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文句の多い洋菓子店

大学時代、関丸屋せきまるや百貨店(仮名)の中の洋菓子店でアルバイトしていた。

わたしの地元最寄りの関丸屋は、主要駅に位置する大型店舗とは異なり、住宅街が多い地域の駅前にある。
地上4階建てで地下に売り場はなく、地上1階にお惣菜屋やスイーツのお店が展開されている。

そのデパ地下ならぬデパ地上の小さな洋菓子店、キボンヌ(仮名)

キボンヌに、派手なデコレーションや流行りに乗った先進的なケーキはない。
でも、素材にこだわり、手間を惜しまず、基本に忠実に丁寧に作られたケーキは本当に美味しい。
シンプルなロールケーキが一番の売りだ。

粉もん文化が根付く関西圏において、パン屋や洋菓子店は熾烈な競争だ。
消費者の舌も肥えている。

その中で、キボンヌは大きな話題になることは少ないものの、根強いファンが多く、地元に愛される実力派の老舗洋菓子店だ。
当時、創業25周年を迎えた。

郊外にある本店と関丸屋店の2店舗展開。
本店で作られたケーキが朝昼2便で関丸屋店に運ばれる。

関丸屋店の売り場は小さく、店員は常時2名体制で十分だ。
平日の夜は1名体制のことも多い。

しっかり者で優しい20代の女性社員さん、マダムという言葉がピッタリ似合う美人パートさん、そしてわたしのような大学生のバイトが複数名。
みんな仲が良く、ニッコリ笑顔でケーキを販売していた。



「昨日のミニデコ凄かったよ〜、見せてあげたかった」
夕方出勤すると社員さんが興奮気味に教えてくれた。

ミニデコというのは、直径12cmの小さいホールケーキ。
2〜3名ぐらいで食べるのにちょうどよく、カップルの記念日にも喜ばれる。
季節によってフルーツが違ったり、デザインが異なる。

聞くと、昨日のミニデコは、普段と全く違った様子だったそうだ。
生クリームが山のようにこんもり乗っていて、せっかくのフルーツの姿が一切見えない。

カマクラやん。


不良品ということで、そっと本店に返品したそうだ。

ご予約品ではなく、当日の店頭販売用だったのが幸いだ。
これがもし、カップルが鮮やかなフルーツを楽しみに予約していたケーキだったとしたら、思いもよらないもっさりカマクラに、記念日はダダ滑りだ。

そう。
味は確かだが、キボンヌではこういった変なことがよく起こる。



定番のシンプルな商品が愛されるキボンヌ。
多くはないが、たまに気まぐれで新作が出ることもある。

給食のパンを運ぶような薄型プラスチックの運搬用の容器に入って運ばれたケーキ。
蓋を開けて中を見ると、見たことのないケーキがあった。
新作の場合、商品名や販売価格、簡単な内容についてのメモ書きが一緒に入っているのだが、見当たらない。

誰も聞かされていない新作ケーキ。

本店に電話した。
「さっき届いたケーキ、新作ですか?商品名と値段が分からないんですけど」

えっと、どれのことですか?
新作は何種類もあるわけではない。ただ一つだ。

「上にバナナとチョコクッキーみたいなのが刺さってて。クリームは茶色ですけど、チョコですか?モカ系ですか?あと、中には何が入っているんですか?」
お客さまにきちんと説明ができるように、販売員として正確に把握しておく必要がある。

受話器からは保留音が流れる。
本店スタッフは新作を作ったパティシエに確認しているのだろう。

保留音はサビのループを通り越して、聞いたことのないパートまで流れている。

キボンヌは本店もこじんまりとしている。
パティシエが大勢いるわけではないのだが。

長い保留の後聞かされた台詞は



すいません、ちょっと誰も分からないです

ほな誰が作ってん。





キボンヌは、ケーキの他に、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子も人気だ。
バレンタイン時期には生チョコも販売する。

季節やイベントに合わせて、お店の飾り付け小物やPOPを入れ替える。
本店から運ばれて来たプチプチに包まれたバレンタインPOPを広げて見た瞬間、息を飲んだ。

ダサすぎる。


ピンクと赤の組み合わせがキツい。
ハートの形もちょうどダサい。
Happy Valentineの文字の字体も、絶妙に可愛くない丸文字。
昭和というか、なぜか分からないが一昔前の新婚さんいらっしゃい!感を感じる。

パートさんに呟いた。
「わたし、これ飾りたくない」

手先が器用なパートさんはセンスが良く、いつもリボンを組み合わせてラッピングしてくれている。
売り場には可愛らしい焼き菓子詰め合わせが並んでいる。
その売り場を「新婚さんいらっしゃい!」にしたくない。

全国区の洋菓子店アンソワール(仮名)は、関丸屋入口の広いスペースに位置しており、もう随分早い時期からバレンタイン仕様になっている。
シックなブラウンを基調に、ショッキングピンクの細いリボンがアクセントとなり、スタイリッシュなデザインで統一されている。

そのすぐ近くの売り場で、桂文枝師匠に「いらっしゃ〜い!」させるわけにはいかない。

こけやすい椅子から笑い転げさせたくもない。





バレンタイン商戦も大事だが、わたしの感覚ではホワイトデーの方が盛況だった気がする。

会社で義理チョコを貰ったご主人に代わり、奥様が職場の同僚へのお返しをまとめてお買い求めになることが多い。

ホワイトデーが迫ると、チョコもクッキーもマドレーヌも即完売。
本店にマックスで追加発注をかけるも、製造が追いつかずほんの少ししか入荷されない。

わたしは当時、経営学部で「機会損失」について学んだところだった。
営業や販売の機会を逃すことで、本来得られたはずの利益を失うことをいう。

欠品により機会損失が発生している

「焼き菓子はないんですか?」「いつ入荷するんですか?」というお客さまからの問い合わせに、頭を下げ続けるのも疲れてきた。

本店に電話した。
「焼き菓子がすぐに完売してしまって、ずっと欠品状態です。もっと追加できませんか?」

すると、電話口からパティシエのもっさりした声が聞こえた。



これ以上作ったらしんじゃいます〜


ほなもう勝手にしてくれ。









本店、関丸屋店ともに、キボンヌは文句の多い洋菓子店だったかもしれない。

でも、味だけは間違いがない。



洋菓子激戦区の中で、人気があっても経営難に陥り突如破産したお店もある。

驚いたことに、キボンヌはなんだかんだ言いながらも、手を広げすぎず、マイペースで無理せず、着実に歩みを進め、もう創業40年にもなるようだ。



久しぶりにケーキを買いに行こうかな。

もし、もっさりカマクラだったら文句を言おう。

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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「財布が消えた真相」

をお届けします

お楽しみに〜
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