見出し画像

※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】010「アフタヌーン・インベーダー」

 四条畷紗季が勤めている会社(非常に長い名前)の●●支店が入居しているオフィスビルの5階に珍客が訪れたのは、ある暖かい日の昼下がりであった。

(……ん?)
 カタカタという心地良いキーボードの音に、少しだけうとうとしていた紗季は、ふとノートパソコンのディスプレイ上部に、脚を乗せて止まった小鳥と目が合った。
(あ、私うっかり寝ちゃったのか)
 造型が妙にリアルなことが気になったが、彼女はそれを夢と思い込んだ。
(京田辺課長に見つかる前に目を覚さないと、あとカフェインも摂取すべきね)
 うんうんと頷く紗季。
「チチッ」
(まあ、鳴き声もリアルだこと……ん?)
 紗季がどうもおかしいなと思ったタイミングで、小鳥も少し首を傾けて尾を小刻みに動かすと……何かがポトリと、デスクの上に落ちた。

「いっ……いやあああああああっ!」
 普段の彼女からは考えられないほどの絶叫が、フロア中に響き渡った。

「サキさん何ですか……うわっ!」
 紗季の叫び声に驚いた小鳥が飛び上がり、斜め向かいにいた住道タツヤの顔面を蹴り上げる。
 パニック状態に陥った小鳥は外に出ようとしたが、なかなか出口が見つからない。
 書棚やロッカー、机を飛び回る彼(彼女)にようやく状況を把握した総務部の主任が大窓を開けると、ピューっと慌ただしく飛び出して行った。


「サキサキ、鳥のフンは直接触ったらダメだからね」
 手袋をした総務部の友人、星田敬子がビニール袋と抗菌ティッシュで手早くフンを処理したあと、デスクにアルコールスプレーを噴霧した。

「ありがとうおケイ。ううっ、酷い目にあった」
「パソコンの上にやられなくて良かったね」
 そう言った敬子は、フロア全体を見渡した。
「下狛(しもこま)主任の判断が早かったから、大きな被害は無さそうね」
「あのー星田さん、俺思いっ切り顔蹴られたんですけど」
 赤くなったおでこを見せて、タツヤが抗議の声を上げる。
「あ、そうでしたね。ごめんなさい」
「いやいや、机を拭いたウェットティッシュで擦ろうとしないで下さいっ!」


「それにしても、どこから入ったのかしらあのコ」
 だいぶ落ち着いてきた紗季は、不思議そうに言った。
「入館記録を見ればどうですか?」
「確かにそうね……って、小鳥が律儀に受付している訳ないでしょっ!」
「サキさん、結構ノリ突っ込み上手くなって来ましたねぇ」
 嬉しそうに、タツヤが反応した。
「おおかた、開いている玄関からトコトコ入って来たんじゃないですか」
「それで私のパソコンに乗った、と。構図は可愛かったけれど、いきなり過ぎてビックリしたわ」
「私はサキサキの叫び声に飛び上がったわよ」
「ううっ、ごめんなさい」
 恥ずかしさに小さくなる紗季の可愛い仕草に、敬子とタツヤはふふふと微笑った。
 しかし後日、この和やかなエピソードを思い切り上書きするような出来事が起こったのだった。



「今日、何か虫多くない?」
 誰かの呟きを聞いて、紗季は心の中で同意した。
(確かに、そこかしこに小虫が飛んでいるわね)
 そっと周りを見回すと、コバエだろうか?野原でよく遭遇する集団の小虫群とまで至っていないが、それなりの数がオフィスの空間を縦横無尽に飛び回っている。
「……発生源を特定しないとね」
 いつの間にか隣に来ていた敬子が、コバエスプレーを片手に言った。
「おケイは、どこからコバエが湧いているか分かるの?」
 紗季の問い掛けに、彼女はかぶりを振った。
「私はさっぱり。いま虫取りのプロ、下狛主任に探って貰ってる」
 総務部主任、下狛有人(しもこまありひと)は、絵に描いたような【ザ・事務屋】という出立ちの中年男性だ。
 実直な性格と、数多く有している事務系スキルによって、社内でも「困ったことはシモさんに聞け」と、厚い信頼を得ている。

「ふむ、ここかな?」
 下狛は顎に手を当てて、資材置き場横の旧いロッカーに目を向けた。
 彼は、固有スキル【虫採り小僧】によって、早々にコバエの発生源を特定していた。
 扉の隙間から、一匹また一匹と小虫が飛び出してきている。
 改めて眼鏡とマスクの位置を直した彼は、「では……」とロッカーの扉に手を掛け、ギイッと引き開けた。
 中には、小さな保冷バッグが1つ収められていたのだが……隙間から覗いていたのは……。


(注)黒珈の判断で、詳細の描写は控えました。


「あれ?シモさん、どうしたのですか?」
 急に消えた下狛を探していた敬子は、ロッカーの前で佇む彼の姿を見つけた。
「こんなところで何を……シモさん?」
 不思議そうに近付いてきた彼女は、「ひっ」と顔を引き攣らせて後退る。
 彼は、両方の眼をくわっと見開いたまま、意識を失っていた。


「……それで、発生源は特定できたの?」
 数分前、外勤から戻って来た営業二課長の京田辺一登は、前に座っていた紗季に尋ねた。
「はい、ロッカーの中に腐敗したコンビニのカツ丼があったようで、そこからコバエが大量発生していました」
「何故そんなところに食べ物が放置されていたんだ……」
 京田辺はこめかみを軽く押さえて唸った。
「それでその持ち主は……ああ、言わなくても分かった」
「はい、現在シモさんが【容疑者】を取り調べ中です」
 打合せコーナーでは、鬼の形相と化した下狛と、営業一課長の寝屋川慎司が向かい合って座っていた。
 普段温厚な下狛が、机を叩いて声を荒げる度に、寝屋川の背中がどんどん小さくなっていく。
「シモさん、小虫の発生源をモロに直視してしまったみたいで、暫く丼モノは見ることもできないそうです」
「要冷蔵品を常温で放置するなんて、慎司も何をやってるんだか……」
「その理由なのですが……」
 2人の傍で話を聞いていた敬子が、後を引き継ぐ。
「お昼ご飯の箸を付けたところで、お客さまからのクレーム対応が発生。後で食べようと保冷バッグに入れて近くにあったロッカーに保管したけれど、バタバタしたまま記憶から抜け落ちてしまった、と供述しています」
「なるほど、ちなみにそれっていつの話?」
「2週間ほど前、だそうです」
「ゔっ」

 コバエの発生過程を想像した京田辺は、思わず口元を押さえる。
 そんな状態をダイレクトに目撃してしまった下狛に心底同情しながら、まだまだ続きそうな取調べの光景を見守っていた。

#創作大賞2024
#お仕事小説部門


🔹まとめ読みのマガジンはこちらから☟

いいなと思ったら応援しよう!