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チーズバーガー元年

遅れて部屋に入ると、既に有識者懇談会のメンバーが着席していた。
厳かな空気を感じながら、私は自分の名前が書かれた席に座る。
周りを見渡すと、日本の中枢を担う面々が揃っていた。
有名大学の学長、公共メディアの会長、ノーベル賞を受賞した学者、教科書に作品が載る大作家。
これから、元号を決める責任の重さに誰もが緊張している様子だ。
視線の端に、スーツを着た金髪の白人男性が座っているのが見える。
あの人も元号を決める有識者の一人なのだろうか。白人男性は笑いながら隣にジョークを飛ばしているようだ。

やがて、政府関係者がゾロゾロと部屋に入ってきてホワイトボードに三枚の紙を張り付けた。
おそらく、今回の新元号案なのだろう。
一枚目は「安明あんめい」二枚目は「長光 ちょうこう」三枚目は「チーズバーガー」

驚いた、というよりも笑いそうになった。
大化の改新から千年以上経ち、行き着いた元号案が「チーズバーガー」だとでも言うのか。どれだけ悪い冗談だ。
政府関係者が有識者に意見を求める。私が意見を発する前に、有名大学の学長が先陣を切った。
「チーズバーガーとは、なんたる侮辱だ。日本の元号は、日本の文化だ。心だ。魂だ。断固として、チーズバーガーなどという元号はあってはならん」
顔を真っ赤にして怒る学長は、いかにも頑固親父という様子だった。しかし、この状況で頑固だという人はいないだろう。
日本の元号がチーズバーガーになるかもしれないのだから。
「チーズバーガーって。アメリカの文化でしょ? それを否定する気はありませんけど、ちょっと。風情がありませんわ」
こう言ったのは、大作家の先生。そして、隣にいる私に同意を求めてくる。
私は冷静を保つように努めながら、
「元号がチーズバーガーとなれば、チーズバーガー元年となりますよね。年号を言うだけで、注文してるみたいになってしまう。それは、ふさわしくないのでは」
と言った。途中で笑いたくなるのを必死でこらえた。
そこにいるほとんどの有識者が、チーズバーガーは論外という意見で一致していた。
しかし、先ほどの白人男性は肩をすくめ、首を横に振っていた。
「あのですね、チーズバーガーというのはUSAの文化ではないんです。この地球の文化なんです。チーズバーガーが嫌いな人類はいません。よりグローバルなジャパンにするためには、チーズバーガーにすべきなんですよ。それが近代国家のあり方なんですよ」
白人男性は身ぶり手ぶりを加えながら、熱弁した。
「しかし、今は日本の元号を決めている」
誰かが反論したが、白人男性はそちらをギロリと睨み
「なんですか? 私に異議を唱えることは、USAの大統領に異議を唱えることになりますよ。それで良いんですか?」
と挑発する。
「そもそも、お前は誰なんだ!」
また、誰かが声を上げた。すると、白人男性は襟を正して、大きな声で答えた。
「大統領府日本省元号制定委員の議長、マーク・スペンサーです」
日本にもない元号制定委員というものが、アメリカ政府に出来ていたのか。私は言葉を失った。
「し、しかしだね。カタカナの元号というものは、実例がないんだ! それだけは、なんとしても許しがたい」
学長がなんとかスペンサーに反論する。スペンサーは少し考える素振りを見せ、ホワイトボードに近付いた。
「なら、こうしましょう」

そんなことがあってから、30年が経った。私はこの事件を思い出しながら、500円玉硬貨を眺める。
硬貨の裏には小さな文字で「地図場画チーズバーガー30年」と書いてある。
あの日、スペンサーが出した代替案がこれだった。
「地図場画」と書いて、チーズバーガー。そんな元号も、やがて日本人は受け入れていった。
そして、「地図場画チーズバーガー」も今日で終わり。
また新たな元号を決めるために、私は有識者懇談会の部屋に入った。
部屋の中を見渡すと、ほとんどが白人男性で構成されていた。



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