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書くことで、自分のかたちが見えてくる。noteが僕に教えてくれた事。

「さあ、今日は誰を全力で喜ばせようか」を信条に22年間マーケティングに没頭中の菅智晃です。noteでは実体験で得た考え方をお届けしています。


書くことは、自分の輪郭を探す行為

noteで投稿を始めてから今日で90日目となります。ここまで毎日「読み書き」に触れる機会がなかった僕にとって、発見の多い新鮮な毎日です。

特に読むのが好きで「本」に目覚めるかもしれません。温度を感じる文章は本当に引き込まれます。

そして一方で、投稿する時に感じた事があります。

ふと、何をどう伝えていいのかわからなくなる事があります。語彙力がないのは置いといて、何度か言葉に手が止まりました。あなたにもそんな経験はありませんか?

そこで、手が止まる理由を風呂に入りながら考えてみたのですが、仮説が立ちました。

そもそも、書くこと自体が、自分を知るプロセスなのかもしれません。

書くことで、自分が「何を信じているか」が見えてくる

心理学には「外在化」という考えがあります。これは、頭の中でモヤモヤしていることを外に出すことで整理しやすくなるというもの。

書くことで、

  • 自分が無意識に大切にしていた価値観に気づく

  • 話していた時には見えなかった「こだわり」が浮かび上がる

  • 「これは違うな」と、曖昧な思いを自分で否定できる

つまり、書くことはただの発信手段ではなく、自分を掘り起こす行為でもあると。執筆中に気づく新たな価値観に思考が奪われるから手が止まる。この状況のイメージが伝わるでしょうか。

ただ、これは自分の輪郭を捉えている状態で、思考が出来ている良い傾向だと思うのです。(書けない理由の正当化説

実名発信は、自分との約束になる

ビジネスの発信において「実名で書く」ということは、自分の想いやスタンスを世界に問う、ひとつの宣言でもあります。

noteを実名に変えてからは2日目で、それを気にしているのは自分だけなのもわかっています。それでも「これは本当に自分の言葉か?」と何度も問い直します。

書くたびに、自分がどんな思いを届けたいのか、どんな人を応援したいのかが明確になります。実名発信は、自分の信用を土台にするからこそ、言葉が「自分らしさの輪郭」をはっきりと描いてくれると感じました。

「整ってから書く」のではなく「書きながら整える」でいい

多くの人が「まとまったら発信しよう」と考えます。でも実は、発信するからこそ、まとまっていくんですよね。僕もやってみて気づきました。

  • 書いてみたら、読み手の反応で見えてくることがある

  • 書き続けるうちに、「これだけは伝えたい」という軸が生まれる

  • 書くたびに、自分が本当に届けたい人がわかってくる

行動経済学でも「自己整合性」という概念があり、人は自分の発言や行動に一貫性を持たせようとする傾向があります。だからこそ、「発信している自分」が、未来の「在りたい自分」を少しずつ導いてくれるのかなと。

書くことは「誰かのためである」と同時に、自分への対話である

書くことは、誰かを励ます力にもなります。でもまずは、それが自分の理解を深める時間でもあることを忘れないようにしようと思いました。

あなたも、もし言葉に詰まった場合は、曖昧なままでもいい。書きながら、あなた自身の色や温度がにじんでくる。それが、誰にも真似できない「あなたらしさ」になっていく。うん、今も書きながら整理しています。

書くことで、自分の立ち位置が見えてくる

  • 書くことは、自分を「整えてから発信」するためではない

  • 書くことそのものが、自分の輪郭を明確にする行為

  • 実名発信は、自分の信頼と想いをのせる「在り方」の選択

  • 曖昧でも書き続けるうちに、自分の軸が言葉になっていく

何を届けるか迷ったら、まずは「自分に何を問いかけているのか」を書いてみる事をお勧めします。その一行に、あなたの輪郭がふわりと浮かび上がってくるはずです。

最後までお読みいただきありがとうございました!


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菅智晃|小さな事業を長く続ける技術 最後までお読みくださりありがとうございました!経験を積むほどに学びと挑戦に貪欲になっています。またぜひ見に来てください。そして繋がりましょう!

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