K102Eのデザインができるまで
本記事では、Eurorackモジュール「K102E」のデザインについて、思想的背景と制作過程を記録しています。
シンセサイザーとは、音をデザインするための装置です。
このような装置を使うにあたって、本来は関係ないはずの視覚的な情報も、音の制作に影響を与えると考えています。どんな音が鳴るのか分からなくても──いや、分からないからこそ、「どんな音が鳴るか、なぜか初めから知っているような気がする」──そういう感覚をつくることが、大事だと思っています。
弊社K102Eは、3基のDCOを搭載したEurorackモジュールです。ハードウェアですが、VCV Rack用のプラグインとしてもリリースしています。
このモジュールは、1940年代の日本語タイポグラフィを使った少し変わったデザインを目指しています。何かの間違いで戦前の日本から輸入されたような、そんな見た目を目指しました。
しかし、このモジュールはフルデジタルであり、アナログ回路でのシンセサイズは行っていません。
「どんな音が鳴るか」は実際に手に取って確認していただくとして、開発プロセスの多くを占めたデザインの話をします。
はじまり
一般的なシンセサイザーのパネルには、英語が使われるのが普通です。ユーザーの多くは専門用語を理解している人たちなので、それで困ることはあまりありません。
けれども、子どもや、英語に馴染みのない人にとっては、それが少しハードルになります。
その点を解消しようと、「ユニバーサルデザイン」を取り入れたシンセサイザーもあります。ピクトグラムや記号を多用し、言語をできるだけ使わない設計です。
このジャンルの代表的な例として、Dato DUOというシンセサイザーがあります。まるで知育玩具のように可愛らしく、それでいて立派に音楽が作れます。小さな子どもと大人が並んで触れる楽器として、完成度の高いプロダクトです。
記号によるインターフェースは、Susan KareのMacアイコンにも通じます。昔のMacを触ったことがある人なら、言葉よりも絵のほうがしっくりくる感覚を覚えているかもしれません。音楽の道具でも、似たようなことができると思います。
では、英語でも記号でもない言語・・・たとえば日本語で作られたシンセサイザーは、存在するのでしょうか。
少し探してみると、伝説的な旧ソビエト連邦のPolivoks(ロシア語表記)や、Meng Qi(中国語表記)のモジュールが見つかります。
日本にも、電子箏や電子大正琴など、伝統楽器をもとにした電子楽器には日本語のラベルが使われてきました。高齢のユーザーが多いため、機能を覚えやすいように、という意図があると思われます。
ただ、Eurorackのようなシンセサイザーの世界で、日本語表記の機材は、ほとんど見かけません。楽器を作る側にも、使う側にも日本人はたくさんいるのに、不思議なことです。
2020年
2020年にシンセサイザー制作を始めました。その頃はヴェイパーウェイブが流行していて、日本語テキストを特徴とするシンセサイザーが登場するはずだと思っていました。しかし、その期待は見事に裏切られました。
そんなことなかったです。誰も興味がありませんでした!!
そこで、飽和状態にあるシンセサイザーのオリジナリティのため、僕は自分のアイデンティティを埋め込むことに努力しようと考えました。
最初に構想したプロジェクトは、EDP WASPに似たタッチキーボードを搭載した「忍」というデスクトップシンセサイザーでした。
日本語を採用しようと考えましたが、単にカタカナを増やすだけでは意味がないことに気づきました。現代のカタカナ表記は英単語の音写に過ぎず、デザイン的な独自性がまるでないのです。逆にわかりにくい。

同時に、「アイランド・シンセシス」という概念も持っていました——ウェストコーストでもイーストコーストでもない、独自の日本的な哲学を持つシンセサイザーです。例えば、CZ-101風のフェーズディストーションをオシレーターに、初期のKORGのようなトラベラースタイルのフィルターを使用するといった具合です。
このプロジェクトを実現するには膨大な労力が必要だったため、最終的には闇に葬り去りました。
2022年
この考えはしばらく発酵を進めました。


ある時、オンラインオークションで軍用送信機を偶然見つ蹴ました。通信機器や「ラヂオ」のデザインは、一見古臭いのに、妙に新鮮さを感じたのです。脳が錯乱するような時間的混乱。これだ!と思いました。
日本語での単語の置き換えを探る中で、中国語の専門用語や戦前の日本語の"敵性語排除"時代の用語に、単純なカタカナ転写を超えた異様な魅力を発見しました。これらを意図的に使用すれば、現代の感覚とは異なる、オーパーツのような雰囲気を作り出せると考えました。
このようなレトロな日本語表記こそが、場違いな工芸品や並行世界—「もし日本が独自の電子音楽文化を発展させていたら」という異常な想像上の世界—を表現できると思ったのです。現代的な文脈で「オシレータ」ではなく「音波發生裝置」のような用語を使用することで、単なるノスタルジアを超え、時間と空間を跳躍するデザイン言語を構築できると、そういうことです。
特に、1930年代から1940年代の日本の軍事および民間装置のデザイン言語を学習しました。当時の装置は、機能性を重視しながらも独特の美学を持っていたのです。特徴としては、漢字とカタカナの組み合わせ表記、太く力強いタイポグラフィ、整然としたレイアウトなど。これらの要素は、優れた操作性を維持しながらも、現代のミニマリズムとは異なる独特の美学を持っていました。



2023年
「音波合成実験機」シリーズでは、軍事装備のような外観を目指していましたが、やりすぎると右翼やファッシ的な印象を与えるかもしれないという懸念から、測定機器に近いデザインを追求しました。(最近はそういう表現が問答無用で一掃されることに懸念しています。)でも本当は、あの不気味が欲しかったです。
また、タッチキーボードのアイデアを再検討し、デスクトップシンセサイザーの開発を再開しました。


この期間中、実際にいくつかのコンポーネント、主にタッチキーボードの開発を始めました。これは、いつか必ず実現させたいです!

2024年

2024年にEurorackモジュールから始めることにしました。測定機器的なアプローチを継続し、EML ElectroComp 101の青いパネルにインスパイアされた青いデザインから始めました。
これらは金属プレートに青く塗装される予定で、人工的な経年劣化を施したレリック仕上げも検討しました。地下室に眠っていたものを青空に晒すことを目指しました。
パネルをカラーにするのは問題が多かったです。シンセサイザー自作界隈でよく使われる、PCBでフロントパネルを作ることが簡単そうです。
比較的シンプルな製品から始めることにしました。その後色々あり、完成したのがK102です。

当初はUSB電源のドローン・マシンとして計画し、PCB製造コストを最適化するために100×100mmのパネルサイズが選ばれました。
これが最初の製品となりました。
2025年
K102は最初「K102V」としてVCV Rackでリリースしました。その直後、物理的なハードウェア「K102E」が完成しました。


黒いパネルへの需要があったため、黒バージョンも製作しました。興味深いことに、初回販売では黒パネルのみが売れました。闇は光よりも人を惹きつけるのかもしれません。もしくは、受け入れられなかった。
取扱説明書を含むすべての要素をこのデザインで統一しました。
アクセシビリティ全無視です。まあ、オンラインマニュアルはちゃんと書いてます。

時代の雰囲気を忠実に再現することを目指し、戦前の家電マニュアルや、僕が尊敬する稲垣足穂の「第三半球物語」や「一千一秒物語」といった復刻の活版印刷を参考にしました。稲垣足穂のリベラルアーツ的な狂気を少しだけ忍ばせています。
デザインの確立
K102Eのデザインプロセスを通じて、コンセプトは単なる「日本語表記」から「オルタナティブな歴史的デザイン言語」へと変化しました。
歴史的文脈の再解釈:単に古いデザインを模倣するのではなく、「もし現代の技術が異なる歴史的文脈で発展していたら」という、時間の流れから分離したオーパーツ的世界からデザインする
言語的再構築:戦前の日本語の構造と単語形成に基づいて、現代の電子音楽用語を再構築する(例:oscillator → 「發振器」、primary → 「甲種」)
視覚的一貫性:現代の操作性を確保しながら、タイポグラフィ、シンボル、レイアウトに時代のスタイルを反映させる
文化的アイデンティティ:グローバルなシンセサイザー文化に独自の日本的視覚言語を導入することで、新たな表現の可能性を開く。
リソース
使用フォント
使用ツール
今後の展望
パネルにこのようなレトロスペクティブなデザインを採用することは、表現アプローチの一つに過ぎません。しかし、このデザインスタイルを共有するいくつかのシリーズを計画しており、今後の展開にご期待いただければ幸いです。
この試みは、本当に実験的な試みです。これからもよろしくお願いします。
