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なぜ恋人たちは、日常の中でセックスのように相手を思いやれないのだろう

Ⅰ.僕と彼女の出会いと別れ

僕と彼女は、数年前にアプリで出会った。

これから話すことは過去のことだ。
記憶があいまいな部分もあるし、今回のテーマに合わせて脚色している部分もあるから、フィクションのようなものだ。
(※性的な描写もあるので、その点ご了承の上読み進めて頂けたら)

彼女はフリーのイラストレーターだった。地方で個展を開くこともあり、その度に2、3週間会えなくなることがあった。活動を通じた友人も多く、東京にいる時もなかなか予定を合わせるのが難しい人だった。
僕の前に付き合っていた彼氏とは5年ほど続いたようだけれど、彼女と同じく個展をやるような人で、月1でしか会っていなかったらしい。
お互い自由に自分の人生を生きて、時々必要な時に会う。そんな関係が彼女には心地良かったのかもしれない。

僕らが付き合ったのは年末が近い時期で、彼女が毎年恒例だからと1ヶ月ほど実家に帰省したこともあって、僕たちも最初の数ヶ月は思うように会えない時期が続いた。
僕は結婚を目的にしていたので、もう少し会う頻度を上げたいと相談をしたことがあった。その際、時間の使い方の優先順位の話になり、「最後に残る関係はパートナーで、友人は結婚や子育てで今後どんどん減っていくんだから、パートナーを優先するべきじゃないか?」という持論をぶつけてしまった。

パートナーは、今後何かあったらお互い人生を預け合う存在で、だから自分以外の人の中で最も大切にすべき相手だという考えが僕の中にはあった。
けれども考えてみれば、僕らはまだ付き合って2、3ヶ月で、その時点で彼女の中で僕を最終的なパートナーに決めていたわけでもなかっただろうし、彼女の気持ちや状況を全く考えていない僕の勝手な言い分だったと思う。

今後僕らの関係がどうなろうと、彼女にとって今の友人関係はとても大切なものだ。僕はそれを悪者扱いするような言い方をしてしまった。

彼女はその言葉に怒って、そこから数回のデートは、楽しむというよりもお互いが思っていることを話し合う時間となって、緊張感のある険悪な期間が3週間ほど続いた。
最終的に、彼女は僕の話を聞いてくれて、それからの数ヶ月は展示前などのどうしても忙しい時期以外は基本週1で会ってくれるようになった。

週1で互いの家を行き来するようになると、少しずつ生活も見えてくる。彼女はお酒が好きで、友達とは基本飲みで会っていて、家にいる時もおそらくほぼ毎日ロング缶を飲んでいた。それを見ていて、さすがに体が心配になってしまい、これも自分のエゴでしかないのだが、2本目をおかわりしようとした時に止めてしまうことがあった。

極めつけは、僕の特性のようなものだが、少し物事を構造的に見たり分析したりして、冗談めかして皮肉を言ってしまう所があり、彼女が好きな番組を楽しんでいた時に、少し水を差すようなことを言ってしまった。
自分の中では、彼女が僕のコミュニケーションが苦手な人格をいじったりすることもあったので、その延長で冗談でじゃれあっていたつもりだった。
けれどこのことが別れのトリガーとなって、結果的に半年足らずで別れることになってしまった。

一方、彼女の気質として、LINEの返信が遅いということがあった。一度「私ってこんなんやで」とスマホを見せてくれたことがあったのだが、通知が何十件も溜まっていた。
ただ、こちらとしてはただでさえ予定が決まりづらくいつ会えるのか不確定な状況もあったので、連絡が何日も返ってこないのはストレスになっていたし、その間もインスタでは友人や仲間との交流などが投稿され続けていて、自分が大事にされていない感じがしてつらかった。

それでも、別れることになったあとで、なぜもう少し相手の価値観を尊重したり理解してあげられなかったのだろうと思ったりする。
彼女は自由に今を楽しむことが大事なタイプで、僕は未来を見据えて計画的に行動するタイプだった。彼女からすれば、会う時間やお酒、好きな番組、連絡頻度など、色々自由を縛られたように感じていたのだと思う。

彼女は自身について「人との距離感バグってるからなー」と笑いながら話すことがあった。だから僕は、その距離感に振り回されてしまう人間もいることを、少しだけ想像してもらえたら嬉しかった。忙しくて連絡できない時に「何日か返せないかも」と一言あるだけで、僕は安心できたと思う。

そういうお互いの価値観の大事な所への配慮が足りてなかったから、二人は別れることになったのだと思う。俗に言う「価値観の違い」とはこういうことなのだろうけど、果たして本当にそれだけだったのだうろか。

Ⅱ.僕と彼女のセックス

さて、ここで今回の話の起点となる、二人のセックスの話に移りたい。
付き合っていた半年間、関係が良い時も悪い時もあったものの、僕たちのセックスは別れる直前まで続き、それは回を重ねるごとに良いものになっていった(と個人的には感じていた)。

実は僕らのセックスは、付き合いたての頃はまったく盛り上がりのないセックスだった。彼女はあまり声も出さないし、反応がわからないので勘所も掴めず、僕も途中で萎えてしまったりしていた。
僕自身、年齢から性欲そのものが減り始めていたし、そんなにセックスにこだわらなくていいんじゃないか、という話をしたことがあった。すると彼女から明確にNOを出され、「セックスレスになったら他の男に乗り換える」と言われたので、やれることは全部やろうと思って一生懸命セックスに取り組むことにした。

そこから、自然とお互いに少しずつ工夫するようになっていった。挿入時に枕を腰の下に入れると彼女は良いようだった。胸や陰部の触り方も、彼女の少しの息遣いも見逃さないようにして、毎回試行錯誤して模索し続けた。

すると、少しずつお互い心も開けてきて、感じている時は声を出してくれたり、してほしいことを要求するような言葉も言ってくれるようになった。

彼女の愛撫もどんどん合うようになっていって、僕はこれまで口でイッたことはなかったのだけど、それだけでイキそうになったりもした。
それから、僕には少し触られるのが苦手な場所があり、これまではそこを触られないようにしてきたのだけれど、大好きな彼女にならと思って、ある時身を委ねてみたら、最初はとても優しく触れてくれて、それを続けるうちにどんどん気持ち良いと感じられるようになった。

要するに何が言いたいかというと、セックスの最中、二人は相手の体や心のことを思いやって、この人はどうすると気持ち良いのかなとか、これは嫌なのかなとか、お互いに相手の特性を知ろうと一生懸命向き合っていたのだと思う。

そういう心の交流の中で、素直な感情を相手に伝えることができるようになっていくのかもしれないと思った。僕は別れた後にこのことに気づき、涙が止まらなかった。

セックスの最中、僕たちは相手を喜ばせようとしていたし、傷つけないようにもしていた。どうして日常生活では、それができなかったんだろう。気づくのが遅すぎて、切なくて、悔しかった。

Ⅲ.価値観の違いとどう向き合うか

思ってることがあれば言えばいいじゃん。
多くの人はそう思うかもしれない。いや実際その通りなのだが、いざ本気で好きだと思える人と付き合ってみると、それが意外とできなかったりする。

彼女とは、付き合う前のデートで映画を観に行ったことがある。
その映画は家族を題材にしたもので、序盤、夫婦喧嘩のシーンが描かれていた。仕事を優先せざるを得ない夫に対して、妻が涙しながら感情をぶつけるシーンがあった。
映画を観たあと二人で感想を言い合った。僕は仕事の都合だとしても夫の態度が良くないよね、と言った。彼女は逆に、涙で察してほしいみたいな女のやり方は苦手やなぁ、と言った。思ってることがあるならちゃんと言葉で伝えるべきだと。

けれども、実際の僕らはその時の会話のようにはならなかった。映画の夫婦と同じように、お互いに不満を抱えながらも本音を言い合えず、すり合わせることもできないまま、終わりを迎えてしまった。
好きな相手にこそ、傷つけたくなかったり、臆病になったりして、思ったことを伝えるのは難しい。

であればどうするか。
言えないんだったら、まずはこちらから聞けばいいのだと思う。

恋人たちは、付き合い始めてお互いに好きな気持ちが確かだと感じると、ついわかり合えた気になってしまう。初対面の頃のような、相手を気遣うコミュニケーションを忘れてしまう。

大事なのは多分、常に相手に興味を持って、相手を知ろうとすることなんだと思う。
少しでも相手が不満そうだったり、何かいつもと様子が違うなと違和感を感じたりした時に、「ごめん、今のもしかして良くなかった?」とか、「どんな気持ちだった?」とか聞いてみたり。もちろん逆に楽しそうな時や嬉しそうな時も、同じようにその気持ちを聞いてみる。

そうしていれば、相手がどんなことで傷ついて、どんなことで喜ぶのか、少しずつ勘所がわかってくる。セックスの時には自然にできていたことなのに、僕たちはなぜか日常ではそれを忘れてしまう。

今更こんなこと、彼女が見ないところに書いても、意味ないよなぁ。
けど、忘れないために書いておいたほうがいい気がして。


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