親友の言葉を求めて、来日した霊媒に会いに行った僕が、何も受け取れなかった夜のこと
当時、彼はカフェで働いていて、僕はそこに週4回くらい通っていた。
その店には他の友達もよく集まっていて、気がつけば自然とたまり場みたいになっていた。
僕が顔を出すたびに、彼は少し呆れたように笑って、
「また来たのかよ」と言った。
左側に八重歯があって、少し細身で、よく笑うやつだった。
思い出すと、まず顔の輪郭より先に、その笑顔が浮かぶ。
19歳の秋、親友は交通事故で突然いなくなった。
これは、亡くなった親友からのメッセージを受け取った話ではない。
むしろ、その逆だ。
何か言葉をもらえたら、少しは救われるかもしれない。
そんな期待を抱いて東京まで会いに行ったのに、僕は結局、何ひとつ受け取れなかった。
でも、何も受け取れなかったからこそ、ようやく気づけたことがある。
亡くなった大切な人とのつながりは、誰かに証明してもらうものじゃない。
たぶん、自分の心の中で、静かに抱き続けていくものなのだ。
葬儀に参列し、出棺のアナウンスが流れた瞬間のことを、僕は今でも忘れられない。
「連れていかないで!」
静まり返った式場に響いた、彼のお母さんの叫び。
あの声だけは、20年以上経った今も、耳の奥に残っている。
死んだ彼が好きだった曲は、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」だった。
街であの軽快なイントロが流れるたび、僕の頭の中では陽気なメロディーと葬儀の光景が無理やり結びついた。
「また来たのかよ」と笑っていた顔より先に、あの日の叫びが蘇る。
胸がきしむ。呼吸が浅くなる。
だから僕は、彼のことをずっと心の奥に封じ込めてきた。
思い出せば苦しい。
向き合えば壊れそうになる。」
そんな気がして、何年も自分の中に硬い蓋をしてきたのだと思う。
気がつけば、僕は40歳になっていた。
時間が癒やしてくれる、なんて言葉は、少なくとも僕には当てはまらなかった。
時間は傷を消してくれなかった。
ただ、その上に静かに埃を積もらせただけだった。
どうしても、その蓋を閉じたままではいられなくなった時期があった。
その頃の僕は、来日していたイギリス人のミディアムのセッションに申し込んでいた。
わざわざ遠くまで追いかけたわけではない。
でも、彼が日本に来ると知ったとき、これを逃したらもう機会はないかもしれない、と思った。
会場は東京だった。
もし彼から何か言葉をもらえたなら。
もし「大丈夫だよ」とか、「ちゃんと見てるよ」とか、そんな一言でも受け取れたなら。
この20年以上抱え続けてきた痛みが、少しは報われるかもしれない。
だから僕は、これを逃せないと思って、東京へ向かった。
そんな期待を胸に受けたセッションは、拍子抜けするほど静かに終わった。
最初から最後まで、彼からのメッセージは何ひとつなかった。
何も、なかった。
あれだけ長い時間をかけて抱えてきたものが、そこでようやく報われる気がしていた。
時間もお金も使って、期待まで連れてきた。
それなのに、僕の前に差し出されたのは、救いではなく、ただの空白だった。
セッションが終わったあと、帰り道をどう歩いたのか、あまりよく覚えていない。
ただ、ひどく惨めだった。
こんなものに期待した自分が情けなくて、みっともなくて、ひたすら下を向いていた気がする。
やっぱり、もう二度とあいつとは繋がれないのだろうか。
もう何も届かないし、何も返ってこないのだろうか。
あれほど会いたかったのに。
あれほど言葉がほしかったのに。
その願いが、あっけなく宙に落ちていく感覚だけが残った。
でも、その絶望の底で、ひとつだけ分かったことがあった。
僕は、ミディアムという他人の口を借りて、彼との絆を証明してもらいたかったのだ。
それに気づいた瞬間、不思議なくらい静かに、視界が滲んだ。
考えてみれば、僕は彼のことを忘れたことがなかった。
20年以上ずっと、彼の不在に傷つきながら、それでも心のどこかで彼を抱え続けてきた。
街で曲を耳にして胸が締めつけられるのも、葬儀の記憶が色褪せないのも。
それは、それだけ彼が僕の中に生き続けていたからだ。
カフェのカウンター越しに「また来たのかよ」と笑う顔も、左側の八重歯も、少し細い体つきも、僕はちゃんと覚えている。
彼が生きている場所は、霊媒の言葉の中ではなく、ずっと僕の記憶の中にあった。
喪失の痛みごと抱えた、この心の中に。
それ以来、僕は静かな部屋で、そっと目を閉じる時間を大切にするようになった。
ハーブティーの湯気を見つめながら、深呼吸をする。
心の中で、親友の名前を呼ぶ。
「笑っていてくれたらいいな」と、ただそれだけを祈る。
何か特別な声が聞こえるわけではない。
劇的な奇跡が起こるわけでもない。
それでも、その短い静寂のなかで、僕はようやく彼と向き合えるようになった気がしている。
大切な人を亡くしたあと、人はときどき、何か証拠がほしくなる。
まだ繋がっていると信じられるもの。
この喪失が、完全な断絶ではなかったと思えるもの。
誰かの言葉でも、夢でも、偶然でもいいから、そこに意味を見つけたくなる。
僕もそうだった。
だから東京まで行った。
でも、何も受け取れなかったからこそ、ようやく分かったことがある。
つながりは、誰かに証明してもらうものじゃない。
彼はもういない。
でも、いなくなったからといって、僕の中から消えたわけじゃない。
もし、あなたにももう会えない誰かがいて、言葉を求め続けてしまう夜があるのなら。
目を閉じたときに浮かぶその人の顔を、どうか大切にしてほしい。
僕にとっては今も、カフェで少し呆れたように笑いながら、
「また来たのかよ」と言う、あの顔がそうだから。
