金を落とさない、という最適解――女尊男卑社会が生んだ新たな独身男性像
結婚しない高所得男が増えている。
彼らは「モテない」のでも「拗ねている」のでもない。
日本社会の制度と交際の文法を冷静に読み切った結果、"降りる"という最適解に到達しただけだ。
本稿はその類型を解剖し、なぜ令和においてそれが正当化されたのかを論じる。
「子供部屋おじさん」より「子供部屋おばさん」のほうが多い
まず、多くの人が口にしないが直感的には正しい事実から始めたい。親と同居する未婚者の割合は、男性よりも女性のほうが高い。2005年国勢調査では20〜34歳の親同居率は男性が約63%、女性が約70%で、以降も若年層ではおおむね女性が上回る構図が続いてきた。俗に「子供部屋おじさん」が嘲笑の的になるが、数のうえでは「子供部屋おばさん」のほうが多いのである。20代でも、30代でも、40代でも、この関係はさほど崩れない。
にもかかわらず、実家暮らしを揶揄され、婚活市場で減点され、「自立していない」と値踏みされるのは、圧倒的に男の側だ。ここに本稿の出発点がある。
同じ行動をとって、罰だけが片側に集中する。これを個人の甲斐性の問題として処理してはならない。行動が同一で結果が非対称なら、差は行動の側ではなく、それを評価する社会の側にある。日本社会は、男と女に対して別々の物差しを当てている。そしてその物差しは、はっきりと女に有利にできている。本稿はこれを比喩や被害妄想としてではなく、女尊男卑という制度的事実として提示する。
第一の非対称――男だけが年収で選別される
女尊男卑の実体は、まず結婚市場の入口に現れる。
男性は、年収と未婚率がきれいな逆相関を描く。年収が低いほど未婚率が跳ね上がり、300万円未満の層では結婚は例外的な事象になる。生涯未婚率――50歳時点で一度も結婚したことのない割合――は2020年時点で男性25.7%、女性16.4%。独身研究者の荒川氏の集計では男性は28.3%に達する。つまり男の約3割が、生涯を通じて結婚の外に置かれる。
ところが女性はこの法則が丸ごと反転する。低年収の女性ほど未婚率はむしろ極めて低く、年収200万円台を超えたあたりから未婚率はほぼ横ばいになり、高年収になっても大きくは上がらない。女性にとって、貧困は結婚の障害ではない。むしろ稼ぎがないことは、結婚への障害にならないどころか、しばしば追い風になる。
この一点だけで、社会が男女に課している条件の非対称は明白だ。男は「稼げるか」を問われ、女は問われない。男の存在価値は所得という一本の物差しで測られ、その物差しに満たない男は、恋愛と結婚の市場から静かに退場させられる。女に同じ物差しは当てられない。稼がない女は罰されず、稼がない男だけが罰される。これが女尊男卑の第一の顔である。
第二の非対称――女の実家暮らしにはサンクションがない
物差しの非対称は、実家暮らしという同じ行動への評価に、そのまま転写される。
冒頭で述べたとおり、実家暮らしの数そのものは女性のほうが多い。しかし女性の実家暮らしには、社会的な制裁(サンクション)がほとんど存在しない。家賃を払わず、光熱費を親に依存し、家事を親に肩代わりさせて可処分所得と時間を最大化しても、それが婚活市場で決定的な減点になることはない。むしろ「親を大切にしている」「家庭的な環境で育った」と好意的に読み替えられる余地すら残されている。女性は、コストもサンクションも負わずに、実家という資本蓄積装置を自由に使える。
男の実家暮らしは真逆の扱いを受ける。30代以降の実家暮らし男性は、婚活の現場で「経済的にも精神的にも自立できていない」「収入が低いから一人暮らしできないのではないか」「家事能力が低い」「親離れしていない」と値踏みされ、明確な減点材料になる。同じ「家賃を払わず貯蓄を最大化する合理的行動」が、女なら不問、男なら断罪される。
ここで女尊男卑の核心が姿を現す。女は、資産を最大化するもっとも効率的な手段(実家暮らし)を、無コスト・無制裁で行使できる。男だけが、同じ手段を選べば市場から罰される。 経済合理性の観点から見れば、日本の未婚女性は総じて「サンクションなしで資産を最大化できる恵まれた立場」にある。彼女たちは損などしていない。むしろ最適な戦略を、社会公認で実行しているだけだ。損をさせられているのは、同じ戦略を封じられた男の側である。
「実家暮らしでも断られない」は誰のためのセリフか
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