東京ベーカリー翻弄記
関西に居を構えるわたしだが、先日東京出張に行ってきた。
文学作品展示即売会【文学フリマ東京】
仕事でも副業でもない。
誰に頼まれたわけでもないのにせっせとエッセイを執筆し、エッセイ本をお裾分けするために出店しているだけだ。
なお、文学フリマで遠方に出店することを「出張」と呼ぶのは、シンガーのJUJUさんがカラオケに行くことを「フェス」と呼ぶことに影響されたものだ。
出張の楽しみといえば、グルメ。
東京で素敵なモーニングを体験してみたい、と調べたところ、おしゃれなパン屋さんを見つけた。
朝オープンして間もない時間帯に訪れると、すでに列ができていた。
順番待ちの名前を書くボードを見ると、何組か外国の名前が交ざっている。
日本人グループと交互に品の良い欧米人が並んでいる。
これが東京か。
店内に通されると、真ん中のアイランドキッチンをぐるりと囲むようにカウンター席がある。
調理風景を眺めながら食事が楽しめるライブキッチンだ。
カウンターにトマト缶やマスタードのボトルが置かれているのがまたライブキッチン感を盛り立てる。
メニューを見ると、食べられるのはパンにとどまらない。
スープやオムレツあたりは分かる。
それを越えて、アーティチョーク、とかいわれると戸惑い始めてしまう。
ドリンクはコーヒーだけではない。
ミルク、ホットミルク、オーツミルク、ホットオーツミルク、ソイミルク、ホットソイミルクと、真っ白な飲み物だけで何種類あるんだと驚く。
ワイン、クラフトビールもある。
ここはパン屋さんちゃうんか?
なに屋さんや?
わたしはお店の名前を見返した。
【Osyanty bakery & coffee(仮名)】
ベーカリィィ?
パン屋さんとは別モノなんか。
ベーカリーにあって、パン屋さんにないものは?
NZ産サーロインステーキ。
ベーカリーにあって、パン屋さんにないものは?
生牡蠣。
東京にあって、関西にないものは?
ベーカリー。
あるなしクイズをするためにモーニングに来たのではない。
悩みに悩んで、わたしはパン、コーヒー、スープを注文した。
頼んだクラムチャウダーは大きめの白いカップで出てきた。
クラムチャウダーとは、貝が入った白めのスープだ。
ベーカリーにはまだ馴染まないが、そのぐらいの知識はある。
細長くカットされたフランスパンみたいなのが、カップの上に橋渡しされている。
「クルトンは硬いので、クラムチャウダーに浸しながらお召し上がりください」と店員さんが言う。
これ、クルトンやったんや。
立方体以外のクルトンに初めて出会った。
この間、テレビで海原ともこ姐さんが「フランスパンは口が切れて血出るぐらい硬ーいのが好きやねん」とおっしゃっていた。
我ら関西女子は、海原やすよ ともこさんに全幅の信頼を寄せている。
なんぼ硬くてもええ。
わたしはクラムチャウダーに浸すことなく、勢いよくクルトンにかぶりつく。
ぼぐ。
噛み切れない。
これは硬度の話ではない。
素材の話だ。
本来硬いパンが、温かいスープの蒸気を微妙に吸い込んだおかげで、ぬれ煎餅のような、噛み切れない素材へと変遷していた。
わたしは長いクルトンの上3分の1ほどを口に含んだまま、噛み切れずにいる。
これはもう映画館のポップコーン。
本編が始まったら、ショリショリ音を立てないように、口の中で湿らせてゆっくり食べるかの如く。
あるいは井村屋のあずきバー。
歯が立たないアイスをゆっくりなめて溶かすかの如く。
このままクルトンをねぶり倒したら、時間が解決してくれるのだろうか。
隣の席のカップルの会話は、普段聞き慣れない東京弁。
違和感からか、聞く気がなくても耳に入ってくる。
軽くパンを食べたあと、デザートにチーズケーキが気になっているようだ。
男性が店員さんに話しかける。
「バスクチーズケーキは温めて提供していただくことはできますか?」
なんと高度な質問。
デザートのスイーツを温めるだなんて発想。
さすが、ベーカリーにはレベルの高いお客様がいるものだ。
我が地元関西には、焼きたてチーズケーキで有名な「りくろーおじさんの店」がある。
焼きたてしゅわしゅわのりくろーおじさんは最高だ。
りくろーおじさんは温かくても冷たくても美味しい。
ということは、バスクチーズケーキも温めても良いのか。
悶々とするも、そもそもバスクの意味をわたしは知らない。
隣のカップルに提供されたバスクチーズケーキを横目で見ると、側面がガスバーナーで炙られていた。
香ばしい焦げ目がつき、側面からチーズがとろーんと溶け出そうとしている。
チーズケーキを温めてほしいというカップルのオーダーに対し、この回答。
超えてきた。
東京のベーカリーは、超えてくる。
りくろーおじさんもビックリだ。
クルトンにけりがついたところで、ようやく本題のパンへと向き合う。
温めてくれてたら嬉しいなぁ、という心の声を読み取ってくれたのか、パンはほんのり温かい状態で提供された。
さすがベーカリー。
クロワッサンにかぶりつく。
パリッ、サクサクッ。
バターと小麦の香りと風味。
丁寧に折り重ねられた層が生み出す食感。
パリッ、サクサクサクッ、ポロ。
美味しい。
サクサクッ、ポロポロポロ。
あまりに香ばしく焼き上がったばっかりに、食べるたびにクロワッサンの欠片がお皿に零れる。
この欠片達。
ザーッ、していいかな?
粉薬飲む時みたいな、ザーッ。
かき集めて口に流し込むやつ。
わたしが初めて覚えた洋楽は、エアロスミスの「I Don’t Want to Miss a Thing」
映画「アルマゲドン」の主題歌として一世を風靡した楽曲だ。
印象的なサビのフレーズ。
発売当時は「ドワナコーズマアー」としか聞こえなかったが、中学校にあがり授業で英語に触れるにつれ、あれは「ドント・ワナ・クローズ・マイ・アイズ(目を閉じたくない)」と歌っていたのだと知った。
もっとこの歌の意味を知りたいと思い、CDをレンタルして歌詞カードの歌詞をノートに書き写した。
当時は、翻訳サイトなどで簡単に和訳ができるはずもなく、辞書を駆使し、一つひとつエアロスミスの言わんとすることを紐解いていった。
♪〜
目を閉じたくない 眠りに落ちたくもない
貴方のことが愛しすぎて
一挙手一投足さえも見逃したくないから
貴方の甘い夢を見ている時ですら
貴方のことが愛しい
何一つ どんな些細なことですら
見逃したくないんだ
和訳して初めて知った。
エアロスミスはこんなことを歌っていたのか。
小学生の頃からJPOPはよく聴いていたが、こんな歌詞は今まで味わったことがなかった。
英語だからできる表現なのだろうか。
中学を卒業して数えきれない時を経て今。
ここは、東京。
わたしは、ベーカリーにいる。
♪〜
目を閉じたくない
貴方の全てを味わいたい
何一つ余すことなく
貴方のパリパリの欠片を
どんな小さな一欠片すらも
粉になった貴方すらも
何一つ逃したくないんだ
おしゃれな店内。
バスクチーズケーキを楽しむ東京カップル。
目の前で調理を続ける店員さん。
彼らの傍で、粉薬よろしくクロワッサンの欠片を飲むのはやはり憚られる。
人類の滅亡がかかったアルマゲドンのように、真剣に検討し、ついにわたしはある作戦を編み出した。
お皿に零れたクロワッサンの欠片を、湿った指先に張り付け、クラムチャウダーにパラパラと振りかける。
お焼香作戦だ。
東京カップルや店員さんにバレないように、地道に何度も繰り返す。
作戦は奏功し、クラムチャウダーごとクロワッサンの欠片を全て飲み干すクライマックスを迎えることができた。
わたしは全クロワッサンを救った。
横並びで歩く、オレンジ色の宇宙服を着たヒーロー達になったような気分だ。
もちろん脳内ではBGMでエアロスミスが流れる。
わたしはベーカリーを後にし、出張先の現場へと向かった。

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次回の #クセスゴエッセイ 出没は
文学フリマ札幌10
エッセイ本を携えて出店します
2025年8月24日(日)
11:00〜16:00
札幌コンベンションセンター 大ホール
出店名:クセスゴエッセイ
イベント情報
https://bunfree.net/event/sapporo10/
お楽しみに〜
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