岳、阿寒岳、斜里岳、羅臼岳の7座を登り、7月に改めて北海道を訪れて幌尻岳を登りました。(旭岳は前年に登頂済み)

山一つ一つの思い出もさることながら、自家用車でずっと北海道を走り回って、山に登って、温泉に入って、旨いものを食べて、ゆっくり寝る。こんな生活を2週間程度と短い期間ながら出来たのが最高の経験でした。この数年の間で、最も自由で、最も楽しくて、最も満ち足りた時間を過ごすことが出来たと思っています。

これは日本百名山を登ろうとしていなかったらあり得なかった経験で、この北海道を巡った行程だけでも、日本百名山をすべて登ろうと決意した事は間違っては無かったと、人生の夏休みを十分に謳歌出来ました。

みんなも自家用車で6月の北海道を旅しよう!!最高だぞ!!


【南アルプス】南アルプス最深部縦走


羽田空港から伊丹空港へ、毎度関西方面に行くときには飛行機を使うことが多い。きっと、本質的には空が好き。空を見るのが好きなんだと思う。
そうして飛行機の中から外を見ていると、富士山の次に見えてくるのがこの南アルプスの巨大な山域、険しく雄々しい山々だ。

当然、山深いのでアクセスは最悪。
高速道路を降りて数時間、山道を走りやっと予約必須のバス乗り場。
そこからバスで一般車両が通行できない林道を1時間進む、そこが登山のスタート地点。
最初の山小屋まで約8時間、景色もほとんどない登山道を黙々と登り続ける・・・それでも登山者は山に登る、山に魅了され狂っているからだ。

40kmを超える長い行程、20kg近い装備一式、夏の暑さとまとわりつく虫たち・・・それでも何かを求めて山に登る。

2日目、まだ真っ暗な中を出発する。
やがて周囲が明るくなると、星々のきらめきと山々のシルエットが同居する一瞬を迎える。
先を急いでいても、この時ばかりはゆっくりと腰を下ろし夜明けを迎える。

2日目は悪沢岳と赤石岳、3日目は聖岳。日本百名山3座を一気に登る。
南アルプスの縦走はとにかく大きい、一つ一つ山をきっちり登ったら。登った分だけきっちり下る。だからこそこれから進む山々ははっきりしているし、ここまでの道のりもはっきりわかる。

あれだけ遠くに見えていた山に、いつの間にか登っている。
それは自分の努力が、自分の頑張りが、自分の出した結果が、はっきりと体感できる数少ない場面だと思う。

見渡す限り連なる雄大な山々に感動していると、もっと巨大で圧倒的な存在感を示す富士山がふいに目に飛び込んでくる。その激しすぎる主張に思わず笑ってしまったが、端正な美しさと、南アルプスの山々のコラボレーションを前に、シャッターを切る手がが止まらない。

富士山は美しい山だ。


帰りもバスに乗らなければいけない関係で、最終日も暗いうちから行動。
これまでは夜明け前でも稜線に出ていたので周囲の見通しはよかったけれど、この日は下山なので、降りれば降りるほど鬱蒼とした深い森になっていく、こういう暗い森を進むのは本当に怖い。
2時間もすれば徐々に明るくなっていき、水の豊かな美しい森だとわかるのだが、それまではヘッドランプの明かりだけが頼りで心細い。

この日の下山だけでも5時間近くかかっているのだから、本当に南アルプスは広くて大きい山域だ。

3泊4日にも及んだ長い登山は、こうして無事に終わったのでした。

え?ちびまる子ちゃんも登ってるってマジ?


【立山剱縦走】試練と憧れと絶景と


日本百名山を巡る旅もいよいよ大詰め。
残る山は高難易度の山か、火山活動で入山禁止となった山を残すのみ。
92座目と93座目に選んだのは、立山と剱岳でした。

アルペンルートの長野側から室堂に上がり、立山を周回して剣沢キャンプ場で一泊、テントに余計な荷物を置いて翌日早朝から剱岳に登る計画。

公共交通機関で室堂までは来れる関係で、紅葉を見に訪れている観光客も多いのですが、立山を登ってその先まで進むと一気に人の数が減ります。

雄山の神社でご祈祷をやっていたので、記念とばかりに祈祷を受けて登山の安全を祈願します。
その後稜線を北に向かった進み、大汝山、富士の折立、真砂岳を越えて別山山頂へ。そしてここまで来ると今回の最大の目的地、剱岳を拝むことが出来ます。


剣沢キャンプ場で受付をし、険しい剱岳の岩肌を見ながら早めの就寝。

翌朝4時、まだ暗い中出発。
するともう途中まで登っている人が多数いて、ヘッドライトの明かりが点々と登山道に沿って見えます。

登山ルートは非常に険しく、国内最難関レベルの一つに数えられます。

狭く険しい岩場の道が続くうえ、10ヵ所以上の危険な鎖場があります。
中でも5番鎖場、カニのタテバイ、カニのヨコバイと呼ばれる鎖場が特に危険と有名です。

5番鎖場
カニのタテバイ
カニのヨコバイ

それらは知識として知っていて、何度も動画等で予習はしたものの、実際に命を懸けてその場所に行ってみるとはやり手に汗握るスリルがあります。
ここに”体感する”ことの価値を見出している自分がいます。

さて、それらの難所を勇気を出して乗り越えてたどり着いた山頂は、雲一つない青空で、これまで登ってきた数々の山々を一望に出来るという最高のシチュエーション。

これまでの頑張りに対する、ご褒美のように感じました。
ずっとここに居たい、また訪れたい、もっとチャレンジしたいという気持ちが心の底からあふれ出してきた。


剱岳から下山途中、明らかに装備不足の外国人観光客グループ数組とすれ違いました。時間も剱岳まで行くにはもう遅く、ヘルメットやグローブも無い彼らにあいさつして、つたない英語で注意喚起(「ここから先はヘルメットなどの装備が必要、難しくて危険なエリアだ」)をしましたけど、どこまで通じているのか判りませんでした。

富士山もそうですが、観光客が気軽に危険な登山道までやって来れるのも考え物ですね。


【槍ヶ岳穂高】大キレットを超えて


大キレット


山に登っていると、どうしても気になってしまう山が二つある。
一つは言わずと知れた富士山、もう一つが北アルプスの名峰槍ヶ岳だ。

特徴的な槍の穂先は遠くからでも見つけることが出来る。
様々な山頂からその姿を望んでいるうちに、あそこにいつか登ってみたいと思うのはまったくもって自然な流れだろう。
深田久弥も『いやしくも登山に興味を持ち始めた人で、まず槍ヶ岳の頂上に立ってみたいと願わない者はないだろう。』と述べている。

上高地でバスを降り、梓川の清流を眺めながらひたすらに歩く。

横尾を通過、ここからは本格登山。
上流に進んで槍沢ロッジを超えると斜度がどんどんきつく本格的な登りになっていく。
いつも遠くからみていた槍ヶ岳は、まだ見えない。

やがて標高が上がってくると遥か登山道の先に、その槍の穂先が姿を現す。

槍ヶ岳直下の山小屋で、昼食のカレーを食べて一休みしたら槍ヶ岳に登頂開始。
有名な長い梯子も怖かったが、それよりも急峻な岩場が続くこの区間は、たった200mとは言え気が抜けない高度感と緊張感が続く。
山頂は狭く、雲がかかってしまい眺めもなかったのでそそくさと下山開始。
登りよりも下山のほうが下を見なければならない都合上、恐ろしく感じる。

その日は槍ヶ岳山荘に宿泊し、早めの就寝。
明日の本番に備える。

翌朝はすっきりとよく晴れて、槍ヶ岳の山頂もはっきりと見えていたが再度上ることはせず次の目的地に向かう。

2日目のハイライトは”大キレット”
南岳~北穂高岳の稜線にぽっかりとあいた大きな窓のようなエリア。
日本の一般登山道の中で、最難関と呼ぶ人もいる。

南岳小屋まで歩を進め、これから進む大キレットを目の当たりにすると、そのあまりの険しさ、下り登りの激しさに息をのむ。
Hピークや飛騨泣きといった有名な難所以外にも険しい道が続いていて、体力よりも集中力が削られる。
そして最後には北穂高岳に登る岩壁のような登りが待っている。

だが、その厳しいルートを超えてたどり着いた北穂高岳山荘の食事が素晴らしい事この上ない。自分にとっての最高のご褒美になりました。

昼食休憩後も稜線を進んで宿泊地の穂高山荘を目指す。

途中の北穂高岳~涸沢岳間はクライミングの聖地である滝谷ドームを要することからもわかる通り、こちらも大キレットに負けず劣らずの難コース。
岩壁に這いつくばると股の間から遥か下の谷底が見えるような場所、日本一長い鎖場、すれ違い不可の狭く長い岩場、岩と岩の間を飛び越えるような場所、高リスクのオンパレードで、大キレットを越えた後には堪えました。

やっとの思いで涸沢岳山頂につくと、そこには山頂写真撮影の行列が出来ていて、今までの苦しい思いは何だったんだろうと苦笑いするしかありませんでした。(涸沢岳山頂には穂高山荘から簡単に来れる)

翌日は残念ながら悪天候。暴風雨の中日本百名山の奥穂高岳にサッと登ってそそくさと下山。涸沢カールの紅葉が雨と霧に包まれて幻想的でそれはそれでよかったですが、今度は晴れた槍ヶ岳・奥穂高岳に登ってみたいな。


この大キレットと北穂高岳~涸沢岳間の厳しい岩稜帯を無事に超えることが出来て、自分の登山技術にある程度自信を持てるようになった。

「これで初心者卒業だ。」

【岩手山】東北の名山を往く

岩手山8合目避難小屋

東北の山々は美しい、日本アルプスとはまた違った山深さと奥行きがある。
飯豊山、大朝日岳、月山、八幡平、安達太良山とそれぞれに魅力的だし何より紅葉のシーズンの全山紅葉は他ではなかなか見られない。

日本百名山を登る旅、最後に残ったのは岩手山だった。

金曜日に仕事が終わって即座に帰宅、シャワーを浴びて荷物を担いで、片道7時間の道のりを運転して、夜半過ぎに馬返し登山口近くに到着。そこから仮眠をとって朝6時30分から登山開始。

途中、薪を8合目の避難小屋まで持って行く歩荷チャレンジがあったので、ザックに詰めるだけ詰めて(約6kg)再度出発・・・これが重大な判断ミスでした。
梅雨の雨続きで鈍った体+半分徹夜で睡眠不足+想像以上の急登で、体力がどんどん削られていきます。おまけに天気予報は晴れの予報でしたが、普通に雨降ってきて湿度100%の中を登り続ける羽目に。
オーバーヒート気味の体を途中途中で休ませ冷やしながら、どうにか8合目の避難小屋に到着し、やっと重い荷物を下ろせると思った次の瞬間

右足ふくらはぎが思いっきり痙攣しました・・・(足攣った

いきなり無理をさせたからでしょうか、その場から一歩も動けません。
トイレも行きたかったのに、全然トイレにすらたどり着けません。
けんけんしたり、這いずってやっとこさトイレにたどり着きましたが、あまりの痛みで足を曲げることが出来ず、トイレの扉を開けたまま用を足さざるを得ませんでした・・・

それはさておき、8合目を過ぎるとじめじめとした空気とガスは一気になくなり、どこまでも広がる青空、初夏のさわやかな風と燦燦とした陽光が、緑の木々を美しく照らし、眼下には先ほどまで私を苦しめた雲が広がっています。

まるで、岩手山(南部片富士)の山頂部分が雲に浮かび、まるで天国の様子。

見上げれば、荒々しい火山の山頂がそびえたち、その稜線には多くの人の姿が。どこを切り取ってもかっこいい風景です。

砂地の坂を、火口を眼下に見下ろしながら頂上へ向けて登ります。

そして登頂。
3年2ヶ月に及んだ長いチャレンジは、これにて無事幕をおろしました。

最後の最後、ちょっと締まりの悪い展開もありましたが、こうして無事日本百名山を登り終えたのです。

日本百名山、完登した感想

あーもうー、疲れたよーまったくー。

日本百名山を登り切って、得たものは『やり遂げた』という達成感と『成し遂げた』自信だけ。

何もかもうまくいかない人生、どうしようもない事情でボロボロの仕事、苦しいばかりの婚活、年齢を重ね中年の危機に焦る日々、何一つとして上向いてはいません。

3年と2か月、そして300万円近い費用を払って、深田久弥セレクションをスタンプラリーしても意味がないと思う人もいるでしょう。

でも、その中で登っていくうちに、自分の中で”好きな山””見どころがある山””美しい山”などなど、山の良さた楽しみ方の基準がだんだん育ってきて、より一層登山が楽しく、彩り鮮やかなものになってきました。

そういう意味で、皇海山や恵那山、荒島岳、平ヶ岳の様な地味な山も無駄ではなかった・・・

でも、やっぱり皇海山だけはもう行きたくないな・・・熊いたし🐻

これからは『私の百名山』を見つけるべく、どんどん新しいチャレンジをしていきたいと思っています。

ご拝読ありがとうございました。

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