※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】最終話 それは「珠玉の」大迷路(ラビリンス)
(……また、始まったわ)
私は、●●支店の総務部に所属している、星田敬子。
支店の業務にも馴染んでいて、上司や同僚との関係も良好。心を許して語り合える同期の女の子も近くに居る。
そんな私を悩ませる出来事が、ここ最近連続して起こっていたのだ。
「なあ……いいだろう?」
「いやっ……でもっ」
彼女の席から程近くにある給湯スペースから、男性同士の会話が漏れ聞こえてくる。
幾分くぐもったトーンが、妙に扇情的な空気を醸し出している。
おそるおそる横目で覗き込むと、それは京田辺課長と寝屋川課長の同期コンビだった。
「大丈夫だって、最初は俺も戸惑ったけれど、馴染んでくると案外ハマってくるんだよ」
「えっ……じゃあ……」
ピコンッ!
その瞬間、私の中にある「何かのスイッチ」がオンに切り替わった。
手元にあった印刷業者のパンフレットをクルクル巻いて、耳元に当てる。
心持ち、彼等の会話がクリアになった気がした。
「シンジ、話を聞いていると、その店ってヤバいところにしか聞こえないんだが……」
「相変わらず慎重派だなあ、カズトは。今までにない刺激的な体験が出来るんだぞ。怖がらず、一緒にイこうぜ……」
私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
その後も「初体験は、しばらく放心状態だった……」「数日間は、お尻が痛くてさ……」など、向こう側に誘なうような言葉が、次々と耳に飛び込んでくる。
(それで、京田辺課長のケツ断は……)
「何やってるの?おケイ」
「うわあああああっ!」
突然背後から声を掛けられた私は、自作のパンフレットメガホンを取り落として、椅子ごとガタガタガタッと後退った。
「……ビックリしたぁ」
「いやいや、それはこっちのセリフだって」
声を掛けたときの姿勢のまま、四条畷紗季が言葉を返した。
彼女が、先ほど話した仲良しの同期。
サキサキ、おケイと呼び合う、とても気の合う仲である。
「変なおケイ」
首を傾げた紗季は、そのまま給湯スペースに足を向けた。
それを見た私は、思わず彼女の肩を掴んでいた。
「ま、待って。いまいいトコロ……じゃなくって、課長同士で濃厚な打合せを……」
「うん、知ってるよ」
紗季は、あっけらかんとして言った。
「それ、私も参加するから」
参加するから……
参加するから……
参加……
さん……
「……おケイ?」
不思議そうな顔で問い掛けてきた彼女に、私は頭を下げた。
「ごめんなさい、ちょっと色々な処理が追いついていなくて」
「ん?」
手元にあったティッシュ箱を引き寄せながら、私は友人に声を掛けた。
「サキサキは怖くないの?その……2人も相手にするなんて」
「2人?いただくのはひとりひとりだけど」
「はうっ」
私は眩暈を覚えた。
(この娘……そっち方面は疎いと思っていたけれど、何てダイタンな……)
両頬がじわじわと火照ってくるのを感じた私は、ゆっくりと彼女の肩に掛けた手を離していった。
「……イキなさい……健闘を祈るわ」
「……変なおケイ」
流石に怪訝な表情を浮かべながらも、紗季は2人の課長が待っているスペースに向かっていった。
目を閉じて、身体中の感覚を極限まで研ぎ澄ませていく。
やがて、彼女達の会話が耳に入ってきた。
「お待たせしました」
「あ、四條畷さん」
「ふふっ、来たね」
(何だろう、身近にいる人であんなことやこんなことを妄想してしまう、この背徳感は……)
心臓の高鳴る音を聞きながら、私は次の台詞を待っていた。
「でも、1回目から『超激辛麻婆とんかつ』なんて、かなり攻め過ぎじゃないですか?」
(そう……麻婆とんかつ……えっ?)
「俺もそう思ったんだよ。辛さ20段階ってヤバ過ぎるよなぁ」
「もうっ、2人とも慎重過ぎだよォ!素材にこだわったお店だから、ウプってならないから」
「ウプっじゃなくて、ヒィーってなりそうなんだが」
「またウプって……ふふふっ」
呆れた口調の京田辺と、何かのツボにハマったのか、笑いが止まらなくなった紗季。
「あのぉ……皆さん、何の打合せをされているのですか?」
我慢できなくなった私は、3人の元に歩いて行って尋ねていた。
「何って『とんかつ同盟』初会合のお店を話し合っているんだよ」
寝屋川が、自分のスマホを操作して画面をこちらに向けてきた。
「ほら、駅向こうに最近オープンした創作四川料理のお店が期間限定でセールをやっているんだ。このクーポンは4人まで割引効くから、星田さんも一緒にどうかな?」
「いえ……私は遠慮いたします」
(……なんだぁ、お昼の相談だったのか)
どこかホッとしたような、それでいて少し残念な気持ちになった私は、気持ちを切り替えてその場を立ち去ろうとした。
と、その肩にガシッと手が掛かる。
「……おケイ、あなた京田辺課長と寝屋川課長で、いったいナニを想像していたのかな?」
表情をスッと消した紗季が、残る右手で私の襟元を掴んでくる。
「ゆっくり、オハナシしましょうか」
「ひいいいいっ!」
とんでもないパワーで化粧室へと引き摺られながら、私は頭の中で必死に、彼女を宥める方法を考えていたのだった。
お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】了
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