骨折を回避せよ
わたしは、人生は良いことと悪いことが同じぐらい起こると思っている。
なぜなら、こんな感じのことを格言のようにみんな言うからだ。
[辛いことがあっても、この先きっと良いことがあるはずだから悲観する必要はない]
[良いことがあっても、たまたまラッキーだっただけで、調子に乗っていれば痛い目に遭う]
一日、一週間ぐらいの短いスパンでもそうだし、大きく捉えると、人生の中でもバランスが取れているのかもしれない。
[若い時に苦労した人は、歳をとってから色んなことに恵まれる]
[子供の頃からイキって周りを馬鹿にしていた人は、大人になって人望を失う]
この説は、運命的な意味合いだけではない気がする。
[この大変な決算時期を乗り越えたら、ゴールデンウィークに旅行を堪能しよう]
[美味しいビールを飲むために、しんどいけど帰り道二駅歩こう]
人生は良いことと悪いことが同じぐらい起こると潜在意識に刷り込まれているからこそ、自分へのご褒美を利用して努力できる。
自ら無意識に、良いことと悪いことのバランスを取りにいっているのかもしれない。
先日、大好きなバンドのライブに行った。
キャパ300名ほどのライブハウス。
整理番号7番を引き当てたわたしは、最前列に陣取った。
ライブが始まると、あまりの近い距離に驚く。
大袈裟に言うと、ギターのネックが刺さってきそうだ。
ライブは大盛り上がり。
お目当ての曲も聴けた。
本当に良かった。
同じ空間で音楽を感じることができて、生で姿を拝めて、おまけに最前列で齧り付かせていただいた。
こんなに良いことが起こったら、わたし・・・
絶対骨折する。
今私を包み込む幸せな感情。
これと正反対の位置に対峙するのは、骨折という災難だ。
根拠は無いが、突如わたしに骨折の懸念が生じた。
帰りに、お酒が飲める焼売屋さんに寄った。
カウンター席に案内され、生ビールとアテを一品、そして、焼き焼売と蒸し焼売を注文した。
辣白菜(ラーパーツァイ)という初めて見る名前のアテは、シャキシャキした白菜の甘酢漬けで、豆鼓のスパイシーな香りと食感がアクセントとなっている。
生中と辣白菜に舌鼓を打ちつつ、焼き焼売と蒸し焼売が出来上がるのを待つ。
早速ライブの感想をツイートしている人がいるようで、それらを眺めながら、余韻に浸る。
幸せだ。
ライブは楽しかったし、辣白菜はうまい。
焼売まだかな?
気づけば結構時間が経っているように感じる。
焼売って蒸したりするから時間がかかるのかもしれない。
もしかしたら、注文が入ってから手作業で包んでいるのかな。
それから暫く経ち、チビチビ飲んでいるビールがぬるくなってきた。
焼売、忘れられてる?
店員さんと目が合えば、注文が通っているか聞いてみようかと思ったが、目が合わない。
店員さんと目が合わないということは、それほど忙しいということ。
注文を忘れているのではなく、忙しいから提供が遅れているのかもしれない。
さらに時間は経ち、チビチビつまんでいた辣白菜の小皿が空になった。
厨房の中の店員さんは、常連客に勧められてビールを少し飲んでいる。
この状況。
グレーどころではなく、もう頭の中では黒だと分かってはいる。
ただ、この頃になると、わたしの頭の中にある考えが芽生えていた。
骨折する代わりに、焼売忘れられていてほしい。
人生には良いことと悪いことが同じぐらい起こる。
その悪いことを、骨折ではなく、頼んだ焼売を忘れられることで済ませてしまえたら。
焼売の注文が通っているかなんて、いくらでも店員さんに聞けたはずだ。
手作業で包んでいるから時間がかかっているのかもとか、店員さんと目が合わないとか、これらは全て自分で自分を守るための言い訳だ。
心のどこかで、わたしの焼売を忘れていてくれと願っていた。
これで骨折を回避できるのならば。
その時、わたしよりだいぶ後に入店したカウンター客に、焼き焼売が提供された。
黒は漆黒に変わった。
遂に、わたしの災難を確定させる瞬間が来た。
「すいません、焼き焼売と蒸し焼売頼んでるんですけど、注文通ってますか?」
ハッとする女性の店員さん。
伝票を確認し、厨房の男性にヒソヒソっと声をかける。
忘れてましたと言えないぐらいの気まずさ。
顔にヤバイと書いてある。
男性の店員さんがカウンター越しに目をやったわたしのテーブルには、辣白菜の空皿だけ。
「辣白菜だけでこれだけの時間待たせていたのか」という驚きの表情。
「す、すぐに、すぐに、、、(作りますから〜!)」
女性の店員さんは焦っている。
申し訳なさそうな店員さんに向かって、わたしは何も言わず「やっちゃいましたね、テヘ」という表情で頷いた。
そして、今から焼売を焼いたり蒸したりするので、まだ時間がかかると思い、空のビアジョッキを顔の高さに掲げて、小声で「おかわり貰えますか?」と頼んだ。
女性の店員さんは「お待たせしてるんで」と言い、
わたしに見えるように伝票を向けて、生中の文字をボールペンでグリグリグリ〜と塗り潰している。
サービスします、という意味だろう。
わたしは、「そんなことしてもらっちゃって恐縮です、テヘ」という表情で、すいませんと返事した。
完璧だ。
わたしの焼売はちゃんと忘れられていた。
助かった。
本来なら、もっと早く声をかけた方がよかったのだろう。
常連客に勧められて、店員さんがビアグラスに瓶ビールを注いでもらっていたその時も、目の前のカウンター客は焼売にありつけずにいた。
この事実に気づいた店員さんの心情は測り知れない。
わたしがもっと早く焼売にありつけたら、お店の回転率が少しは上がったのかもしれない。
ただ、こっちだって骨が一本懸かっている。
粘り強さの結果、わたしは無骨折を勝ち取った。
細切りの生姜が乗った焼き焼売と、辛子が添えられた蒸し焼売。
待った甲斐があり、焼売はめちゃくちゃ美味しかった。
雰囲気もちょうど良いし、お値段もお手頃。
そして何より、わたしに骨折を回避させてくれた。
焼売屋さん、ありがとう。
帰り道、ふと思い出した。
伝票が破れそうなほど、生中の文字をグリグリ塗り潰す店員さんの姿。
念が込められた生中サービス。
まさか、
「焼売忘れ」の災難は「生中サービス」の幸運でバランスが取れてしまったのではないか。
ということは、「ライブ最前列」の幸運は、未だ相殺される相手が見つかっていないのか。
あの日以来、わたしは骨折警戒中だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「天の川足りひん」
をお届けします
お楽しみに〜
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
