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世界一雨が降る場所に、気象予報士が行ってみた 〜インド・チェラプンジ〜

世界一雨が降る場所が地球上のどこにあるか想像がつくでしょうか?
答えは検索窓にワードを入れればすぐに出てきます。しかしその場所の文化や人々の情報がちっとも出てこない。あなただったらどうするでしょうか?
私の場合は、頭の中に謎のBGMが流れ出して、急にクサイこと言い出して、旅に出ることにしたのでした。

◾️◾️◾️◾️
さて、そんな旅の舞台となるのはインド メガラヤ州チェラプンジ。そう、ここが“世界一雨が降る場所”です。
私は“世界一雨が降る場所”が知りたくてメガラヤ州チェラプンジを調べていくのですが、ネットにあまり情報が出てこない。インドの山奥の秘境ってことは間違いなさそうです・・・。
もちろん旅行した方のブログなどはある(noteにもある)。ただ日本語記事がかなりに少なく、雨や暮らしを同時に焦点を当てた情報があまりにも手に入らない。旅行代理店がメガラヤツアーをかつて催行していたような痕跡はあるけれど、今はやってなさそう。そしてそういう例は旅費がめっちゃ高い。
今度は、いつもの方法で現地に取材を試みます。誰か繋がれそうな人を探して現地の様子を聞いてみるのです。首尾よく日本語を話せるインド在住のガイド、タカオチさんにコンタクトできました。
「インドのメガラヤ州チェラプンジについてもっと知りたいんだ。詳しい情報を教えてくれない?」。
タカオチさんは「すまん、その地域は行ったことがないんだ。知り合いがいるから聞いてみる」と言う回答。何人かに聞いてもらって、大枠の情報は得られたものの、“また聞き”の“また聞き”だからか、ちっともその地域の様子が思い浮かびません・・・。お天気の世界では有名な場所なのに、なんでこんなに情報出ないの??

その時、頭の中でBGMが鳴り始めた気がしました。なんか主人公が旅立ちの時に流れるような、これからめっちゃ盛り上がりそうな音楽のイントロが・・・。

私は5年前のインタビューのことを思い出します。
旅の魅力とは「自分が、自分の人生の主人公であると感じられる」こと。
80年代にバックパック旅が日本でも流行った時、そのバイブル的な存在として、みんなが持っていたという“バックパッカー読本”。その本の編集者であった室橋裕和さんは、私にそう語りました。言葉も通じない、思い通りに行かない不便や困難にあいながらも、それを切り抜けたとき“自分が、自分の人生の主人公”だと感じることができる。それが旅の醍醐味である、と。

頭の中のBGMは最初ギターのカッティングだけだったのに、今はベースが入り、そしてドラムが入り、少しずつ厚みを増していきます。
そしてついに口からこぼれたのです「私がチェラプンジに行けってことなのかな?」。

そもそもメガラヤって、どこ?

なんてことを大真面目に考えながら、本当にいけるのか?メガラヤ州?冷静な方の自分が問いかけます。
最初にメガラヤ州の場所を確認しておきましょう。インドの中でも皆さんが想像する、インド洋に面した三角形の方ではなく、内陸部で、北にヒマラヤ山脈、南にバングラデシュが位置する北東インド、そこにメガラヤ州はあります。

インド メガラヤ州 州都シロンの空港がここ © Google Maps

メガラヤというのは現地の言葉で”雲のすみか”と言う意味で、ここは昔から多くの雨が降る地域です。特にメガラヤ州にあるチェラプンジ(現在の正式名称はソーラ)は1860年に年間26,470 mmの降水量を記録し、一年間で雨が降った最大の記録(WMO)となっています。また、チェラプンジから谷を挟んで西側にあるマウシンラムは38年間の平均の年間降水量が11,872 mmと、こちらは平均での年間降水世界記録(WMO)となっています。
どの程度の数字か分かりにくいと思うので日本と比べると、日本の年間降水量は1,718mm(1971-2000年の平均値)。これでも世界平均と比べるとおよそ2倍と、多雨な国なのですが、チェラプンジの最大の雨と比べると実に15倍もの差があるのです。

そしてチェラプンジがここ © Google Maps


なぜここにそんなに雨が降るのか。
それは二つの地形的要素で説明がつきます。
まずはモンスーンの通り道だということ。モンスーンは地球規模の季節風のことで、特に夏場に吹き付ける南西モンスーンによって南アジアは非常に降水量が多いです。例えば、日本でも季節によって風向きが変わってお天気が特徴付けられますよね?太平洋側だったら夏に南から吹く暖かく湿った風によって雨が多い一方で、冬には北からの風が日本の中央を位置する山地を通り抜ける際に水蒸気が失われ、乾いた空気になります。モンスーンもそうした季節によって吹く方角が変わる風なのです。このモンスーンが、夏の間はベンガル湾からバングラデシュを通って、メガラヤに吹いてきます。
そしてもうひとつの要素は、標高差。メガラヤ州の南には国土のほとんどがデルタ地形(三角州)であり低地で有名なバングラデシュです。そこに一気に標高が高いメガラヤの高地がそびえます。データで見ると分かりやすいんですが、その傾斜が非常に急なのです。バングラデシュとインドの国境付近が標高15mほどなのに対してメガラヤ州の標高は1400mほど。水平距離5kmほどに対して一気に標高が上がります。しかも斜面は南向きです。

ベンガル湾からの暖かく湿った風はバングラデシュにも雨をもたらしますが、低地なのでまだまだ水蒸気をたっぷり保ち、メガラヤ州に届きます。その風が南向きの斜面に吹き付けることによって大雨となるのです。

チェラプンジ周辺の地形図。南のバングラデシュ低地から急峻に標高が立ち上がる。 地図:topographic-map.com(地形データ © OpenStreetMap contributors, ODbL/標高データ NASA SRTM)

【理系コラム】※興味がない人はここは飛ばして
南向き斜面に南の風は、なぜ世界一の雨となるのか


南向き斜面に南からの暖かく湿った風が吹く。実はこれは気象予報士試験で、大雨の理由として書かされる文章に似ています。めちゃめちゃ雨が降るよく出るパターンです笑。

では大雨になるひとつの典型例である、暖かく湿った空気が山の斜面にあたって滑昇し、雨が降るというメカニズムについてちょっと説明しておきましょう。
空気中に含むことができる水蒸気の量はその空気の温度によって決まっています。概ね地上付近ではたくさん水蒸気を含むことができ、標高が上がると空気は膨張し気温が下がり、水蒸気を含めなくなります。では暖かく湿った空気が山の斜面に吹き付け、強制的に高度が上がるとどうなるか?段々とその空気に水蒸気を含める量が少なくなり、飽和水蒸気量を超えた分が、どこかで雲になり雨になります。こうした理由で、風向きと斜面の向きが一致していると大雨になるのです。

斜面に吹く風の模式図(AIによる生成)

雨が「文化」になる場所

まとめると、メガラヤ州では南向きの斜面にモンスーンの非常に多湿な南寄りの風があたることによって大雨を降らせるわけですが、そのスケールがワールドレベルだということになります。

「では日下、お前はその雨に打たれに行ったのか?」と思ったかもしれませんが、それが違うのです。メガラヤのすごい所は大雨だけではないのです。その雨が文化となっているところがすごいのです。その代表例がリビングルートブリッジ、直訳で“生きている根の橋”です。
言葉で聞いても意味がわからないですよね?どんな橋だと思います?

生きているんです。
つまり木を切り倒さずに作られた橋です。

切り倒さずに両側の木の根っこを這わせることで生きたまま橋にすることに成功している橋。それがリビングルートブリッジです。切り倒していないので、雨季の激流にも負けない、頑丈な橋となり、数百年使える実にサステナブルな建築物だというのです。

リビングルートブリッジをはじめとして多雨の地域だからこその文化があるというメガラヤ。私の憧れは募っていくばかりです。

リビングルートブリッジの最古の記録のひとつ。1844年、スコットランドの軍人ヘンリー・ユールが調査時に記し、アジア協会誌に発表した(出典:Wikimedia Commons/パブリックドメイン)

いざ、計画。日本語ガイドはゼロ人


インドに一度も行ったことがない自分。果たして北東インドにちゃんと行けるのだろうか。
現地取材もするし他の仕事もあるから、バックパック旅みたいに陸路で何ヶ月もかけて旅することはできない。まずはインドのタカオチさんに現地の信頼できるガイドを探してもらうことにしました。1ヶ月ほどかけてタカオチさんがまとめたところによると・・・。
「日本語ガイドはいない、というより日本語をしゃべれる人は多分一人もいない」
「日本語ガイドを頼むなら大都市から通訳を連れて行くしかない」
「英語のガイドはいる」とのこと。
仕方がない、ここは英語ガイドを頼むことにしましょう。それにしても日本語ガイドは高いんじゃなくて、一人もいない、とは。日本人が全然行かない街メガラヤ、一体どんな場所なんだ。

行く時期も重要になります。一応私は日本の気象予報士。大雨の時に「不要不急の外出は避けましょう」とか言っている身なのです。本当の大雨の季節にメガラヤに行くのは躊躇われました。
さらに付け加えると、乾季に雨がほとんど降らないというのもメガラヤの大きな特徴です。年間降水量が世界一のメガラヤ。さぞ一年中大雨が続くのだろうと思いきや、年の半分はほとんど雨が降らない乾季なのです。
この乾季と雨季とのコントラストがメガラヤのすごいところ。例えばチェラプンジの最大雨量である年間26,470mmの雨量は、雨季であるほぼ半年の間に降ったと考えられます。単純計算で1日平均147mmも雨が降ったことになります。例えば東京の6月の降水量の平年値が167.8mmとのことなので、梅雨時期の東京の1ヶ月分の雨がほぼ毎日降る、という計算になります。つまり本当に乾季に全く雨が降らないのか?それも見どころなのです。
ということで、今回は乾季(雨が降らない時期)のメガラヤ行きを決めました。

時期は決まった。あとは航空券です。
メガラヤ州の州都であるシロンという街に空港があるので、インド国内便でシロンに向かうことになります。シロンは外資系のしっかりしたホテルもあるので、シロンを拠点にすることに決定!そして旅程は成田(日本)→シンガポール→コルカタ(インド)→シロン(インド)ということに決めました。

2026年1月15日、いよいよメガラヤに出発です!

出発


個人旅行はそれなりに慣れている私。思いつく限りの失敗もしてきました。スーツケースの鍵を無くしたり(3敗)、パスポートをホテルの金庫に忘れてきたり(1敗)、旅先で発熱したり(1敗)、飛行機の時間に寝過ごしたり(1敗)などいろいろありましたが、今回は私にとって未踏の国インド。しかも一人旅で取材もします。
いつも以上に準備をしっかりして、確認に次ぐ確認。失敗すると失うものが多すぎます。
よし、パスポートも録音・撮影機材も準備万端、eチケットも持った。e-simも手配した!さぁインド!どこからでもかかってこい!

遭難


はい、やられました。
コルカタの空港に22:25着。コルカタ付近のホテルに一泊して次の日の10:25の国内便でシロンに向かう予定だったのです。が、ほんの5時間前にワッツアップでやり取りして、「OKその便だね!空港のゲートに迎えに行くよ!」と言っていたホテルの人が来ない・・・。さらに悪いことに空港の両替所がやってなくて、両替できない。(日本円しか持ってない)
空港の両替所って遅い時間まで普通やってなかったっけ?
そして、一度空港の外に出ると安全のため空港の建物には次の出発まで入れない。銃をもった門番が絶対に通してくれそうにない!私は、もう外に出てしまっているのである。

時差3時間30分なので、日下の体内時間は日本時間の午前2時。眠くて考えもまとまらない。元々最悪を想定して歩ける距離と思って空港から近いホテルにしていたのですが、改めてgoogle mapで見ると600m先。行けない距離ではないが、真っ暗な夜中のインド、大きな荷物、歩ける感じじゃない・・・。
そうだ!Uber!
インドのUberはクレカが使えず、現金払いのみ。(この時マジで日本円しか持ってない(再掲)

あれ?詰んでない??

朦朧とした中、仕方がないので、ホテルの人にワッツアップで鬼電。
英語で会話は自信がないけど、メッセージならなんとかなる!とにかく来てもらって、ホテルに言って、両替してもらう!カタコトとメッセージを駆使して頑張りました!鬼電で気持ちが伝わり(?)なんとか来てもらうことになり、(最初に来ると言っていた人とは全然別の人、なんなんだ!)1時間後くらいにようやく車に乗り込めました。
うううう。インド怖い。

ようやくホテルにチェックイン。カタコトの英語でなんとかコミュニケーション。
部屋のシャワーは使うとトイレまで全面びしょ濡れになるタイプだったし、お湯も出なかったけど、もう疲れたのでジーンズTシャツのまま寝ました。

次の日はなんとか両替してもらい(フロントの人が不在で隣の売店で両替してもらったら、売店の人とホテルの人が怒鳴り合いの喧嘩してたけど)、フライトの2時間前になっても送迎の車が来ないことにヤキモキしながらも、1時間前の国内便のチェックインに無事成功。滞在時間12時間で強烈な存在感を示した街、コルカタ。ありがとう、コルカタ。
ルピーを持ってないと詰みそうになる街、コルカタ。みんなは両替してから行こう!

グローリー現れちゃう

飛行機の影に虹色の輪

コルカタ→シロンの飛行機は混雑もしておらず実に快適でした。
フライトの途中で目にしたのはなんとブロッケン現象!太陽を背にした観察者の影が雲や霧に投影され、その周りに虹色の光の輪(グローリー)が現れるものです。山の頂上や飛行機の窓からなど、雲を見下ろせる場所でしか出会えない、空からの贈り物です。
ひとつ困難を乗り越え、これがもしかして“自分が自分の人生の主人公であることを実感する”ってことなんじゃない?と思ったのでした。
ひとつ逞しくなって北東インドに向かいます!

シロンについてから旅は非常にスムーズ。
シロンはのどかな山地にある街で、雰囲気は穏やか。街の真ん中のロータリーにクリスマスイルミネーションがいまだに飾ってあるほど、のんびりした街です。インドでありながらキリスト教徒の方が多いらしく、肉も食べるので、食文化も日本と近しい。
気温は日中18℃ほど、朝でも10℃くらいと過ごしやすい。そして見事に雨は全く降っていません。
想像通り日本からの観光客が非常に珍しいそうで、空港から送迎のドライバー、スーチャンもとても良くしてくれました。20代くらいの爽やかな笑顔の男性で、写真を撮ると、どこを切り取っても様になる。車はスズキのスウィフト。「スズキの車は頑丈で大好きなんだ」と言うので、スズキは日本の苗字でもあるんだよと教えると、目を丸くしていました。私のiPhoneを見て、「もっと稼いでiPhoneを買うのが目標なんだ」と笑います。
うちの娘もあだ名が“すーちゃん”だと伝えると、自分と一緒だと言って嬉しそうにしていました。

街のホテルに一泊し、いよいよ翌日は多雨の文化が感じられるチェラプンジに出発です!

2000段の階段を、ひたすら降りる

シロンからチェラプンジは車で2時間半くらい。
標高1500m前後の山間にあり、切り立った崖や山脈、それも谷底まで数百メートルはあろうかという場所が連なります。

道中寄ったカフェがそれを物語ります。

崖の上のカフェ

斜面が多く道が狭いので、谷の上にあるようなカフェ。
なぜそこまでギリギリを攻めるのか!?傾斜がありすぎる道に作られたギリギリカフェ。
出された紅茶がまた美味しい!
紅茶の世界的な産地アッサムも北東インドにありますので、紅茶がよく飲まれているようです。ワクワクしてきた!

タカオチさんがお願いしてくれたガイドのグレゴリーは、パワフルで、自分の仕事に強い誇りを持った男でした。「雨季のガイドでも、俺は一人も怪我人を出したことがないんだ」。彼は誇らしげです。そんな彼は、私にもしっかりとしたガイドをしようとあれこれ知恵を絞ってくれました。英語を話すのが苦手だと言うと、ワッツアップを使ってメッセージでやり取りをしてくれます。そして日本人は初めてガイドするということで、日本のアニメが好きだというインターン生をわざわざ連れてきてくれました。片言の日本語を私に一生懸命披露してくれます。

インターン生「ワ・・・はニホンの・・がスキです」(自信がなさそうな小さな声)
日下「ん?」
インターン生「ワタシはニホンのルロウニケンシンがスキです」
日下「おー!るろうに剣心!アイシー、アイシー。Do you know GATOTSU??」
インターン生「Wow」

などと、伝わっているのかどうか怪しい会話をしながら、車は一路最大の目標。リビングルートブリッジへ。

とはいえ、橋の近くまで車で行けるわけではありません。
リビングルートブリッジは生きた根っこを利用するので、そんなに大きな橋はかけられません。そのため山地の谷底にある集落にかかっています。当然近くの駐車場がある村から、その集落へは歩いて行くしかない。山肌が剥き出しになっている急斜面にちょっと不釣り合いなくらい舗装された階段が延々と続いて行きます。
一体何段あるのか?私は2000段までは数えましたが、あとはわからなくなってしまいました。目測で一段の高さはおよそ15センチ。単純計算で300m以上。
東京タワー一個分はある階段をひたすらに降りていきます。

深い谷まで続く階段

谷底につながる階段を降り、時に登り、綺麗な川を越えて歩くこと1時間半。ついに辿り着きます。

生きている橋に、触れる

リビングルートブリッジ!
しかも上下二段になっているダブルデッカーと言われている二階建てです。

リビングルートブリッジ ダブルデッカー全景

これが、リビングルートブリッジ。
なめらかに力強く、露出した根っこがうねりながらひとつの橋を形作っています。写真ではよくわからなかったけど、絡み合った根っこは細いものも太いものもあり、数えたら百本は超えそうです。表面は苔や泥がつき、擦れたりしているものの、あちらこちらから見えている細かな芽や葉っぱに確かに生きているという証拠を感じることが出来ます。力強い、生命力に溢れた橋、人工建造物とは思えない命を感じる橋です。

近くで見たリビングルートブリッジ
歩きやすいように木の板が置いてあるが、ただ敷いてあるだけだ

少しずつ渡ってみます。
生きているので、それはもう弾力のある吊り橋のような感触を想像していましたが、渡ってみると・・・少しもぐらつかない!え!これ本当に木の根っこ?と思うほどの確かな安定感を感じました。これなら急流にもびくともしないだろうなぁ。

谷あいの空気がしんと湿って、私たちの靴が橋の上を通るゴツゴツと言う音だけが響きます。木材の水分量が違うからか普通の木造の橋を渡る音よりも重い音がするのです。

この橋を支えているのは、川の両岸に生えているインドゴムの樹。インドゴムの樹は地面に埋まっているのではなく外に露出した気根(きこん)が旺盛に発達した植物で、湿度がある環境ほど太く長く育つのです。
 
作り方も詳しく聞いてみました。
まず仮組の橋を通します。両側からインドゴムの樹の気根を這わせていき、つなげます。あとは時間が経てば何本もの根が絡みつき、太く育ち、仮組の橋は自然と朽ちていき、100年ほどかけてリビングルートブリッジの完成です。途方もない時間ですが、完成してしまえば数百年持つそうで、この橋も地元の伝承では250年以上前にできたものだそうです。
 
付近にはいくつかのリビングルートブリッジがあり、中には作り途中のものもありました。針金と木材を組み合わせたような橋にすでに根っこが絡みついています。が、これが完成するのはまだ20〜30年かかるそう。途方もない労力と時間がかかって作られている建造物ということが実感できます。

作りかけのリビングルートブリッジ

チェラプンジは秘境なのか?


確かにここは日本人がほとんど来ない場所だそうで、ガイドにもドライバーにも初めての日本人だ、と言われます。ですが実はインド国内では観光地として注目されつつある場所だそうで、意外と軽装なインドの方と思わしき方と何人かとすれ違いました。
そしてこの谷底まで向かう道にはたくさんの集落があります。電気は電灯につけるくらいしか通っておらず、もちろんガスもありません。道路もなく、唯一舗装された階段が彼らのインフラなのです。
コンクリートで作られているであろう家の地下にはどの家も倉庫と薪置き場があり、雨に濡れないように工夫がされています。

階段付近の集落に住む子供達(許可を得て掲載しています)
サンダルでぐんぐん階段を登る


階段にヒーヒーいう観光客を尻目に、地元の子供達は荷物を持ってぐんぐん石段を登っていきます。おしゃれして革靴の子もいます。彼らには彼らの暮らしがあるんだ、と実感させられます。そう、チェラプンジの人たちにも人生があり、自分の人生の主人公たちがたくさんいたのです。
 
私は日本から来る時、遥かな異世界にいくような気持ちでいましたが、そこには人たちの確かな暮らしがありました。「チェラプンジに行ったよ!」と言うともしかしたら“大雨にさらされているかわいそうな暮らし”を目の当たりにすると思う人もいるかもしれません。ですが、それは完全なる間違いで、彼らも自然の恵みを享受し、リスクを受け入れながら過ごしているという点では私たちと全く変わらないのです。
そして大雨も彼らにとっては、なくてはならない文化。この時は乾季でしたが、雨季になるとヨーロッパや中東などから観光客が大勢くるそうです。彼らの目的は「大雨を体験すること」日本の気象予報士としては全くお勧めできませんが笑、未知のものを体験してもらうという観光資源になっているのです。
 
ダブルデッカーを堪能し、今度は2000段以上の階段を登ります。足はガクガク笑っている一方で、階段のあちらこちらでは地元の人たちがにこやかに笑っています。彼らは階段の運び屋です。木と布で出来た背負子のようなものを持ち、登れなくなった観光客を助けてくれるのです。(あまりに体重が重い人は追加料金が取られるそうです笑)
 
そして登りきったところで売っているのは地元名産のパイナップル。
目で粒が見えるくらいこれでもかと塩が降ってあります。
 
え!しょっぱくないの?食べてみろって??
しょうがないn・・・・うまーー!
 
これが汗だくの体に染みる!

日本とは違った多雨文化


さて、最後に自分の持った疑問の私なりの回答を持ってまとめたいと思います。
日本人にとって大雨は“災害”。しかし、雨の少ない地域の人にとっては“体験”であったということです。日本人にとって世界一の雨と聞いても「なるほど、大変な場所だ」で終わってしまいます。だからこれまで、日本人はあまりこの地に足を向けてこなかった。しかし、メガラヤの観光資源は実は“大雨”そのものではなく、“大雨が育んだ文化”なのです。リビングルートブリッジや乾季・雨季のコントラスト、そしてそれを誇りに生きる人たちの暮らし。雨の多い国日本の人たちにとっても、24時間以上かけて訪れる価値のある興味深い場所だといえるでしょう!
 
そしてこの後、さらにメガラヤの雨文化に翻弄されます。
クヌップという傘(これもネットで全然情報出てこないぞ!)を探して3時間くらい街を彷徨いますが、それはまた次の記事に!

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