降りられない"性"——人生における非常口の非対称性について
序:ある説教について
こういう場面を、誰もが一度は見たことがあるはずだ。
年上の男が、若い女に説教している。
そういう金の稼ぎ方をした記憶は一生消えない。将来まともな家庭を持ったとき、必ず後悔することになる。人生に影を落とすぞ。
女は「そうですねぇ」と流している。
数年後、彼女は普通に働いていて、普通に暮らしている。あの頃の話を誰かに振られても、実感が湧かない。
そんなことしてたっけ。
精神状態がまともでなかった時期の出来事は、そもそも記憶の側が保存する動機を持たない。彼女の中で、それは前世の記憶のように遠い。
説教した男のほうは、たぶん今も同じ会社で働いている。辞めていない。辞められない。
ーーこの光景を、道徳の問題として読んではいけない。彼が本当に見ていたのは彼女の未来ではなく、自分に与えられなかった退路である。彼はそれを羨望として言語化できない。
「お前には降りる場所があって羨ましい」ーーこの一文を男が口に出すことは、この社会では許されていない。だから道徳の語彙に翻訳する。お前のためにならない、と。
ほとんどすべての説教が、この構造をしている。持てない者が、持つ者に対して、持つことの害を説く。そしてそれを親切だと思い込む。
風俗が良いか悪いかという話は、最初から目くらましだ。問題は忘れられる人生と、忘れられない人生が、性別によって配分されていることである。
以下、その構造を書く。数字は出ない。出せない。統計が存在しないからだ。存在しない理由も、後で書く。
一 自由の出所は、差別と同じ場所である
ここを押さえないと、この議論は感情論に落ちる。
戦後日本の雇用システムは、男を無期限に徴用し、女を徴用しなかった。年功賃金、終身雇用、無限定転勤、そして「妻が家にいること」を前提にした賃金設計。この体系の中で、男は生涯労働力として計算され、女は計算されなかった。
これは長く「女性差別」として語られてきた。事実そうである。だが同時に、同じ一つの事実が、女性の自由の源泉になっている。
制度を見ればわかる。第3号被保険者。配偶者控除。一般職という名の非蓄積コース。これらはすべて「女は途中で降りる」という前提の上に建っている。そしてーーここが決定的だがーー降りる前提で設計された制度は、降りる権利を保証してしまう。
男に対しては、降りる前提が置かれなかった。だから降りる権利も設計されなかった。不要だと思われたからだ。男は最後まで働く。働かない男は想定外である。想定外の存在に、非常口は用意されない。
つまりこうだ。女は労働から排除されることで、労働から解放された。男は労働に包摂されることで、労働に拘束された。
同じ一つの構造が、片方には「ガラスの天井」として現れ、もう片方には「鉄の床」として現れている。天井は割れば上に出られる。床は割れば下に落ちる。この二つを同じ「差別」の語彙で扱ってきたことが、議論を三十年停滞させた。
二 オプションの価値は、行使されなくても発生する
金融には、行使されなかった権利にも値段がつくという当たり前の発想がある。オプションの価値は、行使したときの利益ではない。「行使できる」という状態そのものが資産である。
若年女性が持っているのは、これだ。
彼女たちの大半は、風俗にもパパ活にも一生足を踏み入れない。だがそれはこの構造を否定しない。核心はそこにある。使わないから無価値なのではない。使わずに済むが、いざとなれば使える、という状態に価値がある。
24歳の女が仕事を辞める。理由は「上司が無理」程度でいい。貯金30万。彼女は不安ではあるが、絶望はしない。意識の底に「最悪、体はある」という認識がある。夜職という水路が常時開いていて、求人は無限で、明日から始められて、日払いで現金が出る。友人の誰かは経験があり、誰かは今もやっている。毎日のようにあのアイスクリームの名前の広告トラックが走る。
24歳の男が仕事を辞める。貯金30万。何もない。日雇い、警備、倉庫。時給1,200円。それが底であり、それ以下でもないが、それ以上でもない。彼の底は硬く、低く、跳ねない。
この差が生むのは収入差ではない。リスク許容度の差である。
嫌な職場を辞められるか。実家を出られるか。好きでもない相手と切れるか。ハラスメントに耐えるべきか告発すべきか。転職活動を決まるまで続けられるか。夢を追う期限を何年に設定できるか。
これらすべてが、「降りたときにどこまで落ちるか」の見積もりに支配されている。降りしろの深さが、日々の姿勢を決めている。
退路のある人間は交渉する。退路のない人間は耐える。同じ環境に置かれても、まったく違う人生を歩む。
そしてこの差は、統計に絶対に現れない。行使されていないからだ。
可処分所得も同様に現れない。奢られ、割引、合コンの会費差、実家在住への社会的許容、労働時間の少なさ。月3〜5万の差は年40〜60万、10年で500万になる。給与所得の比較では一円も捕捉されない。「女性の賃金は男性の75%」という数字は、分母も、支出も、逃げ道も見ていない。
三 死体の性別
構造の帰結は、極端な場所に一番はっきり出る。
日本の自殺者のおよそ7割が男性である。労働災害による死亡者のおよそ9割が男性である。路上生活者に至っては、調査のたびに9割台後半が男性という数字が出る。孤独死も男性に偏る。
これを「男は弱音を吐かないから」という心理の話にするのは、逃げである。心の問題ではない。配線の問題だ。
女には二つの市場がある。労働市場と婚姻市場。この二つはしばしば負の相関を持つ。労働で不利になっても、別の水路がある。分散が効く。
男には一つしかない。労働市場で落ちれば、婚姻市場でも落ちる。正の相関である。分散が効かない。卵は全部同じ籠に入っていて、その籠は一つしか配られなかった。籠を落とせば全部割れる。
だから男の転落は、いつも一直線で、いつも底まで行く。途中に受け皿がないからだ。
しかもこの国は、困窮した女には政策カテゴリを与え、困窮した男には与えなかった。ひとり親支援、女性相談支援、若年女性支援。カテゴリがあるということは、予算があり、窓口があり、支援対象として名前を持つということだ。困窮した若年男性には、カテゴリがない。名前がない。彼は「自己責任」の一語で処理される。
社会的排除の最終形態は、この国ではほぼ男の顔をしている。誰もそれを差別と呼ばない。呼ぶ語彙が用意されていない。
四 誰が壁を塗っているのか
男の非常口を塞いでいるのは制度ではない、と言われることがある。「男のくせに」と最初に言うのは、たいてい他の男だからだ。男同士の相互監視こそが壁である、と。
半分正しい。だが一段浅い。
問うべきは、その監視が何を基準に行われているかである。男が男を裁くとき、彼が参照しているのは自分の価値観ではない。女の選好である。
生殖の決定権は、構造上、女の側にある。誰と関係を持つか、誰の子を産むか、産まないか。この決定権は男には渡されていない。そして日本では、家計の管理権も慣行的に妻の側に置かれてきた。入口の審査も、通過後の財布も、女が握っている。
とすれば、男が所得を持つ義務は、道徳ではなく入場料である。審査を通過するための必要条件であり、それ以外の用途はない。男同士の相互監視とは、審査基準を先回りして内面化し、互いに執行し合っている姿にすぎない。壁を塗っているのは男の手だが、塗料の配合を決めているのは彼らではない。
そして、ここが本題だ。
昭和のモデルは、少なくとも双務契約だった。男は稼ぐ義務を負い、その見返りに終身雇用と年功賃金がほぼ保証され、結婚もほぼ全員に配分された。女は家事育児と従属を負い、その見返りに生活を保障された。歪んではいたが、対価が対応していた。
平成から令和にかけて、この契約は片側だけ解除された。
女側の義務——専業、従属、生涯の家事労働——は解除された。当然である。解除されるべきだった。
男側の義務——稼得——は、解除されなかった。
しかも男側が受け取っていた対価のほうは、まとめて解体された。終身雇用は崩れ、年功賃金は薄まり、結婚は全員には配分されなくなった。生涯未婚率は男性側で急上昇している。
結果、何が残ったか。男は昭和の義務を、令和の報酬で履行させられている。双務契約が片務契約に書き換えられ、その書き換えは誰にも告知されなかった。
年収による選別は、依然として厳然と機能している。婚活市場の条件欄を見ればわかる。共働きが常識になったあとも、男の年収要件はほとんど下がらなかった。女の側の義務だけが更新され、男に課される条件だけが昭和のまま凍結されている。 「そこだけ残存した価値観」というのは、正確な言い方だと思う。
これは陰謀ではない。誰も選んでいない。制度改革が片側から進めば、当然こうなるというだけの話だ。だが誰も選んでいないからこそ、誰も責任を取らず、誰も直さない。
五 記録される人生と、忘れられる人生
序に書いた場面に戻る。
「忘れられるのが人間の強さだ」という言い方がある。違う。忘却は能力ではない。環境が与える許可である。
女の非常口の使用歴は、痕跡を残さない。履歴書に欄がない。誰も証明を求めない。数年で他人事になる。彼女の人生は、上書き可能な羊皮紙だ。
男の転落は、記録される。空白期間、非正規歴、年収。すべて数字で残り、転職のたび、婚姻のたびに照会される。彼の人生は、追記しかできない台帳である。消しゴムが支給されていない。
同じ過ちを犯しても、片方は忘れることを許され、片方は許されない。強さの問題ではまったくない。制度が忘却を許可しているかどうかの問題である。
そして忘れられる側が「忘れられるのは強さだ」と言うとき、それは無邪気であるがゆえに、最も残酷に響く。
六 数字がない理由
ここから先は
よろしければ応援お願いします!頂いたチップは、既存の言説における不都合な真実を追求するための調査・分析費用として活用させていただきます!
