見出し画像

人は成長する。

もちろん、子どもも成長する。

成長はもちろん喜ばしいことだが、ちょっと寂しいことでもある。

大きくなるに従い、家から出ていくのかなという気配を感じるようになると、成長の1過程だとわかっているものの、なんだか寂しいものである。

==

こんにちは、52歳で教員免許を取得したキャリアコンサルタント、くすたかです。

長男ダイの話です。

彼は、今林間学校の補助員として、長野に滞在しています。

長野は、我らがラボ・パーティのキャンプ地があり、頻繁に出掛けている場所でもあります。

数日、子どもたちが居ないなんてのは、日常茶飯事とは言わないまでも、まあ年に数回ある行事の1つと言えます。

子どもたちは、北米での1ヶ月のホームステイも経験しています。

僕らからすると、子どもたちが家を空けること自体は、別に寂しい出来事ではありません。

なのに、今回の林間学校は、ふと(ああこうやって、家を出ていくのかなあ)と寂しい気持ちを感じたのです。

もしかしたら、少し安心しているのかもしれないとも思います。

(今日はどこで遅くまでやっているのだろう?)

(今日は帰ってくるのかな?)

子どもたちが子どもとして家にいると、やはり親としてその所在や状況を気にかけることになります。

いままでの不在時には、(親としての自分)が頭をもたげていたのかもしれません。

でも、今回の林間学校は、彼が(補助員とはいえ)仕事として家を出ているのです。

(ああ、これは成長して家を出ていくということかなあ)

なんて、ちょっとしみじみとした感情を感じてみたりもします。

1つ、わかっていることがあります。

つまり、今日は彼は帰ってこないのです。

夜遅く、迎えを依頼されることもないのです。

ということは……

久しぶりにビールを一杯いただいても良いのではないかな?

なんて、ちょっと思ってしまうのも、子どもが手を離れていくことの実感の1つかもしれないなあ、なんて思う今日この頃です。

いいなと思ったら応援しよう!