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理由が書かれていない──ある自治体の補助金要綱から見えた、男女設計の非対称

序 ── 一本の要綱


大阪府松原市に、新社会人向けの家賃補助制度がある。市外から転入して市内の民間賃貸住宅に住む、卒業後5年以内・30歳未満の新社会人に、補助金を交付する。人口減少と少子高齢化への対策として、転入と定住を促すための制度だ。

制度そのものは、全国どこにでもある。珍しくもない。

珍しいのは、交付要綱の第4条である。

(補助金の額)
第4条 補助金の額は、次の各号に掲げる区分に応じ、当該各号に定める額とする。
(1)性別(住民基本台帳に記載された性別をいう。以下同じ。)が男性である者 年額180,000円
(2)性別が女性である者 年額210,000円

同じ市に転入し、同じ条件の民間賃貸住宅に入居し、同じ書類を揃えて申請した新社会人に対して、住民基本台帳に記載された性別だけを基準に、年額3万円の差がつけられる。

この時点で既に議論の余地はあるが、本題はここではない。

要綱を最後まで読むと、もっと重要な条文がある。

1. 第7条第2項が意味すること

(補助金の交付決定)
第7条 (第1項略)
2 市長は、予算の範囲内において、補助金を交付する者の数を性別ごとに決定するとともに、申請者(要件該当者)について、第5条の受付の性別ごとの先着順により交付決定を行い、その旨を通知する。

読み違えないでほしい。これは金額の話ではない。

交付人数の枠が、性別ごとに別々に設定されている。そして先着順の待ち行列も、性別ごとに分離されている。

続く第3項では、市長がその性別ごとの人数を、申請状況に応じて調整できると定めている。

この構造が何を生むか。男性の枠が先に埋まった場合、要件をすべて満たした男性申請者は不交付になる。その一方で、彼より後に申請した女性が交付を受ける。両者の間に、居住地の違いも、所得の違いも、家賃の違いも、緊急性の違いもない。あるのは住民基本台帳の記載だけである。

単価に差をつけるだけなら、まだ言い逃れの余地はあった。「女性は防犯上の理由で家賃の高い物件を選ばざるを得ないから、実費の差を補填している」という説明が成り立つ。実際、東京大学の女子学生向け住まい支援は、まさにその論理で組み立てられている。

だが、枠の分離は実費補填では説明できない。

定員を性別で割ることの目的は、実費の調整ではない。交付を受ける者の性別構成そのものを、行政が事前に決めることである。制度設計者が何を意図していたかが、条文の形で残っている。

2. 説明の不在


要綱を第1条から附則まで通読して、最も奇妙なのは、性別による区分の理由がどこにも書かれていないことだ。

第1条の目的規定はこうである。

人口減少・少子高齢化の対策として、新社会人の転入及び定住促進を図るため

ジェンダーに関する言及は一語もない。
男女共同参画も、女性活躍も、格差是正も出てこない。

他の要件を見れば、この不在の異様さがわかる。

- 30歳未満 → 若年層の定着を狙う制度目的と整合する
- 卒業後5年以内 → 同上
- 6か月以上の継続居住 → 補助金目当ての短期転入を排除する
- 自治会または町会への加入 → 地域コミュニティへの定着を促す
- 暴力団関係者の排除 → 公金支出の一般的要件

すべての要件が、目的との合理的関連を読み取れる。性別だけが、目的規定から演繹できない。

さらに言えば、この要綱は令和4年12月28日に制定された後、令和7年8月1日と令和8年4月1日の二度にわたって改正されている。3年以上にわたり運用され、二度の見直しを経てなお、性別区分は残り、理由は書かれないままである。

書き忘れではない。点検を通過した規定である。

憲法14条1項は、性別による差別を明文で禁じている。この「性別」は、人種・信条・社会的身分・門地と並ぶ後段列挙事由であり、憲法学説上、これらの事由による区別の正当化には、通常より厳格な審査基準が要求されると解されている。相対的平等の理解に立ち「社会通念上合理的であれば違憲ではない」とするのが判例の枠組みだとしても、合理性を説明する責任は、区別を設けた側にある。

説明が存在しない区別は、合理性審査の入り口にすら立てない。

3. これは特殊例ではない


松原市が突出して異常なのだと片付けたくなるが、そうではない。

栃木県宇都宮市の家賃補助制度は、対象を「若年夫婦世帯・子育て世帯、新卒採用者、結婚を希望する女性」と定めている。最後の類型だけが性別限定である。

東京大学は2017年度から、女子学生向けの住まい支援を実施している。大学が指定する物件に入居した女子学生に、月額最大3万円を最長2年、上限72万円まで補助する。導入時の説明は、女子学生比率が2割に満たない現状の是正と、老朽化により白金寮を廃止して女子専用学生寮が失われたことへの対応だった。

この制度には保護者の所得制限がない。

つまり、生活に困窮する男子学生は対象外のまま、経済的に余裕のある家庭の女子学生が補助を受ける事態が、制度上まったく問題なく生じる。属性が、経済状態を上書きする設計になっている。

入試の側では、より大きな動きがある。文部科学省の集計と河合塾の調査によれば、理工系の「女子枠」を設ける国公立大学は2025年度入試で30大学37学部に達し、2026年度には少なくとも36大学に増え、京都大学と大阪大学の理系学部にも導入される。

4. 一般選抜に女子枠がゼロであることの意味


この女子枠について、あまり指摘されていない事実がある。

国立・公立を通じて、一般選抜における女子枠の設定はゼロである。

女子枠が置かれているのは、学校推薦型選抜と総合型選抜──いずれも、志望理由書、面接、活動実績など、評価者の裁量が大きく作用する選抜方式に限られている。

学力試験という単一の尺度で全受験生が横並びに比較される一般選抜には、一つも置かれていない。

これをどう読むか。

理工系分野の多様性確保という目的が本当に切実であるなら、最も定員規模の大きい一般選抜にこそ枠を設けるのが合理的なはずだ。効果の観点からすれば、そちらの方が圧倒的に大きい。にもかかわらず、そこには手を付けていない。

同一の尺度で優劣が可視化される場所を、制度設計者は避けている。

裁量の大きい選抜であれば、「総合的に評価した結果」という説明で個々の判定を包み込める。だが一般選抜で点数の異なる受験生を性別で入れ替えれば、何が起きたかが誰の目にも明らかになる。

避けているという事実そのものが、この措置の性質について、設計者自身が何を理解しているかを示している。

5. 国の法令 ── 17類型の非対称


自治体や大学の裁量ではなく、国の法令にも同じ構造がある。

住宅セーフティネット法は、民間賃貸住宅への円滑な入居を支援すべき対象として「住宅確保要配慮者」を定めている。法律・省令に規定された類型は、次の17である。

低額所得者/被災者/高齢者/障害者/子どもを養育している者/外国人/中国残留邦人/児童虐待を受けた者/ハンセン病療養所入所者等/DV被害者/北朝鮮拉致被害者等/犯罪被害者等/生活困窮者/保護観察対象者/矯正施設に収容されていた者/困難な問題を抱える女性/東日本大震災等の被災者

17のうち、性別を指定しているのは一つだけである。そしてそれは女性を指定している。

DV被害者も、犯罪被害者も、児童虐待を受けた者も、条文上は性別中立に書かれている。男性も該当し得る。性別を明示的に限定した類型は、女性のものしか存在しない。

「困難な問題を抱える女性」は、困難な問題を抱える女性への支援に関する法律(令和4年制定、令和6年4月施行)に由来する。同法の定義はこうである。

性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により日常生活又は社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える女性(そのおそれのある女性を含む。)

この定義を、限定要素を外して読み直してみてほしい。

「その他の様々な事情」により「日常生活又は社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える」者。そしてその「おそれのある」者。

実質的な限定が存在しない。生活上の困難を抱えている、あるいは抱えるおそれがある人間は、これに該当しない方が難しい。

つまり、法令上の住宅支援カテゴリとして、「生活上の困難を抱える者」の女性限定版が設けられている。

6. 立証責任の性別配分


17の類型を、認定の方法で並べ直すと、規則性が見えてくる。

属性によって類型化されているもの
高齢者、障害者、外国人、そして女性。年齢・障害の有無・国籍・性別は、公的書類で機械的に確認できる。本人が困窮を証明する必要はない。属性の証明で足りる。

状態によって類型化されているもの
低額所得者、生活困窮者、保護観察対象者、矯正施設に収容されていた者。これらは本人の現在の状態を示す必要がある。所得証明、事実の認定、行政の判断を経て、初めて対象になる。

そして「状態」で類型化された領域は、実態として男性が多数を占める。

ここに、二つの異なる資格認定基準が、同一の法令の中に同居している。

女性は、女性であることによって支援対象となる。しかも「おそれ」の段階で足りる。
男性は、現に困窮している事実を証明して、初めて支援対象となる。

これは支援の量の問題ではない。立証責任が性別によって配分されているという、制度設計そのものの構造である。

そして立証責任の配分は、しばしば結果を決定する。証明の負担を負う側は、資格があっても手続きに辿り着けずに脱落する。制度が「男性を排除している」わけではない。男性にだけ関門を置いているのである。

7. 男性は、支援の客体ではなく行動変容の対象である


男性を対象とした公的施策がまったく存在しないわけではない。むしろ、いくつも存在する。

だが、その性質を見てほしい。

東京都と東京しごと財団が実施する「働くパパママ育業取得応援事業」には「働くパパコースNEXT」があり、男性従業員に育児休業を取得させた企業に奨励金が支給される。

これは男性を支援する施策だろうか。

奨励金を受け取るのは企業である。そして目的は、男性の困難を軽減することではなく、男性の行動を変えることによって、女性の就業継続を可能にすることにある。

同種の構造は各所にある。男性の育児参加促進、男性の家事分担促進、男性の意識改革。いずれも男性を主語にしているが、男性は施策の受益者ではなく、政策目標を達成するための手段として位置づけられている。

法律の名前を並べてみると、この非対称は一層はっきりする。

「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」。

男性を主語とした同種の法律は、日本に存在しない。困難な問題を抱える男性が存在しないからではない。

8. リスクの分布と、制度の指定方向


ここまでは制度の話である。次に、その制度が対応すべき現実の話をする。

住居の喪失

厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(生活実態調査)」において、有効回答1,300人の内訳は、男性1,241人(95.5%)、女性59人(4.5%)である。全国の概数調査でも、男性5,168人に対し女性196人という桁の異なる偏りが記録されている。

住まいを失った人間の圧倒的多数は、男性である。

そして、住宅セーフティネット法が性別を指定して支援対象としているのは、女性のみである。

生命

警察庁・厚生労働省「令和6年中における自殺の状況」によれば、男性の自殺者数は女性の約2.1倍。自殺死亡率は男性22.9、女性10.3。いのち支える自殺対策推進センターの集計では、男性は10歳から44歳までのすべての年齢階級において、死因の第1位が自殺である。

寿命

厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」によれば、平均寿命は男性81.09年、女性87.13年。男女差は6.03年

ここで因果関係を主張するつもりはない。

「支援が薄いから男性が死んでいる」と書けば、それは実証されていない主張になる。ホームレスの男女比についても、女性の住居喪失が路上ではなく不安定な同居として現れやすく、目視調査で捕捉されにくいという指摘は成り立つ。

だから、因果は問わない。

指摘するのは、これだけである。

行政が自ら公表している統計において、住居を失うリスクも、自ら命を絶つリスクも、寿命の短さも、すべて男性側に偏っている。そして、行政が制度の中で性別を名指しして支援対象に指定しているのは、一貫して女性側である。

リスクの分布と、制度の指定方向が、正反対を向いている。

因果関係を証明する必要はない。この並置そのものが、制度設計の根拠を問う十分な理由になる。

9. 授権の空白


「女性への優遇措置は法律が認めている」という反応が予想される。

確かに、男女雇用機会均等法第8条は、雇用の分野における男女の均等な機会と待遇の確保の支障となっている事情を改善する目的で、事業主が女性労働者に関して行う措置を、同法が禁止する差別の例外として認めている。ポジティブ・アクションの法的根拠として引かれる規定である。

だが、条文をよく読んでほしい。

これは「雇用の分野」の規定であり、規律の対象は「事業主」である。

松原市の新社会人応援補助金は、雇用ではない。移住定住促進のための公金給付である。均等法8条は適用されない。

住宅セーフティネット法についても同様で、要配慮者の類型に女性を含めることの根拠は、困難女性支援法という別系統の立法にある。

つまり、日本の法体系において、女性のみを対象とする優遇措置を包括的に授権する規定は存在しない。均等法8条は雇用分野に限定された特例であって、他分野への一般的な授権規定ではない。

にもかかわらず、自治体の給付金、大学の家賃補助、入試の定員配分といった分野で、性別による区分が拡大している。

授権の空白の上で、実務が先行している。

そして松原市の要綱が示すとおり、その実務は、区分の理由を文書に残していない。

10. 属性から、状態へ


ここまでの指摘は、「男性を優遇せよ」という主張ではない。

求めるのは一点である。

公的支援の対象は、属性ではなく、状態によって定義されるべきである。

住まいを失うおそれのある者を支援するなら、対象は「住まいを失うおそれのある者」であるべきだ。防犯上の必要から高い家賃を負担している者を支援するなら、対象は「防犯上の必要から高い家賃を負担している者」であるべきだ。若年層の定着を促したいなら、対象は「若年層」であるべきだ。

そのいずれについても、性別は代理変数にすぎない。統計的に相関があることと、個人への給付の資格要件にすることの間には、越えてはならない距離がある。

もし統計的相関が資格要件として許容されるなら、同じ論理は際限なく拡張できる。出身地別の給付額、学歴別の給付額、家族構成別の給付額。いずれも「統計的にはそのような傾向がある」という説明で正当化できてしまう。

線引きが必要である。そして憲法14条1項が性別を後段列挙事由に含めているのは、まさにそこに線を引くためだった。

結び


松原市の要綱は、市のウェブサイトから誰でもPDFで取得できる。開示請求も、特別な調査も要らない。3年以上にわたり公開され、二度の改正を経てなお、第7条第2項は残っている。

隠されていたわけではない。

誰も読まなかっただけである。

制度は、自らを点検しない。二度の改正機会があってなお、理由の書かれていない性別区分は生き残った。外部から指摘されない限り、それは制度の一部として定着し続ける。

自分の住む自治体の補助金要綱を読んでみてほしい。所管課に、区分の根拠を尋ねてみてほしい。根拠資料の開示を請求してみてほしい。

「不存在」という回答が返ってきたなら、それが答えである。

【主な参照資料】
- 松原市新社会人応援補助金交付要綱(令和8年4月1日施行)/松原市ウェブサイト
- 住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律および関係省令
- 困難な問題を抱える女性への支援に関する法律(令和4年法律第52号)
- 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 第8条
- 東京大学「女子学生向けの住まい支援」
- 文部科学省「令和7年度国公立大学入学者選抜の概要」
- 厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(生活実態調査)」
- 警察庁・厚生労働省「令和6年中における自殺の状況」
- 厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」

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