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「文章を書くときは”報告”ではなく、”追体験”させてください」と言われた話

長いあいだ、本をつくる仕事をしてきた。ビジネス書、自己啓発書、実用書。編集だけでなく、著者に徹底的に取材した上で自分で原稿を書くことも多かった。だから「書く」ことは、好きなほうだ。

今年のはじめにビリギャルを書いた坪田信貴さんの勧めで、著者として小説を書くことになった。出版社の中には、本を世界中に届けようと奮闘している社員たちがいる。そんな人たちの物語。

とはいえ、自分に書けるのかな…と不安の中ただ時間だけが過ぎていた。春になった頃、坪田さんから「いつ頃、出そうですか?」とプレッシャーが。穏やかな顔をしているが、言葉は厳しい。「頑張ります」と子供のような返事をして、慌てて書き始めた。

難しい……。シーンの作り方も、キャラクターの作り込みも、地の文とセリフのバランスも、一文ずつの作り込みも、全部が未知の世界。これまでに「文章を書いてきた」という自信は、数ページ書いたところで崩れ去った。

とにかく、1冊書き上げる。粗くてもいいから、書き上げて、編集者に渡して感想をもらってからが本当のスタートだと思っていた。書き上げた原稿を担当の池田るり子さんに見てもらった。池田さんは、世界で930万部を超えた『コーヒーが冷めないうちに』(川口俊和)の編集担当であり、今話題の『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』(川代紗生)も手がけている。

原稿を読んだ池田さんは、丁寧にフィードバックをくれた。この小説のテーマをもっと色濃く出すにはどうすればいいか、どんなシーンが足りないか、キャラクターの描き方はどうあるべきかなど、小説を初めて書く僕には新鮮なことばかりだった。特に響いたのは、次の言葉だった。

「文章全体が、出来事の”報告”になっています。読者に報告するのではなく、”追体験”させてください」

報告ではなく、追体験……。

ビジネス書や実用書を書くときは、いつもゴールを決める。読者にどんな状態になってほしいかを設計して、そこへ最短距離で「連れていく」道筋を書いていく。それらのほとんどは、著者が「こう考えた」「こう迷った」「こう行動した」「その結果こうなった」という”報告”だ。一文ごとに、読者に迷わせない。寄り道させない。気持ちよく目的地まで運ぶ。それが親切だと信じてきたし、実際それで何冊もの本を書いてきた。そして、その手癖のまま、小説を書いた。

たとえば、主人公の女性が「悲しんだ」シーン。僕は「彼女は悲しんだ」と書き、それに伴う状況を説明し、理由を補い、読者が悲しさの種類を理解できるように言葉を尽くした……つもりだった。

その文章を読んだ池田さんは、僕にこう説明してくれた。

「悲しいと書かないでください。悲しくなる状況を書き、主人公の彼女がどこを見ていたか、どんな手の動きだったか、声が出たか出なかったかを書いて、読者の心の中に悲しみが立ち上がるようにしてください」

そうか、「彼女は悲しかった」という表現は、読者が感じるより前に”報告”をしてしまっているんだ。読者はもう、自分で悲しむ必要がない。説明された感情を、外側から眺めるだけになる。これでは、追体験できない。

この一言を受け取って、僕はある事実に気づいた。これまで書いた原稿を、ぜんぶ書き直すことになる。普通なら、気が遠くなる話だ。積み上げたものが、土台から全部間違っていた。けれど不思議と、落ち込まなかった。むしろ、わくわくしていた。自分の中に、いままでなかった筋肉が一本ずつ増えていく感覚があったからだ。

僕にとって「小説家」は、ずっと憧れの存在だった。言葉の力だけで、読者に物語をまるごと体験させてしまう。そして、生きる力まで手渡す。あんなことができる人は、世界にそう多くない。そこには、人間に対する途方もなく深い洞察が要る。世の中に「著者」や「ライター」と呼ばれる人は数えきれないほどいるけれど、「作家」「小説家」と胸を張って名乗れる人は、本当にわずかだ。だから僕は、自分には無理だと決めて、長いあいだその深い森に近づかずにきた。

その僕が、いま書いている。積み上げてきた実績もプライドも、自分には無理だという思い込みも、ひとまず脇に置いて、池田さんに教わりながら「知らない自分が出てくる」のを、面白がっている。

僕は何歳になっても、新しい森に入っていく人でありたい。

入り口は、何度立っても少し怖い。ルートはわからないし、抜けられる保証もない。けれど、その森を先に抜けた人が隣を歩いてくれるなら、話はまったく変わってくる。「物語を書く」ってすごい仕事だなあ。

実は、いま僕に「物語を書く」ことを叩き込んでくれている池田さんが、「講師」として小説家養成講座をはじめる。子供の頃から何万冊もの小説を読んできた文学少女は、やがて世界の人たちの心を揺さぶる素晴らしい小説の編集者になった。

そして、もう一人の講師は池田さんが担当して10万部を突破した『月がきれいな夜に、誰かに思い出してほしかった』を書き上げた川代紗生さん。デビュー作は世界15カ国で翻訳が決まり、もとはエッセイの書き手で、長い物語を書き切ることに8、9年もがいた人だ。だからこそ、書けない苦しみを誰よりも知っている。

今をときめく作家と編集者がタッグを組んだのが『ビジョナリー小説家養成講座』だ。書き手の技法と、編集者の視点。この二つを同時に浴びられるのが、この講座の核心だと思う。さらに特別講師として、『ビリギャル』の坪田信貴さん、そして『コーヒーが冷めないうちに』の川口俊和さんも登壇する。

ゴールは、短編を一本、最後まで書き切ること。そして最終プレゼンを通過すれば、サンマーク出版から、その場でデビューが決まる。出版社が自分で運営しているからこそできる、デビューに直結した講座だ。期間は今年11月から来年2月までの約4ヶ月。

ビジネス書や実用書を書いてきた人にこそ、と思う。「自分の言葉で、物語を書いてみたい」。その渇きに、この講座は正面から応えようとしている。何を隠そう、いまそれを誰より痛感しているのが、この僕自身なのだから。僕も参加して、その深い森に入っていきたい。


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