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夢日記を元にした短編・純粋な夢日記

箱庭
 灰のような雪が降っている。子供たちは皆同じ服を着て、同じブーツを履いている。同僚の彼女が同僚の家に見知らぬ子供を沢山連れ込んでいるらしい。上司と退勤する。真っ暗な階段を抜け、外に出る。雪が3センチ程積もっている。「この町には慣れましたか。」と聞かれて、「だいぶ慣れました。静かで過ごしやすい町ですね。」と答えた。陰鬱な町だった。海岸がプールのように整備された海があった。この町の人間はここに海があることを、見る度に思い出し、その日のうちに忘れることを繰り返している。私もそうなってしまったようだった。毎日新鮮な気持ちで海を眺める。鉄の塊のような船が黒煙を吹き出しながらやってくる。浅瀬には巨大な亀がいて、船に攻撃を繰り返している。甲羅と金属がぶつかり合う音が響いていた。人が落ちても誰も気に留めない。「今日も歩いて帰るんですか?」と聞くと、「いえ今日は電車で帰ります。」と言った。電車はこの町の中をぐるぐる回っているだけだ。この町からは出られないことを思い出した。きっと明日には忘れる。これを何度も繰り返している。

 行方不明者が増加していた。行方不明者は皆青い物を身に着けていた。青い目の人間はいなかったので安心した。探偵が行方不明者の写真をホワイトボードに貼り出して、助手の女と一緒に唸っていた。お茶を飲みながら眺めていたが埒が明かないので「それは山怪鳥の仕業だ。山怪鳥は青いものを集めますから。山にいるあの化け物が人を攫っているのでしょう。」と言ってやった。頭を心配された。最近おかしいですよ、どうされたんですか、と探偵の助手が私の肩に手を置いたので目眩がした。お茶のお礼を言って事務所を後にし、ひとりで山に行くと、たくさんの衣服が散らばっていた。やはりそうかと気持ちが楽になった。

 爬虫類のみを展示している水族館のようなものがある。海からは亀と船のぶつかり合う音がずっと響いている。こんな近くに海があったことに驚いた。先程も同じように驚いたことを思い出したが、すぐにどうでも良くなった。複数の職員が「……ですから私たちは爬虫類と分かり合えます。爬虫類は人類の良き隣人となりうるのです。哺乳類よりも頑健なその身体は賞賛に値します。我々は爬虫類を手懐けることができます。爬虫類と我々は共存できるのです。竜を迎えましょう。爬虫類にも知能があります。人間の要求に応えるだけの知能があるのです……」と演説を繰り返している。小規模な人だかりができていたが、聴衆は皆虚ろな目をしていた。子供が笑い合い、風船を持って駆け抜けていく。海生爬虫類が展示されていた。水槽の内側には細かな傷が無数についている。隅の方ではワニを調教している職員がいた。縄や鎖で縛りあげ、言うことを聞かせているようである。眺めていると、どこからともなく飛んできた小さな亀に噛み付かれた。そっと外して地面に置いた。またすぐに飛んできた。腹が立った。

 鐘の音が断続的に聞こえる。もう慣れてしまった。灰色から黒のグラデーションを繰り返す空にも慣れた。アパートの外階段を上る。下から三段目が壊れかけているので飛ばす。金属の扉を開けて部屋に入り、時間をかけて編み上げブーツを脱いだ。部屋の中は冷え切っていた。小さな机と2つの椅子の他は何も無い部屋である。寝室も2つある。私と、誰かが使うためのものである。その誰かを待っていた。人の命が足りないと思った。この町は狂っているが、それでもまだ足りないと思った。仄かな絶望だけがあった。この町からは出られないということを、明日にはまた忘れているだろう。陰鬱な町だ。シーツを被って横になった。

 柔らかな日光が白いレースカーテン越しに差し込み、コーヒーの匂いがかすかに漂って、優しく誰かが髪を撫でてくれる夢を見た。幸せだった。

 冷えきったベッドで目が覚めた。人の温もりが恋しかった。凍結防止のために少し緩めておいた水道の蛇口から、一定の間隔をおいて水の垂れる音がしている。糊のきいた真っ白なシーツの感触を手のひらで確かめているうちに、その「誰か」の記憶が急速に抜け落ちていくのを感じて恐ろしくなった。どうにかして忘れないように、とその場に蹲ったが、すぐにどうでも良くなった。

 今朝も重苦しい曇天である。壊れた鐘の音が鳴り響いていた。小さなキッチンのシンクに向かい、真水で顔を洗った。トースターで朝食のパンを焼いている間、コーヒーを淹れたが、うまくできなかった。もっと美味しいコーヒーを知っている気がしたが思い出せず、気持ちが沈んだ。誰かに教えてもらって気に入っていた古い音楽すら思い出せなくなっていることに気付き、吐きそうなほどの焦燥に駆られたが、それも長くは持たなかった。

 身支度を整え外に出て、下から三段目に気をつけながらアパートの外階段を下りた。細かな雪がちらつき始めていた。職場に向かって歩いていると、鉛を溶かしたような海があった。こんな近所に海があったのか、と少し驚いた。一筋の希望でさえあった。ついに足りたのだ、外に出られるのだ、とコンクリートが打たれた海岸に向かって一歩踏み出そうとしたとき、足下の烏が飛び立った。それから、自分が何度もこの一連の動作を繰り返していることを思い出した。

 悪い夢を見た朝は決まってこうなるのだ。亀と船がぶつかる音が絶えず響いており、頭がクラクラした。今朝見たはずの夢が思い出せない。悪い夢であったはずだ。そうであってくれと祈りながら先を急いだ。それもすぐにどうでも良くなった。


見合い

 人と話すのは苦手だ。腹の底では何を考えているのかわかりゃしない。強引に整えられた見合いの席で自らの不幸を呪った。大体おれが誰かと一緒になるなんて想像すらできない。両親ともおれの気質を十分了解しているはずなのに、やれ家を継げだの嫁を取れだの煩くてかなわない。
 可哀想だがどんな娘がやってきても破談にしてしまおうと障子を睨み付けていると、急に辺りが暗くなった。外を見ると、見事な庭園にも影が差して陰気な様子である。肌寒さを感じて熱い茶を啜って待つ。
 音もなく障子が開き、神輿のようなものを担いだ男が二人入ってくると、おれの対面にその神輿を置いた。二人は「ごゆっくり。」と呟いてそそくさと出ていった。神輿のようなものには白い布が掛けられており、ちょうど座っているおれと同じくらいの大きさである。人のような形をしているようにも見えるが、全体像は窺い知れない。埒が明かないので、机越しに布を取った。
 中身と目が合って総毛立った。──布の下から現れたのは美しい着物を着た人形だった。肌に柔らかさを感じそうなほど精巧に作られており、首には無数の切り傷が付けられている、おれと同じ顔をした人形だった。


八月三十一日

 干からびた入道雲の死体を拾い集め、可燃ごみで捨てる。ここのところ日が短くなった。陽炎も死んで、しかし亡骸は残らず空気に溶け込んでいる。蒸して呼吸が苦しくなるのはそのせいである。入道雲の死体はそこかしこに落ちている。昨年の夏、彼は無言でそれをつまみあげて口に放り込み、サイダーで流し込んだ。そうしてぼくにキスをした。薄らと血の味がした。彼の唇が切れていたのか、それとも入道雲が血の味なのか、僕にはわからない。萎れた向日葵が項垂れて僕を覗き込んでいる。まるで亡霊だ。踏切の音がする。夏が終わる。

雷雨

 雷の音で目が覚めた。気づかないうちにソファでうたた寝をしていたらしい。雨が激しく降っている。眠気が強すぎて身体が動かせなかった。これが高じて金縛りになるのだろうかとバラけていく意識の中で考えた。喉がカラカラに乾いて舌が張り付くようだ。前髪が目にかかって鬱陶しい。そういえばコンタクトレンズが目に入ったままだった。目がほとんど開けられない。床が軋む音がした。幻聴か、もしくは夢だとわかっていた。どうせ動けないので無駄な努力はしない。断続的に空が光り、轟音が鳴り響いている。その度に一瞬だけ意識が明確になる。呼吸が深く緩やかになっていくのを感じていた。重力を意識していた。やっとの思いで僅かに開いた目で見た部屋は青く沈んでいた。ついに意識は頭蓋の中でバラバラになった。雨が降り続いていた。


夢日記

1

 歯の生え揃った乳児を抱く夢を見た。
乳児の両親が満面の笑みで、放り投げるかのように渡してきたので受け取らないわけにはいかなかった。乳児は僕の顔に手を伸ばし、歯をガチガチと鳴らした。大きく口を開けた乳児の両親には一切の歯がなかった。紫色の床だった。

2

 飛んでいる羽虫のような妖精を捕まえて瓶に詰める。瓶ひとつにつき5匹ずつ。淡く発光しており、強く振ると妖精同士がぶつかり合ってチカチカと明滅する。3日経つと妖精たちは死ぬ。死んだ妖精は琥珀色の砂糖になるので、小皿に盛って庭に置いておく。すると甘い匂いにつられてまた 妖精がやってくる。

3

 水族館に行った。全面が水槽になっている通路を進んでいくと、道幅がどんどん狭まっていることに気がついた。引き返そうという気は起きなかった。どんどん歩いていった。巨大な魚たちが水槽のガラスに体当たりを繰り返している。見ると、視線はどれも私を捉えていた。鋭い歯や、硬そうな鱗が頼りない明かりに反射している。通路全体がギシギシと音を立て始めた。私は急に恐ろしくなった。どうしてひとりでこんなところにきてしまったんだろう。

4

 床がのたうつような感覚があった。目眩がして、開け放した窓から風が吹き込み、強い日差しが足先を焼いた。もうじきここは光で満たされ、おれの命は潰えるだろう。
ただ美しい残暑であった。

5

知らない女と手を繋いで歩いた。その女は僕を愛していると言った。恐ろしかった。

6

近所のコンビニにクラゲの缶詰なるものが売っていた。550円。イマドキ缶切りでなければ開けられない缶詰か。いや、裏を見ると 缶切りでも開けられないと注意書きがされている。コンクリートの壁に力一杯叩きつけることでしか開けられないらしい。中身のクラゲはいったいどうなってしまうのか。缶を叩き割ってみると、水風船のように弾けた。中は空っぽだった。

7

 檻の中に閉じ込められていた。檻には布が掛けられていて外の様子はわからなかったが、ゆらゆら上下に揺れて船の中のようだった。自分の手を顔のすぐ目の前に持ってきてようやくぼんやり形が見えるくらいの状態で、たくさんの誰かのすすり泣きを聞いていた。

 大きな音がして一度だけ大きく檻が揺れた。外から微かに叫び声が聞こえて、人々が走り回るような音がした。騒いだら殺されると思ったから、息を殺してじっと様子を窺った。扉が乱暴に開かれる音がして、たくさんの人が部屋に入ってくる気配がした。周囲のすすり泣きは大きくなり、小さな悲鳴が上がる。固いものを引きずるような音が長いこと続き、声も聞こえなくなった頃、唐突に檻にかかった布が剥ぎ取られた。眼帯をした男がこちらを覗き込んでいた。

眼帯をした男は海賊船の船長だと名乗った。助けてもらったお礼を言うと、深刻な顔で「実は暗闇が怖いんだ。」と打ち明けてきた。夜空から星をもぎ取り近くにあった鳥かごに入れて渡すと、とても喜んでいた。

遠浅の海である。夕日に照らされ海水は金に輝く。波に削られ小さく丸くなったガラスが 砂浜の役目を果たしている。周囲には誰もおらず、生物の気配もない。靴を履いたまま海に入り くるぶしまで浸かった。

9

雨が降っている 湿った匂いがする
空地が重たい。水中にいるようだった
静かな木の床に椅子がひとつ レースのカーテンのかかった縦長の窓
誰もいない。椅子に座らされている

場面転換

床に寝ていて、人が目の前に立っていた。何か話しかけてくるが、眠いので何を言っているのかわからない。腹をつま先でつついて、去っていった

ショッピングモールの中を歩いていた。いつもの吹き抜けぶち抜きエスカレーターに乗って、いつも通り後悔した。誰もいなかった。大きなスクリーンにさっきの部屋が映されていた。誰もいなかった。床には10センチくらい水が張っていた。

10

手先が器用で足の速いゾンビが大量発生した。怖くて怖くて、早く死にたかった。夜だった。一軒家の2階の窓から脱出して靴下のまま走った。速く走れなくて恐ろしくて吐きそうだった。大きな川が流れていた。ゾンビは泳げないのでそのまま川に飛び込んだ。複数のボートで隊列を組んで避難生活をしている人達に拾ってもらった。寒さと恐怖でガタガタ震える僕を慰めてくれた。女の人しかいなかったので、厄介事に巻き込まれたら嫌だなと思った。

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