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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】『クール・ストラッティン』、再び (5/8)

主な登場人物
石井健一(プー):ジェイQの元メンバー。サックス担当。プロのサックスプレーヤー。
川口景子(ママ):ライブハウス『ジョイ』の経営者。
笠井三郎(サブ):ジェイQの元メンバー。ピアノ担当。ガンのため死亡。
安田久雄(ジョージ):ジェイQの元メンバー。ドラムス担当。安田運輸株式会社社長。
米田正志(マーシー):ジェイQの元メンバー。ベース担当。トラックの運転手。運輸会社勤務。
マスター:ライブハウス『ジョイ』の元経営者。病気のため引退。川口景子に後を託す。

5.解散ライブ

 『ジェイQ』の解散ライブはメンバーへの報告の二週間後に行われた。11月半ば、小春日和の日だった。
 夜7時開演。
 いつにもまして『ジョイ』はごった返した。演奏は終盤に近づくに連れて熱を帯びてきた。数曲に及ぶアンコールが終わって店内が明るくなっても、客はなかなか席を立とうとはしなかった。


 11時過ぎから始まった打ち上げには常連さん達も多く顔を出した。
 乾杯の後、常連達が石井を取り囲む。
「『ジェイQ』が解散するのは残念だけど、この店からプロが出るのは嬉しいね」
「プーさん、俺たちのこと忘れないでくれよ」
「俺たちの希望の星だ。頑張ってくれよ」
「ライブでも、コンサートでも、東京でも、北海道でも、行くからよ」

 門出を祝う気持ちと別れを悲しむ心とがい交ぜになって、いつもはにぎやかになるはずの打ち上げの場も今夜は心なしか静かだった。
 それもそのはず、いつもは音頭を取って盛り上げているはずの景子が黙々とジュースを飲んでいるからだ。
「ほら、ほら。お通夜みたいじゃないですか。プーを励ます会も兼ねているんだから、もっと陽気にいきましょうよ」
 マスターの言葉も空回りしていた。

 始まって、30分もしない頃だ。
「おい、誰だ。未成年者に酒を飲ませたのは」
 誰かが気づいて声を上げた。景子の頭がゆらゆら揺れている。
 石井はグラスの底に残った液体を手の甲に数滴落としてめた。その途端に石井は顔をしかめる。中身はウォッカ入りのジュースだった。しかもウォッカが多めの。
 石井は急いでコップに水を注いで景子に飲ませようとした。

「おい、プー」
 突然景子の口調がぞんざいになった。
「何だ、悪い酒だな」
 景子は石井の髪を両手で掴んで顔をのぞき込んでくる。石井は手で払おうとした。
「逃げるな」
 完全に目がすわっている。石井はあらがうのを止めた。
「あたし、好きな人がいるんだけど、ちっとも振り向いてくれないの」
 呂律ろれつが怪しい。急に景子の顔がゆがんだ。

「何で気づいてくれないんだよーっ」
 今度は泣き出す。座が静まりかえって視線が二人に集中していた。
「忙しいヤツだな」
 石井は景子を持て余した。
「この鈍感め。あたしはプーのことが好きなんだーっ」
 言うなり、ぶちゅーっと唇を押しつけてきた。石井の唇の周りにべっとり付いた口紅を確かめると、にこっと笑ってバタンとテーブルに突っ伏した。

「おい、こんな所で寝たら、風邪引くぞ」
 乱暴に肩を揺すっても起きる様子はない。
「あら、あら。寝ちゃったよ。仕方ないな」
 石井はぶつぶつこぼしながら、景子をステージ横の控え室に運びソファーに横たえた。景子のコートを体に掛けて会場に戻った。
「一杯だけみたいだから、しばらく寝たら酔いもめるだろう。まったく困ったお嬢さんだ」
 とマスターが目を細める。

 石井はそそくさと口紅の跡をおしぼりで拭い落とした。
「若いもんは、いいよなぁ」
 常連の佐藤がうらやましそうな声をあげた。
「よおっ、この色男」
 ジョージが石井の肩を拳で軽くつ。
「プー、景子ちゃんの気持ち、ちゃんと受け止めてあげないとな」
 マーシーも笑っていた。サブは黙ってグラスを空けた。


 一時間ほどして景子は控え室から顔を出した。
「お姫様のお目覚めかな」
 真っ先に気づいたのはジョージだった。
「うっ、頭が痛い」
 化粧が崩れて二本の線ができている。
「当たり前だ。カクテルは強い酒なんだよ。今日はもういいから、早めに上がりなさい」
 マスターがたしなめた。

 そろそろ。マスターは石井に目配せした。
「じゃあ、私から一言挨拶を……」
 石井は立ち上がって皆に向き直り深く頭を下げた。日頃の支援を感謝し自分の我が儘わがままを謝り今後の努力を誓った。
 笑って締めるつもりだったが不覚にも最後は声が震えてしまった。


「マスター、俺が送っていくよ」
 景子が化粧を直すのを待って店を出た。風のない夜だった。
 月明かりの下、景子は石井の後を少し遅れて付いて来る。石井は掛ける言葉が見つからなかった。景子もずっと押し黙ったままだ。

 景子のアパートまで短い時間だった。
「明日から、もうプーさんには会えないのね……」
 景子はドアの方を向いたままささやく。苦労して鍵を差すとゆっくりドアを開けた。
「さっきはごめんね……さよなら……」
 声が潤んでいる。景子は顔をそむけたまま部屋へ入ろうとした。

 ――お前、わざと酔った振りを……。
 石井は景子の手を取る。景子は顔を伏せたまま振り向いた。
「すまない。俺がちゃんと気持ちを伝えていれば、お前に恥をかかせることもなかった」
 景子は顔を上げる。涙が筋を作っていた。
「さっきのやり直しだ」
 石井は景子を抱きよせ唇を重ねる。涙の味が心にしみた。
「俺もお前が好きだ。だが今の俺は、お前に何も約束できない。すまない」
 ううん。景子は小さく首を振る。
「今夜は……一緒にいて……」
 消え入りそうな声。石井はわななく景子を強く抱きしめた。


 長い夜だった。
 景子は彼に背を向けたまま、まんじりともせず朝を迎えた。7時になろうとしていたがカーテンを閉めたままの部屋はまだ薄暗い。寝顔を見たいという衝動に駆られたが、体の向きを変えるとベッドが揺れる。まだ彼を起こしたくはなかった。もう少しこのまま……。
 そうするうちに目覚めた気配がした。景子は咄嗟とっさに目を閉じ体を硬くする。ゆっくり上体を起こして景子の様子をうかがっているようだった。胸が早鐘をき体中に鳴り響く。息を止める。しばらくしてベッドが小さく跳ね上がった。動悸どうきが静まっていく。身支度をする音が聞こえる。景子は躊躇ためらっていた。

 少しして玄関で靴をく音が耳に届いた。そっと頭だけ持ち上げると上がりかまちに腰を下ろした背中が見える。が、直ぐに涙でにじんだ。
 ――あの人が行ってしまう。
 景子は慌ててベッドから飛び出して、広い背中にすがりつく。その背中は一瞬ぴくっと揺れたが、景子をしっかり受け止めてくれた。景子はその背中に顔を埋める。シャツに染みが二つ広がっていった。

 しばらくして景子の嗚咽おえつが治まったのを機に、その背中が立ち上がった。景子もぶさるようにして立った。背中の温もりがシャツを通して景子の胸に伝わってくる。
たまにでいいから……私のこと……思い出してね」
 やっとのことで言葉を絞り出すと、景子は未練を断ち切るように腕を突っ張って、その背中から体を離した。背中が振り向こうとする。
「お願い……そのまま行って……」
 景子はうつむいたままその背中を押し出した。

 ドアが開かれると同時に、薄闇に慣れた景子の目を日差しが射る。背中は光暈こううんの中に消えていった。

 石井はくじけそうになる気持ちを奮い立たせて後ろ手にドアを閉めた。

 景子は薄ら寒い部屋の中に一人取り残された。床に崩れて泣き続けた。

<続く>


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