見出し画像

独身偽装、不同意性交、奢り論争。なぜ「動いた男」だけが叩かれるのか

男に「告白しろ」と言いながら、告白した「男」を嫌う国。


ある報道が話題になった。
既婚者が独身だと偽って交際し、性的関係を持つ「独身偽装」だ。
被害を訴える女性が相次いで提訴し、損害賠償を命じる判決も出ている。司法担当記者は「個人的な恋愛トラブルとして片付けられてきたが、これは社会問題だ」と語り、被害者の会は刑事罰化を求めて法改正運動を始めた。

私はこの問題そのものを否定しない。騙された側の傷は本物だし、民事で慰謝料が認められるのも当然だと思う。私が立ち止まったのは、別のところだ。この議論が、ある特定の男だけを前提にして組み立てられている、という点である。

独身偽装をする男とは、定義上、(一)すでに結婚していて、(二)なお別の相手を能動的に追い求め、(三)そのために嘘も辞さない、という三条件の交差点にいる男だ。社会が「危険な男」として名指すとき、そこに想定されているのは、いつも「動く男」――近づき、誘い、口説き、賭ける男――である。

ところがその同じ社会は、別の窓口では正反対のことを嘆いている。男が動かない、と。

国立社会保障・人口問題研究所の第16回出生動向基本調査(2021年)によれば、「交際している異性はいない」と答えた未婚者は男性で72.2%、女性で64.2%に達した。恋人と現に交際中の男性は21.1%にすぎない。そして男女ともに、未婚者の三人に一人が「特に異性との交際を望んでいない」と答えている。50歳時の未婚割合(いわゆる生涯未婚率)は2020年時点で男性28.3%、女性17.8%。内閣府の調査では、恋人のいない若者の約四割が「恋人が欲しくない」と答え、その最大の理由は「恋愛が面倒」(46.2%)だった。

つまり私たちは、片方の手で「動く男は危険だ」と告発しながら、もう片方の手で「男が動かないから国が滅びる」と少子化を嘆いている。この二つの言説で名指される「問題のある男」は、ほとんど正反対のタイプだ。

この矛盾の正体を、私はこう考えている。社会は男に課した古い役割を一度も降ろさせないまま、その役割の遂行に、新しい責任だけを次々と上乗せした。動け、という命令は据え置かれた。動いた者への咎めだけが増えた。結果、関与する男は両側から締め上げられ、関与から退いた男は――この稿の結論を先取りすれば――声も、名も、被害者の枠すら与えられないまま、ただ消えていく

これは個人の弱さの問題ではない。構造の問題であり、そしてその構造が生む帰結は、不正義と呼ぶに値する。

一 男は、もとから「買い手」だった

まず、誠実に認めておかなければならないことがある。「男が動く側だ」という役割は、フェミニズムが作ったものでも、現代の発明でもない。それは家父長制が遺した、きわめて古い脚本だ。

社会心理学者ロイ・バウマイスターとキャスリーン・ヴォースは2004年の論文で、異性愛の関係を一種の市場として描いた。性をめぐって、女性が「売り手」、男性が「買い手」として振る舞うよう、社会は性役割を定義する――これが彼らの「性の経済学(Sexual Economics Theory)」だ。男は性的アクセスを得るために、金銭・コミットメント・献身といった非性的な資源を「対価」として差し出す。価格は需要と供給で動く。買い手である男は、競争し、貢ぎ、頭を下げる側に置かれる。

この理論は学術的には激しく批判されている。時代遅れだ、西洋的なステレオタイプにすぎない、という反論は根強い。興味深いのは、批判者がしばしばこの理論を「家父長的な理論(patriarchal theory)」と呼ぶことだ。つまり、男を買い手=供給者=イニシエーターに位置づける構造それ自体が、家父長制の産物だと、批判者も認めている。

ここが出発点だ。男が「動く側」であることは、男の特権と負担が抱き合わせになった、ひとつのコインだった。男は選ぶ側であり、追う側であり、決める側だった。その代わりに、動くコスト、賭けるコスト、拒絶を引き受けるコストも、男が負った。イニシエーターであることは、権力であると同時に、税だったのだ。

だから本稿は「かわいそうな男」の話ではない。かつて権力と一体だった負担が、権力だけ先に剝落して、負担だけが残った――その非対称な遺産相続の話である。

二 役割は、一度も降ろされていない

平等の建前は広まった。では、男を買い手に縛る古い脚本は薄れたか。データはそう言っていない。

デート費用を見よう。内閣府の調査では「デート代は男性が負担すべき」と答えたのは男性34%、女性21.5%。ブライダル総研の調査では、1回のデートで男性が支払う平均は6,411円、女性は2,420円と、三倍近い開きがある。あるマッチングアプリの調査では、月あたりのデート代は男性28,353円、女性11,427円だった。「割り勘の時代」と言われながら、財布を開く手は、依然として男の側に偏っている。

さらに重要なのは、男自身の本音と、課された役割のねじれだ。あるマーケティング調査では、男性の72%が「自分が多く払う・奢る」と考えているのに、その同じ調査で男性の57%は「本当は割り勘がいい」と答えている。理想は割り勘、現実は自腹。降りたいのに降りられない。これがイニシエーターの税の、最も即物的な姿である。

結婚観も同じだ。ブライダル総研の調査では、男性の約六割が「恋人とは対等な関係を望んでいない」と答えた。下方婚志向、女性を「守り、エスコートすべき」という規範が、平等の時代になお根深く残っている。出生動向基本調査でも、結婚相手に求める条件として、女性は男性に「家事・育児の能力」を求める割合が70.2%へと急上昇した一方、恋愛相手に対しては、男女とも依然として「男らしさ/女らしさ」を求めている

つまり、表の制度では平等が進み、裏の恋愛規範では古い脚本が温存される。男は、稼ぎ、誘い、リードし、守ることを、いまも当然のように期待されている。降ろされたのは建前だけで、期待そのものは降ろされていない。

三 動く男の歩く道に、地雷が一段ずつ敷かれた

ここからが本題だ。男は依然として「動け」と命じられている。問題は、その動くという行為の各工程に、新しい責任が一段ずつ埋設されたことにある。命じられたシーケンスのあらゆる段階が、いまや地雷原になっている。

ここから先は

4,524字
この記事のみ ¥ 500
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

「なぜ、恋愛・婚活・日本社会は男性にとっての搾取場と化したのか?」 ここは、現代の女尊男卑的恋愛・社…

Vent’s Master Plan

¥1,000 / 月

よろしければ応援お願いします!頂いたチップは、既存の言説における不都合な真実を追求するための調査・分析費用として活用させていただきます!