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稼いでも、育てても、減点される――令和の父に課された「二重拘束」



一枚の絵から始めよう


ネット上に、一枚の風刺画が流れていた。

背中に「家計管理」「育児全般」「仕事の責任」「収入のプレッシャー」「将来の不安」「保育園の送迎」といった無数の吹き出しを背負い、汗をかきながら前かがみで歩くスーツ姿の父親。かたわらのソファでは、母親がコーヒー片手にスマホを眺めてくつろいでいる。
添えられた文言はこうだ。

「実際はパパが母親と子どもと仕事を負担させられている」
「全然対等ではない、と知ることが大事」

この絵に既視感を覚えた人は少なくないだろう。それもそのはずで、これは数年前から広く流通してきた、もう一枚の絵の完全な鏡像だからだ。
そちらでは、あらゆる家事・育児のタスクを背負って疲弊するのは母親であり、スマホを見てくつろいでいるのは父親だった。「ワンオペ育児」「見えない家事」を象徴するあの構図の、男女をそっくり入れ替えたものが、令和のいま出回っている風刺画である。

ここで立ち止まって考えたいのは、「どちらが正しいのか」ではない。どちらも真剣に描かれ、そしてどちらも半分だけ正しい。本当に問うべきは、なぜこの二つの半分は、決して同時に真実として認められないのか、という点だ。

これは、正体のわからない圧に押されている――そう感じている男性のための記事である。その圧の名前を、データで突き止めていく。

第1章 「どっちが大変か」という問いは、そもそも決着しない


まず、鏡像元のほうの主張、すなわち「無償労働は女性に偏っている」というデータを確認しておく。ここを避けて通ると、議論そのものが信用されない。

総務省「社会生活基本調査」(2021年)によれば、6歳未満の子を持つ夫婦の家事関連時間は、夫が1日1時間54分、妻が7時間28分。妻はおよそ4倍を担っている。国際的に見ても、他の先進国では家事・育児の男女差はおおむね2倍前後にとどまるのに対し、日本は5倍以上と突出している。無償労働だけを取り出せば、冒頭の風刺画は一瞬で反証されるように見える。

ところが、話はここで終わらない。有償労働、つまり「稼ぐための時間」を足し込むと、風景は反転する。OECDが各国の生活時間をまとめた比較では、有償労働と無償労働を合計した「総労働時間」は、日本女性が1日496分、日本男性が493分。ほぼ同点である。しかも男女ともに、比較対象となった先進国のなかで最長だ。日本人は、性別を問わず世界一働きすぎている。

つまり「どちらがより多く働いているのか」という総量勝負は、事実上の引き分けに終わる。男性の有償労働時間は突出して長く、無償労働は最下位。女性はその逆。両者は、同じ重さの荷を、違う形で背負っているにすぎない。

にもかかわらず、私たちの社会は延々と「どっちが大変か」を争ってきた。この土俵設定こそが誤りである。負担の総量はほぼ対称なのだ。問題は量ではない。どの荷物が「荷物」として数えられ、どの荷物が「そんなの当たり前」として不可視化されるか――その数えられ方の非対称にこそ、この問題の核心はある。

第2章 建前は捨てられ、本音は据え置かれた


令和の日本社会は、表向き、性別役割分業を捨てた。

内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査」(2024年)では、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に反対する人が64.8%に達している。男女ともに、規範としての「男は仕事」はもはや多数派に否定されている。建前のうえでは、男性が一家の稼ぎ手であるべきだという発想は、すでに死んだことになっている。

ところが、人間の「本音」は、言葉ではなく行動に表れる。経済学ではこれを顕示選好と呼ぶ。人が口で何と言うかではなく、実際に何を選ぶかで、その選好を測る。そして、本音がもっとも露骨に出る場面が一つある。結婚相手の選択だ。

ここで、この記事の中心となる、ある統計を見てほしい。

婚活・マッチングアプリ利用者を対象とした調査では、交際・結婚相手に望む年収について、男性の多数は「自分と同等でよい」と答えるのに対し、女性の多数は「自分より高い年収」を求める。女性が結婚相手に望む年収は「500万円以上」が最多層を占め、逆に男性が女性に求める年収は「300万〜400万円台」が最多だ。年収の期待は、明確に男性にだけ、上方向へかかっている。

この「500万円以上」というラインが、どれほどの壁かを、硬い政府統計と突き合わせてみる。国税庁「民間給与実態統計調査」によれば、婚活の中心層である25〜29歳男性の平均年収は約429万円(令和5年)。女性が最も多く望む500万円のラインに、届かない。男性全体の最頻年収帯は「400万〜500万円」(16.9%)で、大量の男性が壁のすぐ真下に滞留している。この壁を平均で超えるのは、全年齢をならした587万円(令和6年)――すなわち、もう若くなく、平均以上に稼いでいる男性だけだ。

ここから読み取れる構造は残酷なほど明快である。社会は、規範としての「稼ぐ性」を口では廃止した。しかし、パートナー選択という最も本音の出る局面では、依然として男性にのみ稼得役割を課し続けている。稼得責任は、男性が自ら選んだ価値観ではない。市場が、男性にだけ一方的に突きつける参入条件なのだ。そして、この壁は、一人の男が「僕は男女平等主義者です」と唱えたところで、1ミリも動かない。

第3章 育児は「労働」ではなく「評価」として上乗せされた


稼得責任が据え置かれたまま、そこへ新しい義務が積み増しされた。育児参加である。

厚生労働省の調査で、男性の育児休業取得率は2024年度に40.5%へ急伸した。2020年度の約13%から、わずか数年での倍以上だ。数字だけ見れば、男性は着実に育児へ踏み込んでいる。ところが、その内実を覗くと、この「上乗せ」の正体が見えてくる。

第一に、男性が育休を取らない理由の第1位は、「収入を減らしたくなかったから」である。つまり、育児参加が制度上どれだけ推奨されようと、男性の頭のなかと家計のなかでは、稼得責任が依然として最優先の制約として生きている。稼ぎ手であることを降りられないから、育児のために収入を落とせない。ここに矛盾の縮図がある。

第二に、そして本質的に重要なのが、「とるだけ育休」という蔑称の存在だ。育休を取得した男性のうち、育休中の家事・育児時間が1日2時間以下という者が約3割に上るという調査があり、この現象は「取得しただけで実質を伴わない育休」として批判される。ここで注目すべきは、批判の当否そのものではない。その蔑称が存在すること自体が、決定的な意味を持つ。

かつての男性は、稼いでさえいれば「一家の大黒柱」として承認された。評価軸は一本だった。ところが今日の男性は、稼ぎという軸に加えて、「父親としての実践」という第二の軸で採点されるようになった。ある住宅メーカーの「男性育休白書」は、男性の家事・育児力を測る指標に「妻からの評価」を組み込み、都道府県ランキングまで作っている。男性は、家庭内で父親として採点される客体になったのだ。

つまり、この数年で男性に増えたのは、育児の実労働時間そのものというより、監視・評価・道徳的裁定のまなざしである。これが「期待の上乗せ」の中身だ。新しい義務は、古い義務を解除しないまま、その上に積み上がった。稼げ、かつ、育てろ。どちらが欠けても減点する。逃げ場のない二本の評価軸に同時にさらされる――これが、令和の父に課された二重拘束(ダブルバインド)である。

第4章 承認の非対称――ここが本丸だ


さて、ここまで来て、ようやく本題に入れる。第1章で確認したとおり、男女の負担の総量はほぼ対称だった。にもかかわらず、両者の苦しさの扱われ方は、まったく対称ではない。差は「苦しさの量」ではなく「苦しさの承認」にある。

女性の二重負担――働きながら家事・育児の大半を担う状態――には、名前が与えられた。「ワンオペ育児」「見えない家事」「ケア労働」。名前を得たことで、それは個人の愚痴ではなく構造的な問題として言語化され、政策的な注目と対策の対象になった。名づけは、承認への第一歩である。

一方、男性の二重拘束には、名前がない。あるのは二つの道徳的判定だけだ。うまくやれば「イクメン」と称揚され、足りなければ「とるだけ育休」と叱責される。同じ構造的な締めつけが、女性については「社会が悪い」と処理され、男性については「お前の努力が足りない」と処理される。これが、この問題の本丸だ。男性がより苦しんでいる、という話ではない。男性の苦しさが、そもそも「構造」として数えてもらえない、という話である。

そして、この「数えてもらえなさ」は、比喩ではない。文字通りの死者数にまで及んでいる。

稼得役割の代償を、身体で払っているのは誰か。自殺者数は、近年一貫して男性が女性の約2.1倍で推移している。その動機には、経済・生活問題や勤務問題が色濃く絡む。労働災害で命を落とすのは、圧倒的に男性である。平均寿命も、男性は女性より約6年短い。これらは「気持ちの問題」ではなく、稼ぎ手という役割が生身の男に押しつけてきた、静かな死のカウントだ。

さらに、家庭という領域では、男性は制度的にも不利な立場に置かれている。離婚時の親権は、歴史的に母親が取得するケースが圧倒的に多く、日本は長らく単独親権制を採ってきた。共同親権を可能にする改正が成立したのは2024年で、実際の施行は2026年からと、ようやく過渡期に入ったばかりだ。別居後の面会交流を「現在も継続している」割合は、母子世帯で約30%、父子世帯で約48%にとどまる。離婚を境に、子どもの人生から静かに消されていく父親が、いかに多いことか。

これらの数字は、いずれも深刻だ。にもかかわらず、そのどれ一つとして、主流の言説のなかで「ジェンダーに起因する抑圧」として語られることはほとんどない。承認の非対称は、誰が「被害者」として数えられる資格を持つのか、というところまで貫かれている。男性は、死んでもなお、構造の犠牲者としてはカウントされにくいのだ。

第5章 ただし、この議論が踏み外してはならない一線


ここまで男性側の不利を全面に押し出してきた。だからこそ、最後に一つ、この記事を読む男性に向けて釘を刺しておかねばならない。この議論を、「女だけが得をして、義務は据え置きだ」という粗雑な物語に落とし込んではならない。

それは、単純に事実に反する。総務省の統計では、共働き世帯は1997年以降すでに専業主婦世帯を上回り続けている。女性の労働力率のいわゆるM字カーブの谷は、世代が若いほど浅くなった。そして第1章で見たとおり、女性の総労働時間はむしろ最長だ。女性の義務は「据え置き」どころか、有償労働の領域で確実に増えている。

つまり、実際に起きたのは、片方だけが得をした、という話ではない。双方に新しい義務が積み増しされ、しかも古い義務は解除されないままだった――「相互エスカレーション」である。女性は「働け、かつ、家を回せ」と言われ、男性は「稼げ、かつ、育てろ」と言われた。どちらも荷が増えた。違ったのは、その苦しさに日本社会が名前を与えるかどうか、という一点だけだ。

だから、男性の側が取るべき戦略も、ここから逆算される。女性に殴りかかる議論は、必ず負ける。 事実に反する強い主張を一つ混ぜた瞬間、正しい主張までまとめて信用を失うからだ。この女尊男卑令和日本社会においても勝てるのは、女性を敵にする議論ではなく、「承認の配分」の非対称そのものを敵にする議論である。敵は異性ではない。同じ重さの荷でありながら、片方の名前だけを認め、もう片方を「甘え」として処理する、その仕組みのほうだ。照準を、絶対に間違えてはいけない。

結論――名前のない荷物に、名前を


同じ重さの荷物を背負っていても、名前を与えられた側だけが、社会から「降ろしていい」と許される。名前のない側は、荷を背負っていることにすら気づかれず、弱音を吐けば「甘え」と切り捨てられる。これが、二枚の風刺画が同時に真実でありながら、決して同時には認められない理由である。

男性に本当に必要なのは、同情ではない。語彙である。稼ぎ手であることと父親であることの二重拘束を、「個人の性格の欠陥」ではなく「構造」として記述する権利だ。名づけられて初めて、苦しさは共有可能な問題になる。

そのうえで、いますぐ着手できる処方箋を、三つの層で示しておく。

個人の層。 まず、二重の外部評価――稼ぎの査定と、父親としての採点――から、自分の自己価値を切り離すこと。「とるだけ育休」という他人の採点表を、自分の頭のなかにインストールしないこと。稼ぎでも育児点でもなく、それらを「使う道具」として扱う側に回る。他律ではなく自律で立つ、という基本姿勢の問題だ。

関係の層。 家計と育児を、「手伝う/採点される」という語彙から、「共同で運営する」という語彙へ移すこと。市場が動かせない稼得の壁も、二人の関係のなかでなら交渉できる。パートナー選択やその後の役割分担の段階で、稼得負担が男性に一方的に乗っている事実を可視化し、テーブルに載せて話し合う。壁は社会全体では動かなくても、一組の夫婦のなかでは動かせる余地がある。

制度の層。 2026年に始まる共同親権を、名目に終わらせず実質化すること。面会交流の履行を確保すること。そして、男性の高い自殺率や労災死を、「健康問題」という個人化された箱にしまい込むのではなく、稼得役割という構造の帰結として対策の俎上に載せること。

冒頭の二枚の絵は、これからも交互に流れ続けるだろう。
私たちの仕事は、そのどちらが「本物」かを選ぶことではない。
二つの半分は、同時に真実でありうると言い張ること。

そして、まだ名前を持たないほうの半分に、名前を与えることだ。


【参考データ】

  • 総務省「社会生活基本調査」(2021年)/6歳未満児のいる夫婦の家事関連時間

  • OECD 生活時間国際比較(内閣府「男女共同参画白書」所収)/有償・無償を合わせた総労働時間

  • 内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査」(2024年)/性別役割分業意識

  • 国税庁「民間給与実態統計調査」(令和5〜6年)/年齢別・男女別の平均給与、給与階級別分布

  • 各種婚活・マッチングサービスの意識調査/結婚相手に求める年収の男女差

  • 厚生労働省「雇用均等基本調査」(2024年度)/男性育児休業取得率

  • 民間調査/育休取得男性の家事・育児時間、住宅メーカーによる「男性育休白書」

  • こども家庭庁「全国ひとり親世帯等調査」/面会交流の実施状況

  • 厚生労働省・警察庁「自殺の状況」/男女別自殺者数

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