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〜「社会復帰」という名の、もう一つの冷たく高い壁と希望〜

7年の受刑生活という長いブランク。


浦島太郎状態だった私は、周囲の支えもあって、なんとかスマートフォンの設定や使い方の勘を取り戻すことができました。

「これでやっと、普通に働ける」

通信という命綱を手に入れた私は、刑務所の中にいた頃から決まっていた、解体業の現場へと意気揚々と向かいました。

しかし、いざ社会復帰の第一歩を踏み出した私を待っていたのは、「過去」という名のもう一つの冷たく高い壁でした。

現場で突きつけられた理不尽な格差と、遠ざかる現場
働き始めて間もなく、私はゼネコンの現場監督から、
自分の過去について根掘り葉掘り詮索されるようになりました。


「どんな罪名で入っていたんだ?」 「更生保護施設ではどんな生活をしているんだ?」


一度目を付けられてからは、執拗な嫌がらせや、パワハラとしか思えないような扱いを受ける日々が始まりました。

その現場には、私以外にもう一人、出所者の先輩がいました。
しかし、その人は元々解体業を長年やってきたベテランの職人。

現場監督からは重宝されており、同じ出所者であっても、私に対する扱いとは雲泥の差がありました。
仕事のブランクがある私への風当たりは、日に日に強くなっていきました。

耐えかねた私は、所属会社や社長に相談をしました。

しかし、会社側からは「どこも人手が足りないんだ。他の現場に移すこともできるけれど、今お前が住んでいる更生保護施設からだと、だいぶ遠い現場になってしまうよ」と言われ、なかなか動いてはくれませんでした。

そんな地獄のような現場で、私の心の支えになってくれたのは、周りにいた他社の職人さんたちでした。
私の境遇を察してか、みなさん本当に人が良く、何かと気を使って優しく接してくれたのです。

特に重機オペレーターの人には、散水の仕方(重機で解体すると粉塵やホコリが舞うので)、重機のアタッチメントの交換から人付き合いの仕方などを教えてもらい、本当にお世話になりました。



「何とかここでやっていこう」。しかし、彼らは別の会社の人たちです。

自分たちの担当する仕事が終われば、次の現場へと移っていってしまいます。

心の支えだった優しい職人さんたちが一人、また一人と現場を去っていくたび、私の孤独感は深まりました。

その後も会社と何度も話し合い、何回か現場を変えてもらうことにはなりました。

しかし、回されたのは通勤だけで片道2時間以上かかる遠方や、
わずか1日限りの単発の現場ばかり。

体力的にも精神的にも限界を迎え、私は社会復帰の第一歩だったその会社を、わずか1ヶ月で去る決断をしました。


「やっぱり、俺みたいな人間に居場所はないのか」


重い絶望が、再び胸をよぎりました。


スマホという命綱が繋いでくれた、日銭を稼ぐ泥臭い日々


しかし、あの「誰でもスマホ」に手に入れたスマートフォンだけは、
手元に残っていました。

会社を辞めて無職になっても、スマホがあるおかげで、私は社会から完全に孤立せずに済みました。

外の世界の情報を集め、次の生計を立てる手段を検索することができたのです。

定職を失った私は、次の就職先を探しながら、
とにかく今日を生きるための日銭を稼がなくてはなりませんでした。

そこで私は、Google Playストアで見つけた「バイトル」や、スキマバイトアプリ「タイミー」など、仕事探しのアプリに片っ端から登録しました。 バイトルで紹介されていた人材派遣会社(会社名は書けませんが)での説明会を兼ねた登録を行います。その後、自分が働きたい現場をスマホから予約して仕事へ向かいます。

私が最初に予約し働いた所は「浮間舟渡」にある、雑誌や本などの仕分け作業で、4時間で交通費込みで6000円くらいの仕事でした。

解体業での体力仕事をしていたので、あまり大変とは感じませんでした。
その他に、色々な軽作業の仕事に行き、日銭を稼ぎながら生活をしていました。
(現在どんな仕事に行っていたかあまり覚えていないのですが、最初の浮間舟渡の現場は記憶に残っています)


その人材派遣会社では、給料は3日後に精算してもらったり、1週間分をまとめて受け取ったりと、手元の現金を切らさずに生活を維持することができました。(銀行振込にするとすぐには給料はもらえず、さらに手数料が発生するので、登録をした事務所で精算していました)


「タイミー」の仕組み、現代のテクノロジーの進化には驚かされました。


アプリで募集を見つけて予約し、現場に行ったらスマホでQRコードを読み込んでチェックイン。
仕事を終えたら再びQRコードを読み込んでチェックアウトを登録する。
それだけで、その日のうち、あるいは翌日には自分の口座に給料が振り込まれるのです。

現場で「QRコードを読み込む」という当たり前の動作ができるのも、あのときスマホを契約できたからこそでした。

タイミーでは一度、Amazonの配達の仕事も経験しました。

このAmazonの配達では集積された荷物を台車に載せ替え、振り分けられた場所に配って行くのですが、地図アプリが不可欠で、それも「Google マップ」や「Yahoo!マップ」では対応できないので、もっと詳細な地図アプリが必要でした。

このAmazonの配達の仕事は常に募集があるわけではなく、企業側も定期的に枠を設けなければならない仕組みらしく、その募集は一回きりでしたが、私にとってはどれも新鮮で貴重な経験でした。

働く時間が長くても、短くても、とにかく毎日何かしらの仕事をして外の世界に出る。

それ自体が「自分は社会と繋がっている」という実感になり、
自分の力でお金を稼いで生活を安定させることが、
明日を生きるモチベーションに繋がっていくと信じていました。


「とにかく、何かしら行動を続けよう。自分を信じて、ここから這い上がるんだ」
そう心に誓い、必死に泥臭く働き続けました。


10年ぶりの包丁。洗い場からのリスタートと「100万円という価値」


必死に行動を続けていたある日、バイトルに登録している人材派遣会社の担当者から、直接私のスマホに一本の連絡が入りました。

「黒野さん、以前ずっと飲食関係のお仕事をされていたんですよね。ぜひ行ってほしい現場があるのですが、面接に行ってみませんか?」

紹介されたのは、誰もが名を知る某企業の「社員食堂」での調理補助の仕事でした。

時給1500円、4週8休のフルタイム。1年間の派遣社員としてのスタートでした。

シフトは基本的には朝8時から夕方17時までですが、
慣れてくれば朝6時からの早番や、片付けを担当する夜20時半までの遅番など、フレキシブルに対応してほしいとのことでした。

「もう一度、自分の得意な分野で勝負できるかもしれない」

私はすぐに担当者と面接へ向かい、ありがたいことにその場で採用が決まりました。


ずっと飲食の世界に身を置いていたとはいえ、私には7年以上のブランクがあります。包丁を握るのも10年以上ぶりのことでした。

「最初は戦力になれなくて当然。洗い場からでも何でも、ゼロから泥だらけになって頑張ろう」と、自分を強く鼓舞して初日を迎えました。


初出勤の日。「私は何をすればいいでしょうか?」と尋ねると、
現場は慢性的な人手不足。

午前中は仕込みを任され、午後はランチラッシュの洗い場と翌日の準備に追われました。

頭ではわかっているのに、10年以上のブランクのせいで手が思うように動きません。

仕込み一つとっても以前のように上手くできず、洗い場でも段取りが狂い、もどかしさに歯噛みしました。

それでも、私は諦めずに毎日現場に立ち続けました。

1週間が経ち、1ヶ月が経つ頃、止まっていた時計の針が動くように、
身体がどんどん昔の感覚を取り戻していきました。

テキパキと仕事をこなせるようになっていく私を見て、派遣先の社員さんたちも、少しずつ私にメインの調理を任せてくれるようになったのです。

ですが、一般的な飲食店と違い、ここは毎日何百人もの人が利用する巨大な社員食堂です。

その都度注文が入るオーダー制ではなく、一度に100人分以上の主菜、副菜、デザートを一気に仕上げる「大量調理」の世界。

そのタイムスケジュールとスケール感をこなすのは、決して容易なことではありませんでした。

それでも3ヶ月、半年と必死に食らいつき、工夫を重ねていくうちに、私は厨房のすべてを完全に任せてもらえるまでの戦力になりました。

そして、信じられないことが起きました。
派遣期間の終了を前に、派遣先の会社から
「派遣としてではなく、うちの直雇用(契約社員)として、直接この食堂に残ってくれないか」と、スカウトされたのです。


契約内容は、時給が100円上がり1600円にしてもらえ、さらに賞与や福利厚生もしっかりしていると言ってくれました。


派遣スタッフを直接雇用にするということは、企業側が私の所属する人材派遣会社へ、100万円近い紹介料(紹介手数料)を支払わなければならないことを意味します。


「過去に過ちを犯し、ブランクだらけで最初は全く戦力にならなかった自分に、100万円という大金を払ってでも、ここにいてほしいと言ってくれた」

その事実を知ったとき、胸の奥から熱いものが込み上げました。
過去を咎められ、理不尽に追い出されたあの解体現場の悔しさが、
すべて報われた瞬間でした。

不器用でも、ブランクがあっても、腐らずに「続ける」ということが、どれほど大切で、どれほど人生を変える力を持っているのか。私は身をもって知ることができたのです。

運命の悪戯、そしてスマホが繋ぐ「これから」の未来
しかし、人生は一筋縄ではいきません。

直雇用になってから1年が経った頃、昨今の歴史的な物価高騰と深刻な人手不足の煽りを受け、会社はその社員食堂自体を閉鎖する苦渋の決断を下しました。それに伴い、私はせっかく掴み取った職場を、会社都合により退職せざるを得なくなってしまったのです。

普通なら、ここでまた絶望してしまうかもしれません。
しかし、今の私の心は折れていませんでした。


スマートフォンがなければ、ハローワークに行き雇用保険の申請・登録はスムーズにできません。


【退職後にするハローワークでの流れ】

1. 退職後〜スマホで事前登録(求職申込み)
・スマホでの操作手順 前職の会社から「離職票(1・2)」が自宅に届いたら、ハローワークへ行く前にまずスマホで登録を行います。

※離職票が届いていなくても登録自体は先にできます。

スマホでハローワークインターネットサービスにアクセスする。
画面に並ぶ文字を一つひとつ確認しながら、私は「これで本当に手続きが進むのか」と、少しの不安と大きな期待が入り混じった気持ちで操作を始めました。

トップ画面にある「マイページを開設して求職申込み」をタップ。
メールアドレスを入力し、届いた認証キーを使ってパスワードを設定。

続けて、画面の指示に従ってプロフィール、職歴、希望する職種や給与、勤務地などの「求職情報」を入力する。

入力が完了すると「仮登録」となり、画面に「求職番号」が表示されます。

画面に番号が表示された瞬間、社会との繋がりが公的に認められたような気がして、心の底からホッとしたのを覚えています。

注意点: スマホでの仮登録完了から14日以内にハローワークの窓口へ行く必要があります。

期限を過ぎるとデータが消えてしまうので、離職票が手元にある状態で入力しましょう。

2. 必要書類の準備 ハローワークへ持参する書類一式を揃えます。
会社から届いた書類: 雇用保険被保険者離職票(1・2)、雇用保険被保険者証 スマホ画面: 仮登録後に発行された「求職番号」が分かる画面(スクショ等でOK) 本人確認・口座: マイナンバーカード(※)、本人名義の預金通帳またはキャッシュカード

※マイナンバーカードがあれば写真(縦3.0cm×横2.4cm 2枚)を省略できるハローワークが都内で増えていますが、念のため持参するか、事前に管轄ハローワークインターネットサービスを確認しておくと安心です。

💡 東京の注意ポイント: 都内のハローワークは非常に混雑します。
スマホで事前登録(仮登録)をしてあっても、書類チェックや窓口での面談があるため、**「遅くとも16時まで(理想は14〜15時前)」**には来所してください。

3. ハローワークでの初回手続き(本登録・受給資格決定) 自分の住民票がある住所を管轄するハローワークの窓口へ行きます。

窓口での流れ 受付で「離職票」と、スマホ画面の「求職番号」を提示します。 窓口でスマホの画面を見せる時は、自分の過去がどう判断されるのかと、少し緊張して手が震えました。

職員がスマホで入力された内容を確認し、不備がなければその場で「本登録」へ切り替わります(手書きの申込書を書く必要がなくなります)。 「はい、登録できていますね」という職員さんの言葉に、デジタルという武器を手に入れた実感が湧きました。


離職理由の判定が行われ、手続き完了日が「受給資格決定日」となります。

4. 待期期間(全員共通の7日間)
受給資格決定日の翌日から7日間は、一律で「完全に失業しているか」を確認する待期期間です。

ルール: この7日間にアルバイトや内職などで働いてしまうと、その分だけ給付が後ろ倒しになります。スマホでの副業や単発バイトもこの期間は我慢してください。

5. 給付制限期間(自己都合退職の方のみ:原則1ヶ月)
会社都合(倒産・解雇など)ではなく、自分の都合で辞めた場合は、待期期間終了後に1ヶ月間の給付制限(お金がもらえない期間)があります。

雇用保険説明会への参加(オンライン動画視聴の場合あり) 初回手続き時に指定された日時に説明会へ出席します。 (※東京都内のハローワークでは、混雑緩和のためスマホやパソコンでのYouTube動画視聴に代えている局も多くなっています) 6. 受け取るもの: 今後のお金の手続きに必須となる雇用保険受給資格者証と「失業認定申告書」を受け取ります。

7. 失業認定と求職活動(4週間に1回のサイクル)
原則として4週間に1回、指定された「失業認定日」に必ずハローワークへ行き、失業状態の認定を受けます。

求職活動実績(原則2回以上が必要)
次回認定日までに、2回以上の仕事探し実績が必要です。
スマホのマイページからハローワークの求人にインターネット応募(オンライン自主応募)したり、民間転職サイトから企業へ応募・面接を行ったりしたことも実績になります。

※窓口での求職相談・職業訓練相談なども実績になります。

認定日当日の流れ
ハローワークの窓口に「受給資格者証」と、活動内容を記入した「失業認定申告書」を提出します。

8. 失業給付金の振込
窓口で無事に失業の認定を受けると、認定日から約5営業日〜1週間後に、指定した口座へ4週間分の手当が振り込まれます。

以降は、所定の給付日数を消化するか、次の就職が決まるまで、【 4週間スマホ等で求職活動 ➔ 認定日にハローワークへ行く ➔ 振り込まれる 】のサイクルを繰り返します。


【職業訓練(ハロートレーニング)の内容】

私は会社都合での退職となったおかげで、現在、雇用保険(特定受給資格者)を受給しながら、新しい職場探しのサポートや国の職業訓練校・東京都が委託している民間の学校に通うことができます。

職業訓練(ハロートレーニング)の選び方と受講の流れ

公的な職業訓練には、主に以下の2種類があります。
これらは毎月のように新しい募集コースが公開されますが、タイミング選びが非常に重要です。
求職者支援訓練: 主に雇用保険(失業給付)を受給できない方を対象とした訓練(※受給中の方も対象となる場合があります)。
東京都公共職業訓練(委託訓練): 主に雇用保険を受給している方を対象に、民間の専門学校等に委託して実施される訓練。

1. タイミングが命!一期一会のコース選び
職業訓練の募集内容は毎月変動します。
「先月の募集リストには載っていた魅力的な学校が、今月のリストからは消えている」ということは日常茶飯事です。
自分が学びたい分野や学校が募集されているタイミングを見逃さないよう、定期的な情報収集が必要です。

2. 「年2回」受ける裏ワザと、原則1年1種類のルール
職業訓練は、原則として「一度修了すると、その後1年間は次の訓練を受けられない(連続受講不可)」という厳しいルールがあります。
しかし、以下の組み合わせに限り、ハローワークが認めた場合は特例として1年間に2回(連続)受講することが可能です。

💡 連続受講ができる唯一のステップ 最初に**「求職者支援訓練の【基礎コース】」を受け、その修了後にステップアップとして「求職者支援訓練の【実践コース】」または「公共職業訓練」**を受ける場合。

ℹ️ 詳細の確認について 職業訓練の募集状況、連続受講の適否、給付金の支給要件は、個人の就労状況やハローワークの判断によって異なる場合があります。具体的な検討や申し込みにあたっては、必ず事前に管轄のハローワーク窓口や、厚生労働省・東京都の公式ホームページをご確認ください。


3. 申し込む前に必ず「施設見学」を

基本的にやり直しのきかない一発勝負だからこそ、事前の準備が欠かせません。

気になるコースを見つけたら、必ずその学校に連絡して「施設見学」の予約を入れましょう。

自分が本当に学びたいカリキュラムが網羅されているか?
学校の雰囲気や設備は自分に合っているか?
就職サポートの体制はしっかりしているか?


これらを自分の目で見て納得してから申し込むことが、ミスマッチを防ぐ最大の防衛策です。

4. ⚠️ 最重要:始まったら「毎日出席」が絶対条件

職業訓練がスタートしたら、「毎日休まず通うこと」が鉄則です。 自己都合による欠席・遅刻・早退があると、その日分の手当(受講手当や通所手当、求職者支援給付金など)が支給されなくなるだけでなく、出席率が一定基準(原則8割)を下回ると、最悪の場合は退校処分になってしまいます。


病気や親族の冠婚葬祭など、やむを得ない理由で休む場合でも、必ず「証明書(領収書や処方箋、会葬礼状など)」の提出を求められます。スケジュール管理と体調管理を徹底して臨みましょう。

教科書代や交通費は最初、自分で負担しますが、後から戻ってきます。

ℹ️ 詳細の確認について 職業訓練の募集状況、連続受講の適否、給付金の支給要件は、個人の就労状況やハローワークの判断によって異なる場合があります。
具体的な検討や申し込みにあたっては、必ず事前に管轄のハローワーク窓口や、厚生労働省・東京都の公式ホームページをご確認ください。

・厚生労働省(ハロートレーニング特設サイト) 制度の全体像や、求職者支援訓練の仕組み、給付金の支給要件などが分かりやすく解説されています。 https://www.mhlw.go.jp/hellotraining/

東京都(TOKYOはたらくネット) 東京都が実施する公共職業訓練(委託訓練)の最新の募集パンフレット(PDF)や、月ごとの開講コース一覧、学校見学の案内などが掲載されています。 https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/

実は現在、次のステップに向けてWebスキル系の学校をいくつか実際に見学してみました。しかし、どうしてもカリキュラムが「事務職に特化したもの」や「プログラミングだけに特化したもの」ばかりで、自分が本当に学びたい領域とは少しズレがありました。


そこで私は、ただ妥協してどこかに入るのではなく、明確な戦略を立てることにしました。

まずは求職者支援訓練を活用して、全ての基盤となる「PCの基礎」を徹底的に叩き込む。

そしてその土台を作った上で、本当にやりたい「Webプログラミング・マーケティング」の専門領域へとステップアップしていくつもりです。

こうして、国からの支援を受けながら全く新しい知識やスキルを学び、次なる人生のリスタートに向けて前向きに挑戦できている日々が、本当にありがたく、充実しています。

そして何より、あの社員食堂で共に汗を流した大切な仲間たち、私を信頼してくれた人たちとの繋がりは、職場がなくなった今でも、決して切れてはいません。

私の手元にあるスマートフォンが、退職した今でも、彼らとの連絡をしっかりと繋ぎ止めてくれているからです。

一度は社会から拒絶され、誰からも信用されなくなった私ですが、諦めずに歩みを止めなければ、人は何度でもやり直せる。

そして、その歩みを最初に支え、社会との千切れかけた縁をもう一度しっかりと結び直してくれたのは、まぎれもなく「誰でもスマホ」という一本のライフラインでした。

激動の奮闘記は、まだ途中です。私はこれからも、自分を信じて、このスマホと共に新しい未来へ向かって真っ直ぐに歩み続けます。

今年撮った桜


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