名づけ親になりたい
今から、しょうもない話をかきます。
脱力して読んでください。
いや、読まない方がいいかもです。

さて、ボディビルダーが両手をパンツに入れるところを見たことがあるでしょうか。
両手をパンツに入れたまま、仁王立ちしているのである。
そのパンツはボディビルダーが履くもの。
ボディビルダーの間では「ビルパン」と呼ばれている。
ブーメランパンツを想像してもらえればいいと思う。
股上が浅く、両足の付け根部分が細いので、ヒトのたくましい肉体が露わになる。
ビルパンの両サイドに手を突っ込んでいるのである。
その状態を指す言葉はないらしい。
そこで、最近はやりの言語化にチャレンジしたい。
もっと、簡単に言えば名づけ親になりたい。
ふと、思う。
いつから人類はこのスタイルをしていたんだろう。
なんて妄想していたら、上野の国立西洋美術館の庭にあるロダンの「考える人」にいきあたった。
「考える人」は、1881年から1882年に制作された彫刻で、ダンテの『神曲』に想を得た作品群からなる「地獄の門」の中の1体として作られた。
当初のタイトルは「詩人」であったようだ。
それが後に「考える人」と呼ばれるようになったのは、ロダンがこの像を「地獄の門」の中のどこに置くべきか思案していた際に、詩人や思想家が思索にふけっている普遍的な姿を表していることに気づいたからだといわれている。
「考える人」の姿を想像してみる。
この像は全裸の男性が岩の上に腰かけ、右肘を左膝にあて、顎に手を当てている。
そして、何かをじっと考えている。
その姿を想像していると、私まで考え込んでしまう。
この男性はいったい何を考えているのだろうか。
苦悩しているようにもみえるし、静かに思索しているようにもみえる。
ロダンの意図としては、人間とは何か、生きるとはどういうことか、という根源的な問いを観るものに投げかけているのだろう。
話をボディビルダーに戻す。
ボディビルダーにとって、ビルパンは戦闘服のようなものである。
それを履くことによって、気分が高揚する。
人間は考える。
そして、行動する。
その行動は、時に理解不能なものに見えるかもしれない。しかし、そこには必ず理由がある。
その理由を想像することこそ、人間というものを深く知るということなのかもしれない。
ビルパンの両サイドに手を沈めて突っ込んで考えている姿を手持ちチブサ 手持ち無沙汰から「ビルパン・シンカー」と名付けたい。

なお、本記事を書くきっかけとなったのは、こちらの記事でビルパンの両サイドに手を突っ込んでいるイラスト「友愛」(仮題) を鑑賞したからである。
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