独身貴族男性は、なぜ満たされないのか——令和日本という名の”男性排除社会”を解剖する
はじめに
土曜の午後、アラフォーの男がひとりでサウナから上がってくる。
ととのっている。外気浴用の椅子に深く沈んで、秋の空を見る。肌に当たる風が心地よく、体はほぐれ、頭は静かだ。証券口座の残高は先月より増えた。副業の収益も想定内で推移している。何もかもが「計画どおり」だ。会社ではそれなりに認められている。資産形成の進捗も悪くない。好きな趣味もある。週末の海釣り、少しずつ覚えてきたワインの知識、なんとなく買った高級外車、昔買えなかったシグネチャーギター、そしてこのプライベートサウナ。誰かに強制されているわけでもなく、自分で設計した生活だ。
なのに、何かが足りない。
この感覚を、彼は最近うまく説明できなくなっている。以前は「もっと稼げば解決する」と思っていた。収入が上がれば、資産が増えれば、何かが満ちてくるはずだと。しかし数千万円を超えたあたりから、口座残高を確認するときの興奮が薄れてきた。数字は増えているのに、手応えが消えていく。
本稿は、この「消えていく手応え」の正体を解剖する試みである。
1. データが示す不都合な事実
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