空想科学日記:移民は守るべきか、排除すべきか ― ウルトラセブンと外国人生活保護問題
「この地球に、あなたがいる理由はなんですか?」
それは、『ウルトラセブン』の“ノンマルトの使者”における、少年・真一の問いかけだった。
この言葉が今、2025年の日本社会にも突き刺さっている。
移民をどうするのか? 外国人への支援をどこまで認めるのか?
これはただの福祉や財政の話ではない。
我々が、“誰を地球に住む仲間として認めるか”という根源的なテーマでもある。
ウルトラセブンの問いかけ:「誰が地球人か?」
『ノンマルトの使者』において、セブン=ダンは人類の味方として描かれている。
だが、真一という少年によってその信念は揺らぐ。
「ノンマルトこそが真の地球人で、人類こそが侵略者だったのではないか?」と。
この物語には単なる異星人との戦いではなく、
「支配する側とされる側」の構造が重ねられている。
つまり──
「後から来た者が、いつの間にかこの地の“正義”を名乗っている」
という不気味な現実。
他国籍民の生活保護と、“選別される地球人”
日本に住む外国人への生活保護や支援制度は、
しばしば「日本人の税金が奪われている」といった批判の声を集める。
だが考えてみてほしい。
それはまさに、ノンマルトたちが人類にされた構図と似ていないか?
「地球人じゃない」
「我々の制度にタダ乗りしている」
「帰れ」
──ノンマルトが人類から浴びた言葉と、
現実のSNSやニュースコメント欄で飛び交うワードが、奇妙なほど重なる。
ノンマルト=“悪”ではない。人類=“正義”でもない。
一方で、我々人類が“絶対悪”だったのかといえば、そうとも限らない。
人類は文明を築き、環境を改良し、経済圏を拡大してきた。
それは、ノンマルトにはできなかったことかもしれない。
もし彼らが今も地球を支配していたとしたら──
今のような文明は築かれていなかった可能性もある。
つまり、“地球を発展させた”という観点では、
人類にも守られるべき理由があったのだ。
外国人支援=社会の持続性を守るための選択
現代日本の少子高齢化は深刻だ。
労働力不足・経済の縮小・社会保障の限界……。
ここで外国人労働者・移民の存在が果たす役割は大きい。
一部の生活保護や支援制度は、
“日本社会を持続させるための投資”と見なすこともできる。
そう──
支援とは「かわいそうだからする」のではない。
社会を未来に繋ぐために、戦略的に選ぶべきものなのだ。
セブンは迷った。だからこそ人類は前に進める。
劇中、キリヤマ隊長もまた、ノンマルトの海底都市への攻撃を一瞬ためらっていた。
最前線の指揮官ですら、“誰が正義なのか”に迷いがあったのだ。
人類はその葛藤の中で、自らの選択を積み重ねていく。
排除するか、共に生きるか。
正義を振りかざすか、共存を模索するか。
そしてその判断の連続が、
“誰が地球に住む資格を持つのか”という、新たな問いを生む。
選別は常に誰かの痛みを伴う
空想の中のノンマルトは、
現実の中で制度からあふれ落ちる者たちの象徴だ。
その“声なき者”の視点に目を向けたとき、
初めて「我々こそが誰かを選別している」という現実に気づける。
移民を守るべきか。排除すべきか。
その問いに明確な答えはない。
だが、少なくとも“問い続けること”こそが、人類が歩むべき正義の在り方ではないか。
※記録者:イズミ隊員
地上での観察はXでも継続中。
怪獣とソフビの動向、国家のエラー、社会という構造物のひび割れをポストで記録しています。
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