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『世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか コンスタンティノープル征服』小笠原弘幸(2024・NHK出版)

オスマン帝国の奴隷って私たちがパッとイメージする「奴隷」とは全然違う。政治を担うエリートだったりお世継ぎの母だったりとなんだかスゴイ位置にいらっしゃる。
「奴隷」って正規のオスマンメンバーじゃない。法律の適用がないので好きに扱えるし(使い捨て可)、「あんた美人だね」つって単独でハレムに連れてこられたら外戚の問題もおこらない。権力側からしたらとっても都合のいい人材だったんですよという解説を読んで目から鱗。

オスマン帝国って結構多様性に富んだ国だったようです。宗教が違ってても、一応は、みんなが一緒に暮らしてゆける国。

さまざまな民族・宗教の共存については、これまでのオスマン帝国がそうであったように、歴史上実現させていた国家は少なくありません。しかし、「共存」のみならず「平等」を達成できている国家は、現在においても、ほとんどないのではないでしょうか。オスマン帝国は滅亡に至るまで、この困難な課題に向き合い続けてゆくのです。

p.140

初期のオスマン帝国は、ムスリムとキリスト教が混在した宗教的融合のもたらすエネルギーが横溢する集団でした。彼らが周辺諸国とは一線を画す強大な勢力に成長するにあたっては、こうした混沌が大きな原動力となりました。

p.147

混沌のパワー。

注意すべきは、トルコにおいてメフメト二世を讃える言説では、彼の治世に見られるコスモポリタン的な性格が、あまり言及されないことです。メフメト二世は、イスラム的な制度の整備を精力的に推し進めた一方で、ギリシアやヨーロッパ文化に深い興味を示した人物です。彼の意識に「トルコ民族」という観点は薄かったでしょう。また、彼が作り上げた国家体制における元キリスト教徒の存在は、生まれながらのムスリムをはるかにしのぐものでした。しかし『歴史』や征服五百周年記念祭、そしてエルドアン大統領による言及において、メフメト二世時代が体現していた複雑さや多様性は捨象されています。

p.150

何事も上辺だけをつらっと眺めたんじゃダメってことですね、先生っ。
各分野にものすごコアな研究者の方々がおられる意味。

我々には詳しい研究など絶対にムリなので、せめて『世界史のリテラシー』を読ませて頂きますねっ。


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