「若い女を守れ」と言いながら、殴られていたのは男だけだった
1. 噛み合っていない怒り
2026年8月7日、元K-1王者で現在はRIZINを主戦場にする格闘家の久保優太氏(38)が、自身のXで再婚を報告した。相手は10代の女性である。
興味深いのは、彼がその一行を誰に指摘されたわけでもなく自分で書いたことだ。しかも「色々言われそうですが」という前置きまで添えて。予告は的中した。祝福のリプライも並んだが、拡散力で上回ったのは批判のほうだった。
批判の中身は、おおむね三つの型に分類できる。
年齢差に対する嫌悪。
10代と会話が成立するはずがないという嘲笑。
そして、どうせすぐ離婚するという予言。
ここで一度、内容から目を離してほしい。そして代わりに、それぞれの言葉がどこに向かって飛んでいるかを見てもらいたい。
この記事は、年の差婚の是非を論じるものではない。論じるのは、あの怒りが自分で名乗った動機と、実際にやっていた作業が、まったく噛み合っていないという事実についてである。
結論を先に置く。あれは若い女性を守る言説ではなかった。男の格を下げる作業だった。そして、そのことは言説の内容を分析しなくても、着弾点を数えるだけで分かる。
2. 打撃の宛先を数える
批判の言葉を、意味ではなく宛先で仕分けてみる。
「気持ち悪い」──宛先は男。
「10代と話が合うわけがない」──宛先は男。
「同世代の女性に相手にされなかったのだろう」──宛先は男。
「三年以内に離婚する」──宛先は男。
四つとも男に着弾している。若い女性を守るための怒りだと自称する言説において、ダメージのほぼ全量が、守られる側ではないほうの当事者に向かっている。
しかもここが重要なのだが、着弾した内容は危害の指摘ですらない。
彼が何をしたか、彼女がどんな不利益を被るか、どこに危険があるか。そうした具体的な被害の記述は、ほとんど登場しない。代わりに撃ち込まれているのは、成熟度、会話能力、人間としての水準、対等な関係を築く力といった、要するに格に関する減点である。
「10代と話が合うわけがない」という一文を、もう一度読んでほしい。これは彼女の心配をしているように聞こえるが、命題としては彼女について何も述べていない。述べているのは、この男は精神年齢の釣り合う相手としか関係を持てない程度の存在だということだけである。
心配の文法で書かれた、査定表なのだ。
宛先を数えるという作業は、それだけで一つの結論を出す。これは保護ではない。評定である。
3. 本気で守る気があるなら、出てくるはずの論点
とはいえ、宛先が男に集中していることだけでは、まだ決定打にならない。加害の可能性がある側を叩くのは、保護規範として自然だという反論が立つからだ。
だから次の問いを立てる。本気で彼女を守る気があるなら、当然出てくるはずの論点は何か。
すぐに五つ挙がる。
彼女は経済的に自立しているのか。婚前契約は交わされたのか。離婚時に彼女が受け取れるものは何か。出会いから半年足らず、告白まで六日、同棲まで二週間という意思決定の速度は、彼女にとって適切な検討時間を確保していたのか。そして──彼は前年の参院選に出馬して落選し、自己資金を三千万円以上投じて預金がゼロになったと自ら公言していた。この婚姻に伴う経済的リスクは誰が負うのか。
最後の一点は特に大きい。財産と収支の話は、この結婚で最も損失を被りうるのが誰かを直接指し示す論点である。若い女性の保護を本気で問題にするなら、真っ先に議論されるべき場所だ。
だが、この五つはいずれもタイムラインを流れなかった。
代わりに大量に流通したのは何か。モザイク越しでも分かる美人だ、という感想である。
守ると称する言説が、守る対象を顔面の評価対象としてしか扱っていない。彼女は主体として一度も登場しない。同意能力を持つ人間としても、財産上の利害関係者としても、退出の自由を持つ当事者としても、誰も彼女を想定していない。
保護は口実で、査定が本体である。
ここまでが、公開部分で言い切れることだ。ここから先は、ではなぜ「格下げ」という形式が選ばれるのか、その機能を解剖していく。
4. なぜ「気持ち悪い」ではなく「話が合わないだろ」なのか
利害を、利害のまま口にすることはできない。
「あなたのような男が19歳と結婚できてしまうと、私の交渉ポジションが下がる」──これは論理として明快だが、口にした瞬間に発言者の格が崩壊する。だから利害は、必ず道徳の言語に翻訳されて出てくる。
この翻訳が起きること自体は、それなりに研究の蓄積がある領域だ。Vaillancourt & Sharma が2011年に Aggressive Behavior 誌に発表した「Intolerance of sexy peers」は、女性が性的に入手可能に見える同性に対して間接攻撃を向けることを、実験デザインで確認した研究として知られている。その後の追試でも、挑発的な服装をしたサクラに対して、被験者は貶し言葉を有意に多く選択した。悪意の表明ではなく、性的な入手可能性そのものが引き金になっている。
安売りする者への制裁。カルテルの価格維持と、構造としては同じである。
ただし今回の件は、この枠組みをそのまま当てはめると外れる。攻撃対象が同性ではなく、男だからだ。
ここに、この現象の一番面白い部分がある。
考えてみればいい。19歳の彼女個人を叩いても、何の効果もない。すでに婚姻は成立しているし、彼女を貶めたところで次の38歳と19歳の組み合わせは止まらない。個別の制裁は、事後的で、非効率だ。
だが「38歳で10代を選ぶ男は程度が低い」という一般規範を立てられれば話が違う。まだ何も選んでいない全ての男に対して、事前に抑止がかかる。一回の炎上で、市場全体の供給側に制約条件を書き込めるのである。
そして、この規範が実効性を持つには決定的な条件がある。男の側がそれを内面化しなければならない。
外から嫌悪されるだけなら、男は無視できる。「気持ち悪い」は嫌悪の表明にすぎず、受け手にとっては相手の感情の報告でしかないからだ。反論も容易だし、そもそも刺さらない。
しかし「10代と話が合わないだろ」は違う。これは受け手の自己認識に直接入り込む。お前は成熟した対等な関係を維持できない男だ、という命題は、内面化されうる形をしている。そして一度内面化されれば、以後その男は誰に監視されなくても自分で自分を減点し続ける。
規範の実装として、これ以上に効率的な形式はない。だから「気持ち悪い」ではなく「話が合わないだろ」なのである。前者は感情の放出だが、後者はインストーラーだ。そしてこれは真の動機を回避することで己の言説の責任を少しでも回避しようとする、女に特徴的な仕草である。
5. 反転テスト──女が年下を選んでも、減点されるのは男
こういう話をすると、必ず素朴な反転テストが持ち出される。「年上の女と年下の男が結ばれるドラマは好きなくせに」というやつだ。
正直に言えば、この反転テストはそのままでは弱い。姉さん女房ものの多くは20代から30代のレンジであって、38歳の女性と19歳の男性という組み合わせではない。フィクションで好むことと現実で是認することも別問題である(強盗映画を好む人間が強盗を是認しているわけではない)。実際、女性教師と男子生徒のような実例が出たときには、世間も相応に叩く。非対称は実在するが、片側がゼロというほど単純ではない。
だから、この反転テストは別の使い方をしたほうがいい。
年上女性と年下男性のカップルが実例として語られるとき、何が言われるかを思い出してほしい。
「うらやましい」──女性への肯定。
「若さを保っていてすごい」──女性への肯定。
「あの男は将来苦労する」──男への減点。
「ヒモなんじゃないの」──男への減点。
称賛は女に向かい、減点は男に向かう。
つまり、年齢差が男女どちらの方向に振れても、道徳的な減点は必ず男の側に付く。
これが決定的なポイントである。反転テストは「不公平さの証明」としては弱いが、「宛先の一貫性の証明」としては極めて強い。
もしこれが年齢差についての規範なら、年齢差の方向が反転したときに、減点の宛先も反転するはずだ。だが反転しない。どちらに振れても、格を下げられるのは男である。
規範の対象は年齢差ではない。男の格付けそのものが対象なのだ。年齢差は、その査定を発動させる口実の一つにすぎない。
6. 正当な核はある。だが今回それを動かした形跡はない
ここで、誠実に認めておくべきことがある。
年齢差に対する批判には、嫉妬にも格下げにも還元できない、正当な核が確かに存在する。38歳と19歳の間には、単なる年数の差ではないものが横たわっている。経済的自立の度合い。人生経験の蓄積量。そして何より、関係を降りる能力の差である。
蓄えがあり、職業があり、社会的なネットワークを持つ側と、そのいずれも構築途上である側とでは、同じ関係のなかで持てる交渉力が違う。これは事実であって、指摘することは正当だ。
だが、ここを混同してはならない。
正当な批判が可能であることと、目の前にある批判が正当であることは、別の問題である。
もしその正当な核が今回の言説を駆動していたのなら、第3章で挙げた五つの論点が出ていたはずだ。彼女の経済的自立、契約、退出の条件、意思決定の時間、経済的リスクの所在。核が動いているなら、そこに議論が向かわないほうがおかしい。
出なかった。一つも出なかった。
出たのは、彼の会話能力への嘲笑と、彼女の容姿への評価だけである。
正当な核は、この件では使われなかった。それは倉庫に置かれたままで、実際に持ち出されたのは査定表のほうだった。核の存在は、査定を正当化しない。
もう一つ、公平のために認めておくべきことがある。今回の批判材料は、年齢差だけではなかった。出会って六日で告白し、二週間で同棲を始め、半年足らずで婚姻届を出している。前の結婚は三年で終わっている。選挙で三千万円を溶かして預金がゼロになったと本人が語っている。「三年以内に離婚する」という予言は、年齢差ではなく、この履歴に対する賭けとして読むこともできる。
その通りだ。だから私は、あの怒りのすべてが嫉妬だったという主張はしない。純粋な嫉妬還元論は、この件の説明としては雑すぎる。
だが、それを認めても結論は動かない。判断力の低い男であるという予測もまた、彼女の保護とは何の関係もない、彼の格に対する評定だからである。年齢差からであれ、意思決定の速度からであれ、財政状態からであれ、導き出されている結論は常に同じ場所に着地している。この男は下だ、という一点に。
材料が複数あることは、結論の宛先が一つであることの反証にならない。むしろ、どの材料からでも同じ宛先に着弾するという事実こそ、そこで動いているのが個別の評価ではなく、あらかじめ答えの決まった採点であることを示している。
7. その規範は、すでに勝っている
数字を見ておく。厚生労働省の人口動態統計から、初婚同士の夫妻の年齢差の構成割合を取る。
1970年(昭和45年)、夫が年上の組み合わせは79.5%だった。妻が年上は10.3%、夫妻同年齢は10.1%。夫が数歳年上であることが、ほぼ標準装備だった時代である。
1999年(平成11年)、夫年上は59.9%まで落ちた。妻年上は20.9%、同年齢は19.2%。どちらもきれいに倍になっている。初婚同士の平均年齢差は1995年まで2歳を超えていたが、2000年以降は1.7歳前後で安定した。2024年の平均初婚年齢は夫31.1歳、妻29.8歳である。
三十年で、「夫が年上」という既定値そのものが崩れた。
ただし、ここに見落としてはいけない数字がある。夫が7歳以上年上の組み合わせは、1970年に11.3%、1985年に12.6%、1999年でも9.5%。緩やかに減ってはいるが、消えてはいない。十組に一組は、今も存在し続けている。
つまりこの三十年で起きたのは、極端な年の差の消滅ではない。消えたのは、当たり前のように夫が数歳年上だった標準のほうである。分布の端は残り、真ん中だけが平らになった。
そのうえで、批判の火力が集中するのは、残った端のほうなのだ。
なぜ、すでに一割まで縮んだ少数派をまだ撃つのか。
規範が実効性を必要としているからではない。規範の再確認そのものが目的だからである。支配的になった規範を、事例が出るたびに大声で唱え直す。これは抑止ではなく儀式だ。誰が正しい側にいるかを確認し合うための、定期的な点呼である。
だから議論は深まらないし、深まる必要もない。点呼に必要なのは正確さではなく、参加することだからだ。
8. 降りるべきなのは、議論ではなく採点表のほうだ
最後に、この構造が男の側に何をしているかを書いておく。
この査定制度が実際に生産しているのは、若い女性の安全ではない。男の選択に恒常的に付随する罪悪感である。
年下に惹かれること自体が人格の欠損の徴候である、という等式。この等式を一度受け取ってしまった男は、以後、誰に監視されなくても自分で自分を採点し続ける。婚活の場で年齢の希望を書くときにためらい、口に出す前に一段和らげ、正直な選好を持っていること自体を後ろめたく思う。
外部の批判よりも、内面化された採点表のほうがずっと持続的に効く。それが第4章で見た、この規範の設計思想だった。
だが考えてほしい。その採点表を降りない限り、何を選んでも減点は続く。
年下を選べば幼稚だと言われる。同世代を選んでも、選ばれなければ相手にされなかったのだと言われる。誰も選ばなければ、それはそれで欠陥の証拠にされる。採点表の内側にいる限り、満点の選択肢は最初から存在しない。設計上、存在しないようにできている。
だから、降りるべきなのは年齢差の議論ではない。
降りるべきなのは、他人が作った採点表そのものである。
久保優太氏が正しかったかどうかを、私は知らない。三年後に離婚しているかもしれないし、していないかもしれない。それは彼の人生であって、私たちが判定する権限を持つ事柄ではない。
ただ一つだけ確かなことがある。あの日タイムラインで殴られていたのは、守られるべきだと言われていた19歳ではなかった。守る側に立った人々が実際に殴っていたのは、男だけだった。
そして、その殴打を最も熱心に内面化しているのも、また男なのである。
それは決して女ではない。
出典:厚生労働省「人口動態統計」上巻 婚姻 第9.14表(初婚夫妻の年齢差別にみた年次別婚姻件数及び百分率)、同 第9.11表、令和6年人口動態統計月報年計(概数)の概況/Vaillancourt, T. & Sharma, A. (2011) "Intolerance of sexy peers: Intrasexual competition among women", Aggressive Behavior 37(6)
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