※note創作大賞2024「お仕事小説部門」応募作品_お仕事ショートストーリー【営業課長の心得帖】004「とんかつ課長」
●●支店営業二課所属、四条畷紗季、29歳。
彼女といつもお昼を一緒している総務部の星田敬子(ほしだけいこ)が有給休暇のため、今日は久しぶりにおひとり様ランチを決め込もうと、お財布を片手にオフィスビルのエントランスを少し早めに潜り抜けていた。
半年前に訪れた、美味しい隠れ家イタリアンの場所を脳内で再確認していると、目の前を中肉中背のサラリーマンがひょこひよこと歩いていることに気が付いた。
「あれ……寝屋川課長かな」
隣に位置している営業一課の寝屋川慎司(ねやがわしんじ)課長は、彼女の上司である京田辺一登とタイプは違うが仕事はバリバリ、部下からの信頼も相当厚い。
唯一の謎が、お昼になるといつの間にか姿を消して、午後の始業時間前にヌルッと帰って来ること。おそらく何処かで昼食を摂っているのだろうが、我が社の7不思議のひとつに数えられているのではないかと思うくらい、その行動は謎であった。
(同じ方角だし、ちょっと探ってみようかな)
前日夜遅くまで推理小説を読み耽っていたこともあり、紗季は好奇心の赴くままに、寝屋川の背広を追いかけることにした。
「あれ、四条畷さん?」
あっさりと見つかってしまった……。
(……自分自身の運動神経の悪さを忘れていた)
最近は仕事も順風満帆だったため、幾分気持ちが大きくなっていたようだ。
がっくりと肩を落とした彼女に、寝屋川は明るく声を掛けた。
「四条畷さんも限定サービス狙い?早く行かないと売り切れちゃうよ」
「えっ?は、はい」
尾行していた後ろ暗さもあって、紗季は寝屋川の言われるまま、彼おススメの場所に向かうこととなった。
「ここは……」
古民家をリノベした雰囲気満点のお店正面には、大きな木彫りの看板が掛かっていた。おススメランチが書かれたのぼりも複数立っている。
「……鹿児島産黒豚……100%使用」
「そ、ここのとんかつマジで美味いんだよなー」
「すみません、わたし脂モノを摂り過ぎると気分が悪くなってしまう体質なので、ここで失礼いたします」
「待って待って、このお店はヘルシーだから!ウプってならないからっ!」
慌てた寝屋川から咄嗟に出た台詞に、紗季は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、何ですかウプって……分かりました、入ります」
「そう来なくっちゃ!オバちゃーん、2名イケるかなぁ?」
暖簾を上げて大きな声を掛ける寝屋川を見て、紗季は改めて彼が他のメンバーから人気が高い理由を知ることが出来た。
「……確かに、脂臭さが全く無いですね」
恐る恐る齧ったひと口目が想像以上にサクサクしていたので、思わず紗季は目を丸くして言った。
「そうでしょうそうでしょう、このお店は使っている油にもこだわっているからねぇ」
「へえ、そうなんですね」
「詳しくは知らないので、あそこのオバちゃんに聞いてね」
「……そうだと思いました」
彼の流れるような口調に半ば呆れつつ、目の前のヒレカツ定食を堪能する紗季。
元々彼女は食が細い方(お酒は好き)だったが、今日はどんどん箸が進み、気が付くとすっかり完食。今は食後のお茶を楽しんでいた。
「……とんかつ、課長」
「ん?」
「わが社の7不思議の一つ、【とんかつ課長】の正体は、寝屋川課長だったんですね」
「同期の京田辺が名付けた二つ名か、悪くないね」
本人はニヒルに笑っているつもりだが、ダンディにはほど遠い中年サラリーマンの脂っぽい笑顔がそこにあった。
ちなみに、【とんかつ課長】の7不思議詳細エピソードは、敢えて取り上げるほどでもないので割愛させていただく。
「昔はヤツも付き合ってくれたんだがなぁ。やれ新陳代謝がーメタボリックなんとかがーとか言って、早々に離脱していったよ。お陰で今は、ひとり気楽に孤独のランチグルメさ」
「……寝屋川課長は、揚げ物続きでもお身体は大丈夫なんですか?」
「へーきへーき、奥さんからはいい歳して自重しなさい、ってよく怒られるんだけどね」
たははと頭を掻く寝屋川に、紗季はふと思ったことを尋ねた。
「そこまでしてとんかつにこだわるのには、何か理由があるんですか?」
「ん、理由?」
お茶のおかわりを貰いながら、寝屋川は少し遠い目をして口を開いた。
「そうだねー、ガッツリしたモノを食べることで、俺はまだまだ元気だぞーって思いたいのかなぁ」
「元気の証明ですか、なるほど」
合点がいった様子の紗季。
「そうそう、例えるなら午後からの寝屋川慎司に対してガツンと気合いを入れたいんだよ、カツ(喝)だけにねっ!」
「ここで唐突なオヤジギャグ……寝屋川課長の部下でなくてホント良かったです」
「あらっ」
「ただ、ここのとんかつはとても気に入りました」
机から肘をズリ落とした彼に対して、紗季はニヤリと微笑んで、席を立ちながら言った。
「今度は3人で来ませんか?ウチのボスもお誘いして」
「新旧とんかつ同盟の揃い踏みだね、承知した」
嬉しそうな寝屋川の返事を耳にしながら、紗季は食事前スマホに収めたヒレカツ定食の写真を早速上司に共有しなくては、と考えていた。
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