見出し画像

最初と最後だけ読んでください|ペラペラエッセイ


わいわーい、あせってます。
みなさんのnoteを読みに行けてなーい。
ゆっくりだけど、読みにいきます!

くっそー、敗因はわかっている。
AIとのやり取りを記事にしたことだ。
まとめるのに時間がかかってしまうんだ。
読む時間がなくなっちゃったじゃないか。

こちらが油断していると、AIはものすごくしゃべってくる。説明好きで、それを箇条書きにして、その上さらに、まとめ文を添える。
そんな長ったらしいことをそのまま記事にしてもなぁ、読者さんを「なに読んでるんだっけ?」迷子にさせたくないし、なんとかまとめたいな。と思うと、なかなか大変なんだ。
「やり取りの大筋を理解してもらうには、どう構成するか」「まるまる削っていいところはないか」「残すところの要点は?」 ──アタシャ、ソンナニ デキナイヨ。

時間かければできるかもしれませんが、「わたし、ストックないんで」。んふ、ちょっと女優ぶってみました。「いま書いてるものを、いま──」的標語を掲げてやってるんで。note。
(いや、チガウ。ほんとはストックいっぱいほしい。)

なんだっけ? あ、そうそう。
昨日の記事はAIの言っていることをまとめるのに時間がかかってしまって、投稿する時間がずれ込み、そのままnoteを読む時間も減ってしまったってことだね。


なんか思いつくままに書いていますけど、さらにもうひとついいですか? noteについて日々思っていること。

あの、わたし。
かなり臆面もなく、いろいろ書いていると思うんです。「note書けなーい!」然り。失敗談や、うまくできないこととか。わたしの残念なところとか、不名誉なことも、書いちゃう方だと思うのです。

なのにね。「創作」っていうのかな、ショートショートとかストーリーのあるものを書こうとすると、身構えてしまって書けないのです。
それが不思議で。
どうも「大したもの書けないし」と考えしまうっぽいんですよね。

いや、いいじゃん。いまだって「大したもの」書いてないし、「大したもの」ってなによ。

──って思うんです、だけど。
なんなんでしょうか、これ。
あれですか。
自分に「創作する力」がないのを認めるのが嫌で、そのへんのありがちな感情を持ってきて「書けない理由」に仕立てているだけですか。

書いてみりゃいいのになー、と気楽に語るわたしも隅っこの方に居るんですけどね。自分の向く方を変えさせる調整力を発揮させなきゃな。

いや、なんのはなしでしたっけ。



……というわけで、みなさんのnoteゆっくり読みにいかせていただきまーす!
ってことが言いたかったはずの1071字でした。






#結論は最初と最後に




いいなと思ったら応援しよう!

くろいるすけ ◇お読みいただきありがとうございます◇心の糧です◇記事の購入に使わせていただきます◇部屋を彩る花になるかもしれません◇犬のおいしいごはんやおもちゃになるかもしれません◇いただいたお気持ちを大切にいたします◇

この記事が参加している募集