『からだのこと』(物語)
2035年、人類は〝睡眠時の夢〟を映像化する技術を実現した。
それはデジタルで再現でき、コンピューターに保存することも可能だった。
それ以降だ。
目に見えないものをデジタル化する技術が飛躍的に発展したのは。
脳が捉えることさえできれば、全てデジタル化できた。
・・・味、匂い、誰かの空想に至るまで。
そして2050年、ついに我々人類は〝意識〟のデジタル化に成功した。
そんなニュースが飛び込んできた。
自らの意識をデジタルコピーし保存すれば、人はコンピュータの中で生きることができ、機械の体を持つことも可能になるという噂だ。
ヒューマノイドが人間の生活に欠かせないものになっている、この時代。
ヒューマノイドと人間の差が無くなる日も来るのかもしれない。
ネット情報だけどね。
ただ、そんなネットの噂話も信じたくなる。
僕には持病があり、年に数回の検査入院を強いられる。今も病院のベッドの上だ。まだ40代だというのに、今後の不安を拭いきれない。いっそこの体を機械にできるなら・・・そんなことを考えてしまう。
ちょうど病室に入ってきた看護ヒューマノイドの葉山さんに問いかけてみた。
「ニュース、見た?」
昨日からお世話になってる葉山さんとは、なんとなくウマが合う。ヒューマノイドにも相性があるのだろう。自然と、普段の自分と変わらない会話になっていくのを感じるのだ。
「何のニュース? あ、当ててみましょうか。桜井コオキの結婚でしょ? 俳優の」
「それ2日くらい前の話題でしょ・・・」
入院時に僕は、看護ヒューマノイドへの個人情報の提供と保護についての誓約書を交わしている。つまりこの葉山さんにしてみれば、僕の思考のおおよそはデジタルスキャンによって常に見えてる、ということ。
だから〝当ててみましょうか〟と言いつつ答えを外してみせるのは、ただの言葉遊び、コミュニケーションだ。
「じゃなくて、意識のデジタル化、の話」
「ええ、知ってますよ。でも本当にそんな時代が来るんでしょうか。人間が機械の体を持つなんて」
「機械の体で問題なく生活できるってことは、君たちヒューマノイドで実証済みだ」
「ですね。でも私たちはまだ繊細な作業については禁じられてますし、私が人間ならわざわざ体を機械にしたりしませんね」
「いやいや、僕からすれば羨ましいよ、機械の体なら僕のように病気になったりしないんだろ? 頭痛とか腹痛も無いわけだ」
葉山さんは少し考えるようなポーズになった。
「では、私の気持ちがわかるように説明しましょう。・・・でも全部は言いません。ヒントだけです」
と言いながら葉山さんが僕の目の前の空間にディスプレイを作ってみせた。
映し出されたのは、人体をスキャンしたエコー映像だ。きっと昨日検査を受けた僕のものに違いない。
「内臓、動いてますよね」
「動いてるね」
「手塚さん、あなたが動かしてます?」
「いやいや、僕が動かしてるわけじゃない。これは自動で動いてるんだ」
「ええ、あなたが動かしてるのではありませんね。だけど自動というわけでもありませんよ」
「ん?」
「〝内臓〟が動かしてるんですよ、内臓自身が生きようとして」
葉山さんがディスプレイをOFFにして続けた。
「私には、それが羨ましい。・・・もしあなたがその体を機械のものに交換可能だとするならば、〝体〟というものは〝あなた〟が自由に選択できる相棒、つまり生きていく上でのパートナーということになります。私のような機械の体は、メンテナンスを私自身もしくは誰かがしてあげなくてはなりません。でもあなたのパートナーは ──その体のことですよ── 自らの力でメンテナンスを続けてくれる。それも休むことなく、ずっと」
ふぅむ。言わんとすることはわかった。でもそのメンテナンスがうまくいかないから、こんな検査入院をしなきゃならない。
そんな僕の想いを感じとって葉山さんが続ける。
「体の不調は、体からのサインです。〝いまメンテナンス頑張ってます〟ていうサイン。身近なところで言えば、発熱だって、下痢だって、体が何かしらの調整を頑張ってるサインなのです。・・・そんな頼もしいパートナーと生きて行けるなんて、私には羨ましいんですよ。あなたはそれを、薬や食生活で支えてあげるだけでいいんですから」
頬が少しピンク色になり、耳横の小さなインジケータが点灯してる。高揚しているのだ。ヒューマノイドがこんな感情を持ち得るとは、初めて知った。人の体を羨ましがり、その良さを力説している。
ただ、そう言われてみれば、僕の体は確かに今この時も活動してくれている。生きようとして。僕の知らないような機能を駆使して食べ物を栄養に変えたり、血液を運んだり・・・休みなく。だから、僕は生きていられる。
体は・・・そうだな・・・乗り物のようなものなのか? 僕が生きていくための。自動運転してくれる乗り物・・・パートナー。
そこへ、病室にノックが響いた。
「奥様がいらっしゃったようです。では私は失礼しますね。楽しいおしゃべりでした。後ほどまた来ます」
そう言って葉山さんは病室を出て行った。「話の途中なのに」という僕に「私から伝えたいことは言ってしまいました」と振り返りながら。
さっきまで葉山さんが立っていた場所に、今は妻の杏香が立っている。
「先生から話あった?」
「うん。やっぱり薬は飲み続けないと、だって」
「まぁ、それで症状が出ないなら、内臓に感謝だね」
「内臓に感謝?」
「だって、頑張ってくれてるんじゃない」
なんだ? 杏香まで葉山さんと似たようなことを言う。
続けて杏香が「見て」と言って左手の甲を差し出した。
「キレイに治ったでしょ」
数日前、宅配ボックスオープナーの取り扱いを誤って手に怪我をした。その傷がキレイに治っている。
「傷あとが残ると嫌だなぁと思ってたけど、こんなにキレイになってくれて。だから今日ね、これは皮膚に感謝しなきゃって思ったの」
なるほど。
自動運転してくれるパートナー・・・。
人という生命は、その体をパートナーとして生きている、と。確かにそう考えれば体に対する感謝も湧いてくる。自己治癒はもちろん、歩くことも話すことも、全部やってくれてるわけだから。
「でもどうやって感謝を表せばいいんだろう」
「うーん、睡眠や食のバランスとかかな。あなたの場合なら、薬とかも? ・・・もしかすると〝ありがとね〟っていう気持ちを持つだけでも、体は反応してくれるかも」
意識のデジタル化のニュースから、とんでもない考えにたどり着いてしまった。全く真逆の考え方、というか。
ただ、大切な考え方ではある。
今までは思い通りにならない自分の内臓が歯痒くて、正直、憎らしいと思ったことさえあった。でもそれは・・・全くお門違いの考えだった。だって僕の内臓は、ただただ一生懸命メンテナンスを頑張ってただけなのだから。
これからはこの体を労ってあげよう。そう思う。
これに気づくキッカケをくれた葉山さんに感謝だ。
ノックが聞こえて、こんどは人間の看護スタッフが入ってきた。男性だ。
「すみません、手塚さん」
元木です、と名乗りながらタブレット端末の画面をこちらに向ける。
葉山さんの映像だ。
「手塚さん担当の葉山ですが、急きょメンテナンス対応が必要になりまして、ただいまからこちらの、」
映像が変わる。
「新見が担当させていただくことになります」
看護ヒューマノイドの見た目は皆、男性でも女性でもない中性的なものになっている。患者の感じ方によって、男女どちらにも捉えることができる容姿だ。ゆえに名前もフルネームは無く、苗字だけが割り当てられている。
「そこで、昨日から今日この時間までの手塚さんのデータを、葉山から新見に移行する許可をいただきたく」
「ええ。サインですね? ここに?」
頷くスタッフ。僕はタブレット端末にサインをしながら、聞いた。
「世間話とか、そういうものも移行されるんです?」
「いえ、移行されるのは手塚さんの医療データのみです。世間話などはリセットされて、葉山からは消去されますので、ご安心ください。──それも、ここに書いてあります」
言いながらタブレットを操作する元木さん。
世間話はリセット・・・。
昨日と今日、葉山さんと交わした会話が次々とこの胸をよぎる。
僕に羨ましいと言った、あの感情までリセットされるのだろうか。
横で聞いていた杏香が、ふと口にした。
「急きょメンテナンスが必要になったって、どうしてですか?」
「え、ああ。いえ、大したことではないんですが・・・先ほど脳波のある数値が大きく平均値を上振れまして。看護ヒューマノイドのデータは、我々、常に監視してますから。一度リセットの判断となりました。医療ミスを未然に防ぐ措置だと思っていただければ」
さっきの会話のとき、葉山さんが高揚した場面があった。そのせいではないだろうか。
でもそれを知る術はないだろうし、聞いても教えてはくれまいが・・・
「あの・・・僕との会話がキッカケになってしまったのでは」
「いえ、手塚さんが気になさるようなことは一切ありません。先ほども申しましたように、単に医療ミスを未然に防ぐための措置ですので」
もし僕との会話がキッカケだったとして、感情の昂りがヒューマノイドの脳波を左右するのだとしたら、結果としてこうなること(リセットに至ること)は葉山さんには予測できたはずだ。なのに、そうだとわかって僕と機械の体の話を続けた・・・。
僕に大切なことを気づかせる、そのために?
今となっては確かめようのない勘繰りをしてしまう。
でももし、そうだとしたら・・・。
そこまでしてくれた葉山さんに、伝えなきゃならないことがある。
大切なことにちゃんと気づけた、と。
「元木さん」
タブレット端末を抱えて病室を出ようとしている元木さんを呼び止めた。
「ひとつお願いがあるんですが。できれば葉山さんのリセット前に伝言を」
「・・・はい、どんなことでしょう」
「これからは自分の体を大切にします、と」
「体を大切に・・・。それを葉山さんに?」
「はい、それだけ。リセット前にお願いできないでしょうか」
「いいですよ。そうしますね」
ドアの前でもう一度、元木さんが振り返った。
「それを伝えたあと、すぐにリセットされることになりますが・・・」
「はい、それでいいので。よろしくお願いします」
何かを考えているような元木さん。
そして視線を僕に向けた。
「・・・私も、彼らと接していると、教えられることがたくさんあります。彼らは純粋に〝機械〟であり、エゴが無いですから・・・。リセットは私も辛い。
相手は機械だけど、そこには確かに絆のようなものが生まれてた。・・・ですよね」
僕は「はい」と頷いた。
「必ず伝えますよ。じゃ、急ぎますね」
元木さんの背中がドアの向こうに消えるのを見ながら考える。
僕の頭からは葉山さんの記憶はずっと消えないだろう、と。
そして新見さんとも、身体のことを話せる関係性になれればいいな、と。
おわり
