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あれはグラムの味だった

時々、夢の中でよくわからない歌(作詞・作曲/たぶん潜在意識の自分)が流れることがある。

そしてその日も、よくわからない歌が柔らかなアラームのように微睡を揺らした。
暑くも寒くもない、心地よい季節の明け方だった。

♫あ〜れ〜はグ〜ラ〜ム〜のあ〜じ〜だぁ〜あった〜〜〜

ややミディアムテンポの、フォークと演歌の間のような歌だった。

曲調はともかく、歌詞の意味はよく分からなかった。


せっかくなので大学生らしいことをするか!

早朝、その歌となぜかセットで思い出された大学の頃の自分。
(最近、思考が大学時代あたりを彷徨う傾向がある)

当時の自分が考える「大学生らしいこと」とはなんだったのか。

絶食


絶食!キリッ……じゃないのよ。

別に大人になってもできそうだし、ポジティブに書きましたが、要はお金がなかったんです。
お米だけは実家から送ってもらっていましたが、丁度切らしていたのと無心するのも面倒ということもあり、それならいっちょ絶食してみよう、というあらゆる方面から叱責を受けそうな可哀想な思考プロセスでした。

今ならば、リスクヘッジとして
「賄い付きのバイトを選んでおく」
とか
「パン耳がもらえるパン屋に顔を売っておく」
とか
「片栗粉を水で溶かしたものを主食にする鍛練をしておく」
とか色々あったかと思いますが、当時の田舎から出たての貧乏学生は
「(山で)この実は食える」
とか
「あそこに行けば天然のクルミが落ちてる」
といった知識はあっても、都会でのサバイバル能力は皆無だったのです。

結局、1週間くらい水道水だけで生きました。


3日目くらいから、空腹で夜中に目が覚めるようになりました。
大学へ行けば無意識に学食から目を逸らす自分がいました。
すれ違う子供がお菓子を持っていると、いよいよ窮して強盗する直前の人間の心理ってこんな?とぼんやり思うようになりました(もちろん犯行には及んでいません)

7日目の夜中に目が覚めた時が、いよいよ限界でした。
冷蔵庫の中にはたったひとつ、最後の砦として手を付けずにいた「鰯の缶詰」がありました。

真っ暗な部屋に溢れる冷蔵庫の灯り。
鎮座する缶詰。

迷いはありませんでした。
半開きの瞼のまま缶詰のプルリングを探し当て、蓋を全開にした(瞳孔も全開した)

仄暗い部屋、冷蔵庫の前にへたり込んで、僕は箸も使わず泣きながら鰯缶を貪ったのです。


幸いにも食うに困ることはなくなりましたが、そこまで回想して気付いたんです。
歌詞の意味を。
おそらく、

あれはグラム(数千円はする高級肉)の味だった

ということではないか、と。
まあ、高級肉じゃなくて鰯缶なんですけどね。
でもあの瞬間には、確かにグラム数千円の高級肉ほどの価値があったのです。

良い子の皆さんは真似しないでくださいね、でもこれだけは言えますよ。

生命の危機を救う味は涙が出るほど安堵するんです。本当ですよ。


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